禁忌の妙音


 オーランドがアフェクから戻って一週間ほどした大雪の日、約束通りに蒸気ポンプを開発した男がオーランドの城へやってきた。その他に、荷馬車一台分の荷物がやってきた。


「なんだ、この大荷物は?」

「ブリュンヒルド様から、オーランド様への非礼のびの品、と伺っております。できるだけ人目のない場所で開封していただきたい、と言付かっております」

「わかった。荷馬車を城の今は使っていない倉庫に回せ。ニール、口がかたい下男を呼んで来い」


 またブリュンヒルドか。オーランドは内心苦虫をかみつぶしつつ、蒸気ポンプ職人に向き直った。


「長旅、御苦労であった。城の技術開発部で、これから活躍してもらうぞ。おい、そこの下男、職人を部屋に案内しろ」


 職人が立ち去ったのを確認し、オーランドは荷馬車について歩いた。倉庫の中は、ニールが手配した松明で明々と照らされていた。馬が倉庫から出たとき、ニールはオーランドに話しかけた。


「次期領主様、準備ができました」

「よし、ほろを外せ」


 オーランドの号令で、下男たちは荷台のほろをほどいた。ぎっしりと詰められた同じ大きさの正方形の木箱が、1ダースほど現れた。適当な木箱を開けさせると、木箱の中は四等分されていて、みっちりと正方形の何やら文字の書かれた古い板が詰まっていた。そのような箱が3、4箱続いたとき、下男が大声を上げた。


「次期領主様、妙なものと手紙が!」

「何だ?」


 オーランドが下男の手元をに視線をやると、ホルンが乗った平たい箱があった。その箱の横に、ハンドルがついている。


蓄音機ちくおんき? ねえ、さっきの板を一枚取ってみて』


 オーランドは下男に箱の上にその機械を置くように命じ、板の箱から板を一枚取り出した。板に見えたのは厚紙の袋で、中から黒く、真ん中に穴が開いた円盤が出てきた。


『レコードだ! ねえ、さっきの機械に、その円盤をセットしてみて。やり方は言うから』


「ああ」


 オーランドはカーラの指示に従って円盤を箱の中央のでっぱりにひっかけ、ホルンと針のついた棒を円盤の上に置いた。


『あとは、横についているハンドルを回して。そうすれば、音楽が流れるわ』


 オーランドがハンドルを回すと、しばらく蓄音機ちくおんきはガタガタいった後、パイプオルガンと少年の歌声を奏で始めた。


 イエスがいる私は幸せ

 おお、何と固く私はイエスをだきしめることだろう

 イエスは私の心をいやしてくださる

 病のときも 悲しいときも

 私にはイエスがいる イエスは私を愛し

 私のためにご自身をも差し出してくださるのだ

 ああ、だからイエスを放しません

 たとえこの心が張り裂けようとも


 春の小川のような優しさと、ステンドグラスのような荘厳そうごんさ。美しい讃美歌さんびかだった。【主よ、人の望みの喜びよ】。普段は形ばかりの礼拝をするばかりのオーランドも、この美しい歌声には感動した。それ以上に、これはいける、と確信した。この機械とレコードがあれば、オステンの領主は必ず取引に乗ってくる。オーランドはブリュンヒルドに純粋に感謝した。


『讃美歌のレコードだったんだ……紙袋に、タイトルとか書いてない?』


 オーランドが紙袋をまじまじと見ると、かすれて読めない文字の後に、少年合唱団、と書いてあるのがどうにかわかった。


「少年合唱団のレコードらしいぞ」

「僕たちには、とてもじゃないけど表現できない歌声でした。多分、ゼントラムの総本山でも、こんな合唱団はいません!」

「ニールが言うなら、間違いはないな」

「はい!」


 ニールとの会話の後、オーランドはブリュンヒルドの手紙を思いだし、ズボンのポケットから封筒を引っ張り出した。


 ――アフェクで発掘された音楽機一台と、聖歌の音楽盤のみを送らせていただいた。オステン領主との取引に使うもよし、教会に寄進して関係の緩和に使うもいいだろう――


 手紙は男文字で、内容はオーランドの近況に触れながら、音楽機の使い方やレコードの目録が書かれていた。オーランドが読み進めていくと、話は先日の詫びや炭坑、そして目を疑うような文字列へ変化していった。


 ――領都りょうとアセル城地下、領主以外入ってはならぬ場所に、ノーデンの〈神の目〉を司る天使、ウリエルにささげるべき祭文と、祈祷きとうを行うべき場所が記された書があるそうだ。町を焼いた鳥は現れていないとはいえ、天候不順も激しいため、改めてウリエルに祈祷を行う事をおそれながら上申いたす――


 その後に定型の結び文句が続き、手紙は終わった。オーランドは慎重に手紙を上着の内ポケットに仕舞い込んだ。


「この品物をオステン領主に寄贈する。派手好きのオステン領主のお眼鏡にかなうような豪奢ごうしゃな箱を作らせるぞ。ニール、この木箱と同じ寸法の木箱を持って金細工ギルドに行って、同じ内容量の蝶番付きの木箱に、アホみたいに金と色つき水晶ぐらいの値段の宝石を象嵌したのを1ダース注文して来い! 請求は俺に回せ」

「分かりましたが、お金あるんですか? 飢饉ききんで城の穀物を放出する寸前だったのに」


「心配するな。糸の貿易でたんまり稼げたからな。俺の手取り分だけで、今年最高値の値段で、ノーデンの十年分の麦を買えるくらいには稼いだからな。金と色つき水晶の組み合わせなら、一番贅沢ぜいたくな細工箱でも麦三か月分くらいで済む。オステン領主は宝石の目利きはできないから、それなりに見栄えがすればいいからな」


「行ってまいります!」


「寒いから箱馬車を使っていいぞ!」


「ありがとうございます!」


 ニールは下男を一人連れて倉庫から出ていった。オーランドは松明を外させ、残りの下男と倉庫を出た。倉庫には厳重に鍵をかけ、ネズミ一匹さえも入らないよう厳重に封印した。間違いなくこの品物は旧世界の遺物だ。誰かに知られるわけにはいかない。



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