”他人事”感と“意地”の調和 諧謔たっぷりの機能美的面白さ

カクヨムにて色んな方の作品を拝読するようになって、
「うひゃ、この作品めっちゃいい!」と感動する作品に出会える幸運をかみしめることがあるのですが、個人的に本作品はその筆頭です。
(本作、本レビュー投稿時点で★6なのですが……いや、これほどのクオリティなのですからもっと★がつくべきなのでは?! ★100でも500でも1000でも!)

この作品のプロローグ数行を読んだ瞬間に「あ、森博嗣っぽい。これはおもしろそう」とぴんと来ました。
まずは森博嗣作品独特の語り口、文体、キャラクタ造形がお好きな方なら間違いなく楽しめるのでは、と思います。


……前置きが長くなりましたが、個人的にはその文体と主人公の魅力に惹かれて最後まで読み進んでいきました。
と言うのも、主人公クロムは一見達観した(あるいはやや傍観的な)ひねくれ屋に見えます。
顎ひとつで組織と大金を動かせる莫大な資産と既得権益があっても、
爆発や陰謀に巻き込まれても、ドローンやミサイルに追われても、ギグシャグした仲の妹が返事を寄越さなくても、有能な部下やボディガードに凄まれても、
概ねトリム安定、淡々ひょうひょうのらりくらりでどこか他人事のように物事を語っていくからです。
ですが、要所要所では意地を押し通し、自身の恵まれた財力と権限を問題解決のために惜しみなく投入するなど
彼の行動は合理的で、誰のためにもならないような後ろ向きでウジウジしたものがほとんどありません(自虐家の有能、って素晴らしい)。
でも、逐一ユーモアの利いた描写群の波間には、ぽろっと現実世界への虚無感やもやもやを吐露する――と、そういう部分も含めての”少年臭さ”が、読み進めるにつれて染み出してくるのが感じられるのです。

そういうちょっと斜に構えつつも少年臭い魅力的な主人公の語り口は、
あの手この手の比喩と言い回しの豊富さも相まって、「ずーっと読んでいたい」と思えるほど心地よく感じました。

もちろん、その語りのバッググラウンドには、様々な近未来SF的ガジェット描写に、奇妙な「遺言状」に規律された実妹との関係性、
不老のα細胞(+β細胞)を軸としたサスペンス的展開、そして「不老」というひとつの技術的・科学的到達点に対してあるべき生命(ナチュラル)とは? 公共とは? 
……等々の設定・テーマが緻密に組み合わさったところも非常にくすぐられるポイントでした。
ですが、それら設定の単体や個々がすごかったというよりも、これだけいろいろ詰め込まれているのに、
ゴチャついた印象やテンポの悪さを感じることがなくて、
それこそ森博嗣作品よろしく、ふとした時にまた頭から読み返したくなる機能美的な楽しさとして、とても調和の取れている作品だと感じました。



繰り返しますが、もっと多くの方に読まれる作品であってほしいな、と思います。
私は語る言葉も語彙も貧弱なので、もっと素敵なレビューを寄せられるべき作品だと思います。
感動と素敵な読後感をありがとうございました。