幕間・奇夢

 オーランドはガラスに突っ込んでいく。ぶつかってしまう、と思った瞬間、ガラスは左右に分かれ、その中間にできた空間をオーランドは通り過ぎた。カーラが言っていた自動ドアだ。オーランドは直感した。

 自動ドアの中も、人々でごった返していた。ゼントラムの晩餐会ばんさんかいよりも人が多いかもしれない。オーランドはそう思った。空間全体を見渡すと、大聖堂よりも高い天井に、いくつもの色鮮やかな看板が吊り下げられていた。オーランドが進む回廊には、透明なガラスがふんだんに使われ、とても明るかった。足元には黒とも灰色ともつかない色の絨毯じゅうたんがみっしりと敷かれ、何とも贅沢な空間だった。オーランドはしばらく歩いて、何列も並んでいるベンチの空いていた席に座った。クッションの入った革張りの椅子だった。もしかすると俺は旧世界の王宮に居るのかとオーランドが思っているうちに、どこからか女の声が聞こえて来た。


『――ターミナル変更のお知らせです。ジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン国際空港行きのアメリカンエアライン41便は、3番ターミナルではなく1番ターミナルから出発いたします。ご利用のお客様は――』


オーランドは弾かれたように立ち上がり、もと来た方向に向かって走り出した――暗転。


 オーランドは狭い椅子に座っている。左側から轟々ごうごうと雷のような、強風のような音が聞こえる。馬車に乗っている時のような前に動いている感覚があった。足元が僅かに揺れているような気もする。オーランドは目の前にある小テーブルから取っ手の無い白いコップを取り、口に運んだ。色合いは出しすぎた紅茶のように見えたが、妙に苦くて酸っぱかった。オーランドはその液体を飲み干すと、横を通った女に声をかけ、コップを渡した。自分は椅子がぎっしりと詰め込まれた空間にいることにオーランドは気づいた。九個の椅子がはるか前から並べられ、その椅子は三つごとに通路で区切られていた。その椅子一つ一つに、人間が座っていることにも気づいた。なんとなく左を見ると、二人の人間越しに窓が見えた。窓の外は上半分が青、下半分が白で、白の隙間からちらちらと青がのぞいている。

 不思議な場所だ、とオーランドは思った。白い砂浜を巨大な馬車で進んでいるのかもしれない、と彼は見当をつけた。ポーン、と耳慣れない音がした。


『本日は、アメリカンエアライン41便をご利用いただき、誠にありがとうございます。間もなく、当機の左前方に、――大陸が見えてきました。窓から遠いお客様は、機内ビデオサービスの機外カメラのチャンネルをお選びいただければ、――大陸をご覧になることが出来ます。いましばらくの空の旅を、お楽しみください』

 妙にくぐもった男の声だった。オーランドは目の前にある黒い板をつつき、絵を表示させた。数回つついた後に、青い画面が表示された。青と言っても一色ではなく、上は先ほど見たようなスカイブルーで、下は濃紺のうこんだった。濃紺のうこんの中に、緑がかった紺色をオーランドは見つけた。それはギザギザとのこぎりの刃のように濃紺のうこんと組み合わさっていた。

 ズーデンの海岸線によく似ている、とオーランドは思った。その瞬間、自分は空の上からどこかの海岸線を見下ろしていることに気が付き、オーランドは恐怖した。 あのスカイブルーはそのまま空の色で、濃紺は海だ。緑がかっている部分は、きっと陸なのだろう。なら、自分がいるのは空の上だ。人間がどうやって空を飛べるというのか? パニックになりかけたオーランドの耳に、奇妙な音が聞こえてきた。音? いや、一定の旋律がある。これは歌だ。力強いメロディーによって、彼は現実へ引き戻された。


『саребаминатоноказуоокаредо ♪

коноёкохаманимасаруарамея ♪

мукашиомоеба томаянокемури ♪

чирарихораритотатеришитокоро ♪』


「おはよう」


『あっごめん、起こしちゃったわね』


カーラの声で、自分が現実に居る事の確認が取れた。


「さっきのあれは、お前が歌っていたのか?」

『あれ? ああ、ヨコハマシカのこと? そうよ』

「いい歌だ。聞かせてくれ」


『わかったわ』


カーラは澄んだ声で歌い始めた。



imahamomofunemomochifune

tomarutokorozomiyoya

hatenakusakaeteyukurammiyowo

kazarutakaramoirikuruminato


 奇妙な音の連なりからできた、力強い歌だった。オーランドには今日初めて聞いたはずの歌なのに、どこか聞き覚えがあるように感じられた。そして何より――カーラの歌声は、今まで聞いたどんな歌声よりも、美しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る