変化

 オーランドはオードをアフェクに送っていくことにした。父親の体調も気がかりだったが、ノーデンの未来を担う子供の健やかな成長を重視し、アフェクで養育の打ち合わせをすることにした。表向きにはそのような理由を付けて、オーランドはアフェクへ発った。

 本音を言うと、オーランドはブリュンヒルドから女を怒らせない謝り方を聞くことで、カーラを見つけた時の謝り方の参考にしようとしていた。彼女と再び会える可能性は砂粒ほどかもしれない。それでも、俺はカーラとやり直したい。

 オーランドはそう考え、ブリュンヒルドと話し合える機会を持とうとした。しかし、ラーズグリーズの養育についての検討事項はオーランドが考えていた以上にあった。その話し合いにはブリュンヒルドも参加していたが、ブリュンヒルドと二人きりになれる機会は見当たらなかった。

 むしろ、ブリュンヒルドの息子でオーランドの旧友のオリヴィエと話が弾んだ。彼との話は、どうしてオードの里帰りを許可したのか、という話題になった。オーランドは事のあらましを話した。


「謝ったのに、お前の妹にひっぱたかれたよ。女は、やっぱり苦手だ」


 オーランドが愚痴ると、オリヴィエは噴き出した。面白くてたまらないとばかりに、腹を抱えて彼は大声で笑い出した。


「なにが面白いんだよ?」


「そりゃあ、あいつ、筋骨隆々の男が好きだからな!」


「はあ?」


 憮然としたオーランドとは対称的に、オリヴィエは笑いながら続けた。


「オードはな、結婚前には、並みの男よりもたくましい男と結婚して、おやじとおふくろみたいな相思相愛の甘い日々を過ごしたい、ってそこら中で言ってたんだぜ? 死別した旦那は、あいつの理想通りだったんだと。結婚してすぐに子供を授かって、幸せの絶頂って時に、旦那が病に倒れた上に、弱ってる旦那に悪徳神父が付け込んで、インチキ療法を勧めたんだと。旦那はすっかり悪徳療法にハマって、財産をすっからかんにして、死んじまった」


「苦労してきたんだな、彼女は」


 オーランドは心から彼女に同情した。オリヴィエはにやりと笑った。


「だから、オードには、神父を追い出して、財政もしっかり管理していて、ゴツいお前は、旦那亡き今、理想そのままの男なんだよ! 最高の男に『お前と子供に興味が無い』と無視され続けるのは、相当こたえたはずだぜ? 自分の片思いだと分かっていても、つらい気持ちが積もってしまうんだから」


「確かに、そうだな」


 アフェクの教会の地下で、自分がいない者のようにカーラに扱われたことを、オーランドは思い出した。自分の方が悪かったのは重々承知しているが、カーラに無視されたのは、確かにつらかった。


「オードは、俺の兄貴としてのひいき目も入っているかもしれないが、我慢強い女だ。旦那には意見することなく従っていた。おかしいと何度か手紙で愚痴られたが、旦那が決めたことだからと、悪徳神父の高額な祈祷を止めはしなかった。あいつにはしっかりした自分の考えがある。でも、相手を立てることを重視しているから、めったに自己主張なんてしない。大人しいやつなんだよ、オードは」


 オリヴィエは言葉を切った。くすくす笑いながら、要点がつかめず呆然としているオーランドの顔をのぞき込む。


「そんなあいつが、次期領主様に直談判した上にビンタまで食らわしたんだぜ? 相当お前のことが好きだから、不満もその分溜まって、決壊したんだろう。オーランド、詫びはきっちりしとけよ」


「最初に言ったろ。半年間ないがしろにしていたことに対して謝ったら、逆に怒らせてしまって、叩かれたって」


「女心が分かっておらぬのだなあ、オーランド殿」


 息子そっくりの声でくすくす笑いながら、ブリュンヒルドも話に加わった。


「そうだおふくろ、こいつにみっちり女心の何たるかを教え込んでやってくださいよ」


 ブリュンヒルドはすぐ賛成した。


「それはいいな。オードの子育てについての話はひと段落ついた。気分転換に、三人で遠乗りにでも出かけるか?」


「すまない。鉱山との打ち合わせがあるから、俺には遠乗りに行っている余裕はない。オーランド、どうする? おふくろと二人で大丈夫か?」


「大丈夫だ。ブリュンヒルドさんなら。ブリュンヒルドさんとは、一回じっくり話してみたいと思っているからな」


オーランドがオリヴィエにこたえると、オリヴィエは信じられない物を見る目でオーランドを見ていた。


「オーランド、お前、変わったな」

「ノーデンも変わっている。次期領主の俺が変わらなくて、どうする」


憮然としてオーランドが言い返すと、オリヴィエはにっこり笑った。


「そういうところだ。お前、ずっと次期領主が自分だから義務として領地を回らねばならない、みたいな空気だったんだぞ。だが、今は自分が次期領主だから、自分のやりたい事として領地を管理してるんだ」

「よくわからんが、わかるような気もする」

「良い方向に向かってるのは間違いないぜ。おふくろと思う存分気分転換を楽しめよ、次期領主様」


確かに以前の自分は、ブリュンヒルドと話そうと自分から思った事は無かった。確かに変わっている。オーランドはオリヴィエの言うことが少しわかった。同時に、不安を覚えた。俺が変わっているのと同じように、カーラも変わってしまい、以前のような関係には戻れないのではないか? だが、それをオリヴィエには言えない。


「おう」


平気なふりをして、オーランドは返事をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る