散りばめられた「もしも」から成る緻密な世界の、旅情溢れるSF冒険活劇

本作は掌編連作『メトロポリタン・ストーリーズ』と共通の世界観で繰り広げられるスピンオフ的作品とのことで、
同作においては実に50篇(!)もの掌編により、メトロポリタン・ワールドにおける独特の文化・インフラ・生活模様が高密度に描き込まれましたが、
本作ではその緻密な世界の質感がさらに体系的かつ確かなものとして、コーネル氏の冒険を通して追体験できるのが大きな魅力となっています。

しかも、それは決して世界観の設定をひたすら読まされるような、退屈で億劫なものとはなっていません。
一見落ち着いた語り口ですが、絶え間なく好奇心を刺激されながら読み進めていく内に、この魅力的な世界での冒険にきっと没入できることと思います。
本作で描かれる世界には、たくさんの「もしも」が散りばめられていると思うからです。

「もしも」、通貨が液体だったら? ――決済においてどのように扱われ、その原料は何で、どこで誰が製造するのか?
「もしも」、年がら年中暴風雨が吹き荒れる場所に街があるとしたら? ――嵐を凌ぐためにどのような都市構造があり、人々の装備品や気風が備わっているのか?
「もしも」、中に入れた物の腐敗が進行しない停滞保存函《ステイシス・キャリア》という道具があったら? ――コーネル氏は何をそこに入れて持ち運ぶのか?

こうした現実の生活や仕組みとはほんの少し異なるカルチャーやワンダーがほとんど毎話のように、しかもコーネル氏や彼の出会う登場人物たちの言動の中で、時に印象的に・時にさりげなく描かれていくので、10話、20話、30話……と読み進めても世界観への興味は全く尽きることがありません。
ちょうどわたし達が手のひらサイズの超高性能な薄型端末を「スマホ」と気さくに呼びながら通信から国際決済までごく当たり前に使っているのと同じように、
メトロポリタン・ワールドにおけるひとつひとつのガジェットや用語もその世界での生活に密接かつ当然のものとして溶け込んでいるのです。

こういったワンダーに溢れた世界観は、今この現実世界を支えている技術や社会経済システム、インフラ、そしてわたし達の社会生活といった事々を丹念に見つめて捉え直し、
その中で生まれてくる「もしも」と、そこに関わる人々の具体像を想像する作業を丁寧に積み重ねなければ創り出せないもののように思われます。
恐らくそのことが、多彩なガジェットや摩訶不思議な現象が描かれているにも関わらず、メトロポリタン・ワールドの人々をどこまでもリアルなものとして感じられる理由なのだと思います。
コーネル氏の冒険を読み進め、たくさんの「もしも」が詰まった世界観に触れることで、きっとこの現実世界に対する観方や、自分自身の固定観念にふと気づく、まさに「良い旅」のような物語体験が味わえるのではないでしょうか。


主人公コーネル氏は場慣れした冷静沈着な仕事人であり、危機に巻き込まれていく中でも状況を判断しながら的確に事態に対処していく安心感があります。
一方で決して隙がないわけではなく、心理交渉干渉の技能を悪用?して店主をちょろまかしモンブランを頂いたり、道中に出会う美人をつい目で追いかけたり鼻の下を伸ばしたりといった人間臭さもにじみます。
また、個人的に好きなのは、コーネル氏に全幅の信頼を寄せるカイネリ技師長で、その豪快で一本気な人となりがありありとイメージでき、冷静なコーネル氏との息の合ったコンビっぷりはとても爽快です。
ヒロイン格として登場するランゲン社専務のマチルダ、同社長秘書のエルメリナ、紅珊瑚商人のユズハなどについても、女性として三者三様の性格と魅力が漂いますが、
コーネル氏との間でどのように矢印が向き合うのか、またコーネル氏自身の心がどう揺れ動くかも含めて、最終的にはこの冒険における旅情として受け取ることができると思います。


陰謀を巡るスリリングさ、仲間や協力者と力を合わせて立ち向かう熱い展開に心躍らせながら、
それでいて端々ににじむ温かみとほろ苦さを楽しませて頂きました。
大冒険の果て、コーネル氏が辿り着いた意外な場所に元気をもらい、わたしも明日の朝からまた、この世界で生きていこうと思いました。

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