第2話『忘れられない冒険も、ある』二

 メールの内容を確認した俺は、固まってしまう。


「…………」


「ね?」


 その言葉と同時に……白髪の少女が一歩、近づいてきた。俺は――反射的にメニューの魔道具を地に落とし、一歩後ずさってしまう。


「……え」


 悲しげな表情をするニコラの目の中には、怯えた表情の俺が映っていた。


「俺、今までニコラに何したっけ……。スキル熟練度上げの為に一人で戦わせて、その金を勝手に使って……服とかアクセサリーを買った挙げ句、無理やりエッチな服とか色んな服に着替えさせまくって……着替えを覗きまくって…………ニコラのパンツ覗いて、パンツ覗いて、パンツ覗いて」


「え? キミこ後半パンツしか無いじゃん」


 俺はもう一歩後ずさる。


「殺されるのか……?」


「なんでそんな悲しい事を言うのさ……殺したりなんてしないよ…………」


 俺はゴクリと生唾を飲み込み、再度確認を取る。


「……本当に?」


「本当に。ボクはこんなにもキミの事が、す……大切に想ってるのに……あっ、パンツ覗く?」


「……覗かない」


 口に手を当て、その本気で潤んでいる瞳を見た為……一歩二歩と、ニコラとの距離を詰めた。


「残念、もう見せてあげないから」


「本当に惜しい事をしたと、今後悔してる。見、せ、てっ!」


「ダ・メ」


 ガックリと肩を落とした後にメニューの魔道具を拾い上げ、俺は再び操作を始める。そしてフレンドを開いて……意味が分からずに驚愕した。


 名前が黒く濃く表示されていいる者、今にも消えそうな程薄くなっている者、赤くなっている者、の三種類が居たからだ。

 一番多い者は薄くなっている者は、二番目は濃くなっている者。一番少ないのは赤くなっている者だ。


「ニコラ、薄くなってる奴は何だ?」


「あの選択肢で元の世界に戻った人と、随分前に元の世界に戻った人」


 それは予想通りの答えだった。

 続けて問いかける事に。


「濃くなってる奴は?」


「選択してこの世界に来た人だよ。ヨウ君みたいに」


 それも予想通りの答えだった。

 そして……震える声で最後の一つを聞いてみる。


「こ、この赤くなってる奴は?」


「…………」


 黙り、俯くニコラ。


「なぁ、なんだよこれ……この、赤くなってる人達は? 教えてくれよ。空腹か? エロい奴か?」


「……ボクを、怖がらないでね……?」


 上目遣いで見上げてくるニコラ。こんなにも自分の好みで愛らしい姿や仕草をしているというのに……心の底から、言いようも無い恐怖が湧き上がって来る。


「…………」


「……じゃあ言えない」


「言ってくれ」


「やだ」


「――言えよ!!」


 つい怒鳴ってしまい、ビクリ、と震えるニコラ。それでも恐る恐る口を開き、教えてくれた。


「……死んじゃった人だよ」


「マグマの中とか、壁の中にでも転移だか転生だか知らないけど、したのか?」


「…………」


 黙るニコラ。じっくり数秒の間を置いて、呟くようにニコラは言った。


「サービスでね、最初は安全な場所に飛ばされるんだって。一キロ以内に危険が無い所に」


「……そうか」


「だからね、このタイミングで名前の赤い人は……」


 ――殺されちゃった人だよ。


 ◆


 胃の中身の物を全て吐き出してしまった。

 適当な木の根にもたれていると……ニコラは何処から取ってきたのか、果物を差し出してきた。


「……いらない」


「ダメ、食べて」


 有無を言わさず良く分からない果物の皮を剥いたニコラが一口だけ口に含んだかと思えば……数秒待ち、それを手渡してきた。

 ……毒見をしてくれたのか、と思いながら俺はそれを受け取り、しぶしぶ口の中に入れてみる。


 色や形は違えど、桃に近い甘味を感じられる果物だ。その甘みに若干の元気を取り戻す事が出来、一度深く息を吐き出す。

 ――少し甘過ぎるな、と思いながら口を開く。


「あれからまた一人、赤い名前の奴が増えた……」


「どんな人?」


「……分からない。一度きりの付き合いでフレンド登録した奴も多い」


「じゃあさ、きっとすっごく悪い人だったのかもよ?」


「……ロールプレイで悪ぶってた奴かもしれない。俺はそんなプレイヤー、五万と知っている…………」


 鳥の鳴き声を始めとした……この世界に飛ばされた時のような音が場を支配する。気が狂ってしまいそうな程に平和な森の風景。

 そんな中、俺はゆっくりと口を開く。


「パンツが食べたい」


「…………」


 静寂が場を支配した。何故か鳥の鳴き声や木々のざわめきすらも消えて、静寂がこの場を支配している。


「ヨウ君、頬を張ってもいいよね?」


「やめてくれ。多分首がねじ切れる」


「どうして何時もキミは空気が読めないの? そういう病気なのかな? サービス終了の日なんて、あんなにカッコ良かったのに……」


「……終始泣きっ面に、弱音吐きまくりだっただろ」


