交渉前夜
対外交渉役は、西部アメリカ共和国の慣習をよく知っているフォーサイスが絶対に欲しい。彼とは改めて話し合う必要がある。オーランドはフォーサイスをアセル城に招いた。
アフェクから彼が来ると同時に、ハーヴィーの子供と乳母もやってきた。オーランドは彼女たちへ適当な環境を整えるよう指示した。女を育てるのは女に任せておけばいい。そもそも俺は、子供とどのように触れ合えばいいのかがさっぱりわからない。子育てに何か不満があるなら、乳母から何か言ってくるだろう。子供が物に不自由なく育つよう、金と部下を使うことがオーランドにできる精一杯だった。
子供の未来の為にも、フォーサイスと話さねば。オーランドは赤子の名前を聞きもせず、会見の場が整うや否や、貿易の話をするために応接室にフォーサイスを呼び出した。
「貿易するとして、少なくとも石油については都合がつけられる」
「本当ですか!?」
「ああ。灯油は照明に、重油は製糸機械を動かす蒸気機関に使っている。蒸留技術の再興には成功している」
「オーランド様は、旧世界の技術についてお詳しいですね」
フォーサイスの言葉に、オーランドは首を横に振った。
「旧世界の技術について、いくらか話には聞いているが、俺が知っているのは又聞きのようなものなんだ。だから、そばに詳しい人間がいてくれると助かる」
オーランドはフォーサイスに向かって頭を下げた。
「フォーサイス殿、俺の助言役として、ノーデンに留まっていただけないだろうか?」
「喜んで。オーランド様には、命を助けていただいた恩がありますから」
フォーサイスの答えに、オーランドは頭を上げ、顔をほころばせた。
「ありがとう。早速お願いがあるのだが、フォーサイス殿の船に、俺の名前で招待状を渡してもらえないか? フォーサイス殿と同じように、正式に招きたいのだ」
「それは構いませんが、そうなると、大人数が移動することになります。貿易をしようとしていることが、教会にばれてしまうのではないでしょうか? 逆に、僕たちの船にあなた方を招待する方が、教会にはばれにくいと思います」
「確かにそうだな。ならば、入港許可証ということにしよう。それがあれば、ノーデンの有力者と話を付けた証拠にもなる。どうだろうか?」
「それでお願いします」
オーランドとフォーサイスの間で何度か打ち合わせが行われ、小舟が何度か港から密かに外洋に漕ぎ出しては戻ってきた。
ついに、月のない夜に、オーランドが彼らの計画は実行に移された。
アセル城から馬車が港へと向かう。馬車に乗っているのは、フォーサイスは言うまでもなく、ノーデン大使としてオーランド、ノーデン副大使としてブリュンヒルド、そしてフォーサイス以外の対外交渉役として引き抜いたブリュンヒルドの騎士数名。ニールもオーランドの秘書官としてついてこさせた。これから始まる交渉に向けた期待と不安が膨れ上がり、馬車の中は沈黙が支配していた。重苦しい空気に耐えられず、ブリュンヒルドはフォーサイスに話しかけた。
「フォーサイス殿。我らは、貿易をしたいのは言うまでも無く、貴殿らについてもっと知りたいと思っている。我らは騎士の誇りを重んじる。西部アメリカ共和国では、どのようなことを大切にしているのだ?」
「自由と、平等と、公平です」
フォーサイスはどもりながらも、自国の文化についての話をする。それに対してブリュンヒルドが質問したり、相槌を打ったりして話を盛り上げる。気づけばオーランドも、話の輪に入っていた。
「面白い国だな。船では対等貿易派が優勢らしいし、これから仲良くやっていけそうだ」
ノーザン次期領主と話をつけたことで対等貿易派が優勢になった、とオーランドはフォーサイスから聞いていた。フォーサイスも頷いた。
「ぼくも、そうなったらいいと思います。あっ、あれ、僕たちの船です!」
窓の外をフォーサイスは指差す。オーランドが外を覗き込むと、港の明かりが見えてきた。いつも通りの平和な夜の港に見えた。オーランドが埠頭にその明かりを反射する巨大な存在がいることに気づくまでは。
暗闇でもわかるほど鮮やかで巨大なオレンジ色の船が、馬車を待ち受けていた。
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