外交交渉

 オーランド達ノーデン外交使節団がアメリカの船に乗ってから、案内役のアメリカ人は自慢げに船の設備を解説してきた。が、オーランドたちにとっては、自動ドアも電灯も液晶画面も、アフェクの地下で見てしまったので驚くべきものではなかった。オーランド達が動じた様子が無いのに対して、案内役は面白くなさそうにしていた。オーランドに至っては、早く貿易についての話をしたくてたまらなかったので、案内役に対しては生返事しかしなかった。案内役は会議室に着くまでの間にすっかりへそを曲げていたが、オーランドはこれから行う交渉への期待と不安で押しつぶされそうになっていたので、案内役に対して気を使う余裕はなかった。


「着きました。ここが、本日協議を行う会議室です」


 投げやりに案内役が一歩進むと、半透明の壁が左右に分かれた。その向こう側には、様々な髪の色をした人間が座っていた。肌の色もよく見ると少し違っていたが、フォーサイスほど黒い人間はいなかった。

 全員が着席し、会議が始まった。オーランドはアメリカ側の人間を見据え、ゆっくりと口を開いた。


「フォーサイス殿から、貴国は我が国との貿易を望んでいるとうかがっている。その目的は天然資源であるとも。間違いはないですか?」


「はい。そのための技術協力も、惜しまないつもりです」


「ノーザンから出せる資源は、現在は石油のみだ。それについて、産出量と精製量について具体的にまとめさせていただいた。冊子を、ここに」


 オーランドの指示を受け、騎士がアメリカの大使の前に数冊の冊子を差し出した。大使はそれを受け取り、アメリカ側で冊子が回された。

 ページをめくる音にまぎれて「予想以上の技術発展だ」「油田開発の主導権は握れそうにない」とかいった密やかな非対等貿易派の声がフォーサイスの耳に入った。対等貿易派が有利になった。この機を逃さず仲間が行動してくれれば、突破口が見えてくる。チャンスだ。フォーサイスは仲間に合図した。仲間が応えたのを確認し、フォーサイスは口を開いた。


「ノーデンの石油資源について、どのように思われますか? そして、これからどのようにノーデンとの関係を結ぶべきか、提案はありますか?」


 オーランドには黙っていたが、西部アメリカ共和国は、資源不足によって国民の不満が高まっている。国内政策の迷走もあいまって、大統領の支持率は地に落ちた。慌てた彼は国民の人気取りの為、資源に満ちた国だというノーデンに向けて使節を送り出したのだ。泥縄式の使節団には、ノーデンと交渉する形を持っていない。つまり、今の話し合いで決まったことが、そのまま公式な外交の形となるのだ。非対等貿易派がひるんだ今が、話を付けてしまう好機なのだ。フォーサイスのもくろみ通り、対等貿易派の仲間が発言する。


「ノーデンの石油は、品質も管理も素晴らしい。いい取引ができそうです。そのために、公式な窓口を設けましょう。具体的に言うと、お互いに外交官を置きましょう。ノーデンはどのように思われますか?」


「それが良いですね。信頼できる人物だと、更にいい」


 オーランドが同意した。この調子で進んでくれ。フォーサイスは口を閉じ、はらはらしながら成り行きを見守る。


「ノーデン側から、誰か外交官の指名はありますか? 出来る限り、希望に応えます」


「フォーサイス殿に外交官になっていただけると嬉しい」


「フォーサイス、どうなんだ?」


「謹んでお受けいたします!」


 フォーサイスは即答した。ノーデンの風土と謎に惹かれて使節団に志願したのだ。ノーデンに留まれるなら本望だ。それに、命を救ってもらえたオーランドには、恩返しがしたい。 

 フォーサイスの希望をアメリカは受け入れた。こうやって、フォーサイスは正式な大使となった。

 次は、ノーデンがフォーサイスと交換に送る人間を決める番だった。オーランドはブリュンヒルドに相談する。


「ノーデンから西部アメリカ共和国に送る外交官はどうする?」


「最優の騎士を送る。ピクシー、名乗り出なさい」


 呼びかけに、騎士の一人が立ち上がった。兜を脱ぐと同時に、艶やかな栗色の髪が流れ落ちる。

 女だ。髪から放たれる色気を見てオーランドはそう思ったが、兜の下の顔は、小顔で口に紅を引いてはいたが――男だった。中性的な美男子だった。


「ミシェル・バルベルデです。外交官として赴任させていただきます」


 声は女のブリュンヒルドより高い。まるで変声前の少年のようだった。


「バルベルデさんは男、ですよね?」


 アメリカ側から戸惑った声が上がる。オーランドも混乱していた。バルベルデにそう問い詰めたいのは自分も同じだ。だが、俺が自分の国の大使の事さえ分かっていないとアメリカにばれたら、アメリカはノーデンと対等に貿易する気を失うだろう。深呼吸だ。何とかオーランドは真顔を保った。


「生物学上は。しかし、生殖能力はありません。私は男であることが嫌だったので、聖歌隊に入ってカストラートを受けました。歌の才能が無かったので、今は騎士をしています」


 無表情にバルベルデは答える。場がざわめく。オーランドは、ニールが息を飲むのが聞こえた。ニールは男のままでいたかったから俺の下に来たのだ。だが、ミシェルは男であることが嫌だと言い、女のような恰好までしている。あいつはいったい何なのだ。


「西部アメリカ共和国は自由と平等と公平を貴ぶ国、とフォーサイス殿からうかがっております。まさか、性別がよく分からないという理由だけで我が国の大使をこばむ気か?」


「おっしゃる通りです。ノーデンの大使としてミシェル・バルベルデさんを歓迎しましょう」


「MrなのかMsか判断がつかないというなら、Sirを使ってください。私は騎士なので」


「そうですね。そうしましょう」


 お互いの大使が決まった。話し合いは次の段階へ進む。オーランドが口火を切る。


「貿易についてだが、ノーデンの方はとにかく技術を教わりたい、教会の目を避けて行うから、一朝一夕でできるものではないが」


「でしたら、石油と引き換えに技術を教わる、という形でよろしいでしょうか?」


 すかさずそう言った男の顔に、フォーサイスは覚えがあった。非対等貿易派の重鎮だ。オーランドが彼の提案に頷いてしまったらまずい。彼を止めなくては。

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