騎士と炭鉱

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくとオーランドを見下ろす騎士に、オーランドはほぞをかんだ。王女と選王侯の間の子供は、女であろうと選王侯同士の子の子供より優先される。女と関わりを持たなかったせいで忘れていた。しかも、それだけ良い家柄なら貴公子もより取り見取りだったろうに、このお姫様は何を考えたかノーデンのド田舎の貧乏領主に嫁いできた。息子が成人したのをきっかけに引退し、夫婦水いらずの生活を送っている、とオーランドは聞いていた。



「騎士殿、主君に無礼を働いたことを陳謝ちんしゃする」



 鎧武者よろいむしゃはおかしそうに笑い、かぶとをとった。あでやかな赤い前髪と、べにを引いた口を見た瞬間、オーランドは悪寒がした。鎧武者――ブリュンヒルドはくるりと後ろを向いた。



「ノーデン次期領主の気分を害したことについては謝ろう。過去の血筋がどうであれ、わらわは貴殿の部下の妻である。のりを越したことをした」



 やはり、男のような低い声である。女の頭が鎧の上についていて、その上並みの男には扱えそうもない長槍ちょうそうを背負い、大剣を持っているのがオーランドには理解できなかった。ブリュンヒルドは部下に何事か指示すると、素早く立ち去って行った。


 すぐにオーランドの出迎えの為に玄関は整えられ、先ほどの一件はまるで嘘のように消えてしまった。玄関での出迎えの後、オーランドは前領主シグルドの部屋に案内された。



「妻が無礼を働いたようだ。このようなことが無いよう、こちらからも言い聞かせておく」



「いえ、こちらも皇女の娘に取るべき礼をとれませんでしたし」



「あれは、生まれる性別を間違えたような女だ。男なら、今頃帝のお抱え騎士になっていただろう。昔はわしの方が強かったんだが、あれは若いころと全く力が変わらん。今となっては、アフェクであれに勝てる者はおらんよ。盗賊の鎮圧や狼狩りは、あれに任せている」



「オリヴィエではなく?」

「ああ。息子は大局的な視点で指揮をとるのはうまいが、実地でのとっさの判断はあれの方が早い。今はあれに、若い騎士の教育も任せている。兜をかぶって男口調で話せば、あれが女だと気付くものはおらん」

「たしかに……母と全く声が違います」



 貞淑ていしゅくな妻にして母を演じていたが、夜になればその仮面を脱ぎ捨て、小鳥のようにあえぎながら獅子ししのように荒れ狂っていた女。昼か夜の違いはあるが、勇猛さは姉妹ともに変わらないようだ。しかし、美しいブロンドの髪だった母親と、燃えるような赤毛のブリュンヒルドが姉妹というのは、違和感があった。



「ああ。フレーデグンデ殿か」



 その瞬間、影がシグルドの瞳をよぎった。



「あれからは、母親が違うと聞いている。あれの母親は皇女だが、フレーデグンデ殿は前ズーデン公第二夫人の、身分は低いが美貌びぼうと体つき、声に優れる歌姫だったらしい。自分は家柄、フレーデグンデ殿は美貌を売り物に、前ズーデン公は王室へ自分たちを入れようとしたらしい、と聞いている。すべてご破算にできて清々している、とも。まあ、あれは破天荒な女だが、怒らせない限り、きちんと礼は心得ている申し分のない貴婦人で武芸の心得もある、わしには過ぎた女さ。そっとしておいてくれ。さて、本題を聞こうか」

「あの、オリヴィエはどこに」



 シグルドの惚気のろけを聞きに来たわけではないのだ。現領主から話を聞かないと何も始まらない。オーランドはシグルドがオリヴィエを呼んでくれることを期待した。しかし、シグルドの口からは衝撃的な事実が飛び出した。



「息子なら、ここから三日かかるところの炭鉱にいるぞ? なんでも、蒸気を使ったくみ上げポンプを開発した炭鉱夫がいるとか何とかで、おととい視察に出たからしばらく帰って来んぞ?」

『もしかして、蒸気機関?』



 カーラが呟いた。蒸気機関と言えば、紡績機ぼうせききの動力源になる機械だ。ぜひ見に行かねば。オーランドは身を乗り出した。



「どこですか?! 私も行きます」

「待ちたまえ。オリヴィエが居る炭鉱へは、特に険しい山々を抜けていく必要がある。しかも今は冬だ。専用の装備を準備するのには一日かかる。今日はここに泊まってくだされ。明日の昼には発てるようにする」

「ありがとうございます」

「本題だが、次期領主殿は羊の具合と――」



 シグルドの話をまとめると、羊の生育は問題ないが、寒波で凍死する可能性を考えるとどうなるかは春にならないと分からない。炭鉱については、冬に備えて炭鉱の採掘を拡大した結果、水脈を掘り当てる鉱山が続出し、対策に追われているとのことだった。そのためアフェク現領主オリヴィエはほとんどの政務をシグルドに任せ、鉱山を飛び回る生活をしているそうだ。



『なんだか、一気に物事が進んでる……怖いくらいに』



 カーラの呟きは、シグルドとオーランドの熱の入った打ち合わせにかき消された。



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