 実際内心では途方も無くモヤモヤとしている。が……それを撒き散らすのは良くないと判断し、無理やりに空気を明るい方へと持っていこうとした。


 その結果出てきてしまった言葉。俺の持ちネタの一つでもある。


 本当はまだ少し怖い。この未知の世界が、安全装置に囲まれていない全てが。


「取り合えず、仲の良いフレンドに念話送ってみたらどう? ……女の子以外で」


「なんでまた」


「そ、それはだって……。ボクが……あのそのこの……」


 顔をぐにゃぐにゃとするニコラ。

 言い詰まるニコラに対し、俺はハッキリと言ってやった。


「送る意味はあるのか?」


「そっち!? 意味は色々あるんじゃないかな! もうっ! 誰にでも好きに送ればいいんだよ! もうっ! もうっ! もうっ!」


 何を言おうとしていたのか分かっていて敢えてそう言ったら……ぷりぷりと怒って離れていってしまった。それを尻目に俺は、ロリコンの《シュンヤ》に念話を送る事に。


 耳に響くコール音。

 プチッ、という音と共に繋がった。


『あっ、ヨウさん? 元気してる?』


「ああ、まだパンツは覗いて無い」


『えっ!? 家の娘はぴらんぴらーん、って見せてくれてる! ドンかわ!! 鼻時が止まらない!!』


「分かった。お前の名前が赤くなってたら失血死だ。後、侍口調のロールプレイ忘れてるぞ?」


『……ま、冗談はこの位にして真面目な話。そっちは大丈夫そう? まぁ……ヨウさんも自キャラ愛すごかったから、余り心配はしてないんだけどさ』


「否定はしない」


『こっちはね、ちょっとまずいんだ』


 そんな不穏な言葉に、俺は表情を硬くしてしまう。――が、次の一言で通話を切る事になった。


『もう自キャラのリゼに馬乗りにされてて、下を脱がされてる!!』


「そうか頑張れ、じゃあな」


 ブツリ、と念話を切ったあとに俺は溜息をし、天を仰ぐ。辺りを見渡せば少し離れた木の影に赤い服がチラチラと見えており、ニコラが聞き耳を立てていた事が分かった。


「もういいぞ」


「ヨウ君、楽しそうだったね。相手は誰?」


 トテトテと近づいて来たニコラは、嬉しげに問い掛けてきた。会話の内用から察する事が出来ているようだ。


「ロリコンのシュンヤだ」


「あー、仲良いよね。類友って言うのかな?」


 その言葉を俺は顔を顰めて否定する。


「バカいえ、俺はロリコンじゃない」


「えっ?」


「えっ」


 ワザとらしく驚いた様な表情になったニコラは……ニイッ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ボクをこんな風に創造しといて、良くそんな事が言えたね?」


 ニコラはそんなことを言いながら、赤と白のゴシックワンピースをふりふりと揺らす。ニコラの髪は白く……肌も触れば吸い込まれてしまいそうな程に白い。


 そしてこの……柔らかそうな肌。というか柔らかかった。


 その悪戯っぽい顔をしている目は深紅であり、スカートと白タイツの間の太ももは絶妙にむっちりとしている。

 当然だ……俺がそのように作り上げたキャラクターなのだから。


「少女だ。幼女じゃない」


 ゆっくりと立ち上がった俺と背比べの様になったニコラの身長は……胸下程度までしか無い。


「おっぱいも……」


「無い」


「酷くない!?」


「ぺったんこー」


「そこは普通に無いって言ってよ!!」


 手を胸の前でグーを作って上下に動かし体全体が揺れるが、揺れないものがある。

 ――いや、無かった。


「そう……いつか文句言おうと思ってたんだけどさ、もう少しくらい胸があっても良いと思わ――」


「無い」


「ふくらみかけッ!」


「ですら無いッ!! ……いや、膨らみかけなのか……?」


「……えっち……」


 そんな心に響くような事を言ってきたニコラは、ガックリと落ち込んている。そんなニコラの頭を撫でてみれば、何かを成し遂げたかのような満足感があった。


「あぁ、取り合えずニコラ。これ渡しとく」


「ん? 何かな。拾った板でも渡してくれるのかな?」


 ジーっとニコラの胸を見つめて「もう持ってるだろ」と言ってやった後に、腰の袋に入っていたナイフを一つ渡してやる。

 それを見たニコラは驚いた様に見上げてきた。


「……え、良いの?」


「どうせ今の俺じゃ戦えん。出るんだろ? 魔物とか」


「……うん」


 信頼の証しとして、唯一あった武器を渡さしてやったニコラは、それを胸の前で大切そうに抱えている。その行動に愛おしさを感じつつも、取り敢えず一つボケておく事に。


「流石にナイフは研げないと思うぞ」


「もうっ!! もうっ!! 流石にもうっ!!」


 そのな時、念話のコール音が耳に届く。……応、を意識してみれば念話は自然と繋がった。


『くっ……ほんとにっ、まずいっ……ウッ……ふぅ……』


「死ね」


 そんな言葉を残し、俺は念話を切った。


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