坑道の蒸気機関

 第二坑が近づけば近づくほどに、ぎしぎしと木のきしむ音やシューという蛇がうなる様な不快な音が大きくなってきた。馬車が止まるやいなや、オーランドは馬車から飛び降りた。


「蒸気ポンプはどこだ?」

「この小屋の中でございます」


 炭坑夫たんこうふに案内された先は、煙突がやけに高いことを除けば普通の炭坑夫の宿舎のように見えた。しかし、先ほどから聞こえる不快な音はその中から響いていた。オーランドたちがその建物の中に入って最初に出迎えられたのは、炭鉱夫たちの寝床と、冬には似つかわしくない暖気であった。案内されるままに奥へ進むと、異様な音と暖気の主が現れた。

 それは、奇妙な塔のようだった。

 釜の上に大きな醸造じょうぞうよう用の銅製ボイラが置かれ、その上に一抱えもある真鍮の筒が乗っていた。その筒の中をつく様に鎖につながれた棒が上下している。鎖は釜の横にある柱の上の大きなてこの片端につながり、てこを引いたり戻したりしていた。てこの向こう側の端にも鎖がつながり、大穴の底に伸びていた。大穴の手前のふちに壁の外につながる一本のパイプがあり、絶え間なく水音を立てていた。


「これはどうなっているんだ?」


 オーランドの疑問に、坑夫の長が答えた。


「へい。蒸気でてこを上下させるからりに、坑道の排水用ポンプのレバーをくっつけたんでごぜえます。疲れ知らずで水をくみ上げてくれるんで、助かっております」

「このパイプはどこに続いているんだ?」

「貯水池につながっております。いかんせん地下水脈を掘り当てて川のように水が出た時期もございますので、雪が解けたら滝を作る予定でございます」

『これ、ニューコメン機関そっくりというか、そのものよ。やっぱり、技術水準が一緒だと発想も一緒なのかな? それとも……』


 カーラが不思議そうに言った。騒音の中、オーランドはカーラにだけ聞こえる声で言った。


「これは、紡績ぼうせきに使えるのか?」

『ええ。粉ひきの水車があるでしょ。この機械を麦をつくきねだと考えて。水車と杵の動く仕組みを逆にすれば、ガラ紡を回せるわ』

「わかった」


 オーランドは息を吸い込み、騒音に負けないどら声で告げた。


「この装置を製糸用にもう一つ作りたい。仕組みが分かっているものをしばらくの間、領主直属の職人として召し抱えたい、いいか、オリヴィエ?」

「まずはアフェク内での手続きが終わってからにしてください。その後、仕組みが分かっている者たちを同時に炭坑やオーランド様の工場に派遣します」

「分かった。派遣場所に関わらず、給金は俺から出す。建設費もだ」

「助かる」


 オリヴィエは大声を張り上げた。


「皆の者、よく聞け。蒸気ポンプを開発した者たちには、アフェク伯より一律で一年分の麦を褒美として与える! さらに、この絡繰りに精通している者は、新たな絡繰りを作るための職人として、次期領主直々の職人として召し抱えられる!」


 歓声がそこかしこから上がった。しかし、我関せずという風情の炭坑夫が多かった。ざわめきが落ち着いたとき、オリヴィエは言葉を重ねた。


「また、汝らを慰労いろうするために、アフェク前女伯直々の宴に招待されておる。蒸気ポンプの開発に関わっていない者も気を落とすな。この炭坑全体にもアフェク前女伯命令により、炭坑夫全員に一週間の休暇と、一律一月分の麦が与えられる」

「アフェクの聖母、ブリュンヒルド様、万歳!」


 先ほどとは比べ物にならない、小屋が割れんばかりの歓呼だった。万歳三唱からよく分からない雄叫びまで、雑多な騒音がオーランドを襲った。


『女性なのに、政治家として人気があるの?』

「ああ。ブリュンヒルドさんみたいな王族の血を引いている人は別格だ。男の最底辺とされている炭坑夫を、主人が屋敷に呼ぶのは色々と嫉妬しっとを買うが、王族の血を引く女性のわがままなら許される。なんたって、天使の血を引く人間だからな。田舎だと、女だろうが王族の血縁者の意志は、神の意志に近いものとして尊重される傾向にあるからな。それを利用して、ブリュンヒルドさんは身分関係なく取り立てたり、褒賞を与えたりしている。ついでに、アフェクの中だけなら武芸も楽しんでいるってわけだ」

『差別がひどいのね。この国』


 カーラはそれきり黙った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る