希望とイレギュラー

 蒸気式ポンプが作られたという炭鉱は、確かに険しい山々の中にあった。石炭運び出し用の馬車二台が何とかすれ違える砂利道に三日間揺られ、オーランドは尻がもげそうだった。


「次期領主様のおなりです!」


 ニールの号令を聞いて、粗末な小屋からばらばらと男たちが飛び出てきた。その中には、狼の毛皮をまとった男もいた。オーランドは思わず微笑んだ。あいつ、今でもあの毛皮を着てやがる。馬車にタラップがかけられ、オーランドは雪が積もる地面に降り立った。狼の毛皮を着た男がオーランドに一礼した。


「アフェク領主オリヴィエ、この場を代表して次期領主様を歓迎いたします」

「まずはオリヴィエから蒸気ポンプの話を聞こうか。会見場の準備を」

「私の宿所しゅくしょを使いましょう。そこのお前、椅子いすを用意しろ。お前は第二坑だいにこうに訪問を伝えろ!」


 オリヴィエの従者が去るのと同時に、炭鉱夫たちも仕事に戻っていった。オーランドは宿所へ向かうオリヴィエの肩をたたいた。


「いつまで初めて仕留めた狼の毛皮を着てるんだよ。なんか黒ずんできてるし、さっさと熊の毛皮に変えろよ。あったけえぞ」

「おふくろに勝てた今のところ最初で最後の獲物なんだよ。黒ずんでるのは炭鉱めぐりばかりしてるせいだ。帰ってブラシかけりゃ良い」

「ああ……お前のおふくろ、男みてえだもんな」

「おふくろの性別は女でも男でもない、おとこだ、っていうのがうちの騎士の通説だ。女なのは顔と子供を産めるだけで、あとは男だ、っていう意味で」

「確かに」


 親戚同士の男二人、気心は知れている。ノーデン現領主の息子とノーデン現領主の姉の孫がほとんど同い年、というのも変な気もするが。気楽な会話をしながら宿所にはいり、二人は暖炉の前に座った。


「さて、本題だが、蒸気ポンプが設置されていると聞いて来た。どこにある?」

「第二坑だ。ここが第一坑で、ボタ山の裏にあるからここからは見えない。歩いて半日もかからん。茶飲んでから行くか?」

「ああ。あと、誰が思いついたんだ?」

「第三坑を掘っていたグループの共同制作らしい。第二坑から水が出たから、別の坑道を掘らせていた。しかし、全く石炭が出ないどころか、固い岩盤がんばんに当たったらしい。岩盤の爆破用の火薬待ちで暇してる時に思い付いた、と言っている。言っているんだが……」


 オリヴィエは言葉を詰まらせた。ちょうど紅茶が運ばれてきた。ズーデン産の黒糖が添えられていた。


「どうかしたのか?」


 オリヴィエは砂糖もいれずに紅茶をあおった。


「なんか、不自然だ。金物屋の知識がいる部品もあるのに、先祖代々石炭掘ってたような連中が思いついたとは思えなくてな。しかも、彼らは文字の読み書きができないはずなのに、設計図まで書いて、適切な物を買い付けることまでしたらしい」

「助言者がいたんじゃないのか?」

「それなら、グループの合作じゃなくて、発明者は自分だと名乗った方が得だ。褒賞ほうしょうを独占できるじゃないか。何か訳有りの人間と接触したんじゃないかと俺はにらんでる。旧世界の生き残り、とか」


 胸元で、カーラが息をのむ気配がした。


「ああ、まさか何百年も生きる人間がいるとは思ってないぜ。ただ、おふくろから旧世界の遺物がどこかに残っていて、今でも使えるものがあるらしい。それを見聞きした人間はわずかとはいえ、確実にいるって聞いたからな。多分、異端いたんとして迫害ざれて、物理的に地下に潜った奴のねぐらでも掘り当てたんじゃないかな。何はともあれ、このグループを俺はおふくろに会わせるつもりだ。教会には告げずにな」

「異端をかくまうのか?」

「今のところは異端じゃない。発明だ。旧世界の干渉があろうがなかろうが、発明と言い張れるような環境を作らなければ――アフェクはこの先、生きていけないかもしれない」


 オリヴィエの目は切実だ。アフェクは羊毛と石炭の輸出で食料を買っている地域だ。二本柱のうち片方をさまたげげられれば、民を支えきれす餓死者が出てもおかしくない。オーランドは気まずくなって紅茶をすすった。出しすぎだったらしく、酷く渋かった。たまらず黒糖を放り込むと、気持ち悪いほど甘くなった。気合でオーランドは残りの茶を飲みきった。


「んじゃ、さっそく最新鋭のポンプを見に行くか!」


 オーランドが茶を飲みきったのを見計らい、オリヴィエは立ち上がった。


「いきなり行ったら迷惑だろう。明日でいいんじゃないか?」

「心配無用。もう準備はできてるはずだ。昨日俺が訪問したばかりだから片付いてるし、人間を集めれば出迎えの準備が終わるくらいなんもないところだ。さっさと見に行こう」

「ああ」


 オリヴィエとニールとともに馬車に乗り、オーランドは第二坑に向かった。




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