変わり果てたハーヴィー

【ハーヴィーを見つけました。産婆さんばを呼んでください】


 あまりにも予想外の要請だった。オーランドは産婆さんばをアフェクの城下町から呼びつけ、デリックを連れてニールに伝えられた場所に急行した。

 そこは、ノーザンとゼントラムとの境界にある、打ち捨てられた小屋だった。ハーヴィーは倒れて、股から血を流しながら痛みにうめいていた。彼女の真っ白だった修道服は汚れて真っ黒になっていた。薄汚れたハーヴィーの体や服には不釣り合いなことに、彼女の胸には十字架の首飾りが金色に毒々しく輝いていた。

 ハーヴィーを一目見るなり、産婆さんばはオーランドに上申した。


「次期領主様、彼女はすでに陣痛じんつうが始まっています。出産には人手が必要です。ご協力願えますか?」


「ああ」


 混乱して戸口から動けす、生返事しか返さないオーランドをよそに、ニールはハーヴィーに駆け寄り、抱きしめていた。


「どうしてこんなところで! どうして僕を頼ってくれなかったの、僕だって君が困ってるなら……」


「……だって、お前の雇い主は、女嫌いだから……」


 ハーヴィーの腹は人の頭を3つ詰めたかのごとく膨らんでいた。荒い息遣いからしても、産気づいているのは明らかだった。


「こんなことになっちゃったんだから、責任取らせないと! 父親は分からないの?」


「父親はセントラルの神父の誰かわからねぇ……下手するとパーソンかもな……うわあああああああっ!」


 ハーヴィーが苦しみだすと同時に、産婆さんばは砂時計を取り出した。魚が食いついた釣糸を観察する漁師のような冷徹な目で、彼女はハーヴィーを見ていた。


「次期領主様、最寄りの産婆さんばからお産椅子を借りてきてください。できる事なら、産婆さんば自身も連れてきてください。彼女は、初産ういざんですよね」


「おそらくは」


「応援が必要です。初産ういざんで死ぬ産婦は、とても多い」


 オーランドは指示を下した。


「デリック、最寄りの村に行って産婆とお産椅子を確保しろ。いいな」


「次期領主様が女性をお助けになるので?」


 デリックは信じられず、素っ頓狂な声を上げた。オーランドは彼に怒鳴りつける。


「領民の命の瀬戸際だ! 女も男も関係ない! 早くしろ!」


「承知いたしました」


 デリックが小屋を後にした時、ハーヴィーは再び語りだした。


「セントラルの教会ははっきり言って性的に腐りきってる。少年への性的虐待は日常茶飯事だ。ある神父は9歳の少年を散々いたぶった後、聖水に顔突っ込んでで口をすすぐよう強要した。自分のケツを掘った神父に対して告解をさせられた奴もいるぜ。きっと告解室で二回戦やってたんだろうな」


「酷い……同性愛は、聖書で禁じられてるのに。でも、ちゃんと罰せられたんだよね?」


 ニールの涙声に、ハーヴィーは力なく首を横に振る。


「いいや。何人少年を慰み者にしたんだかわからない神父は教会を離れたとき、教会から推薦状を得て、ズーデン公お付きの神父になりやがった。神父に繰り返し殴られて、ずっと血を流してた奴もいたぜ。そいつは痛み止めの麻薬中毒になった後、過剰摂取が原因で死んじまった」


 そうだ。そうだった。自分をいたぶったあの女も、罰されることなどなかった。

 オーランドはだれにも言えない過去を思い出した。ルーシを追い出し、父親の他の妻を追い出し、誰にも咎められることなく己の欲望を満たせる状況を作り、近親相姦の罪を自分に犯させた女。あの色魔が自分を産んだ女でなければ、どれほど良かったことか! そして、罰が与えられるのは無理矢理に罪を犯さざるを得ない状況に追い込まれた者ばかりだ!

 オーランドは凄まじい怒りに駆られた。その感情をどこに投げつければ良いか分からず、オーランドはただ抱き合う二人を見ていることしかできなかった。ニールの声が、やけに遠く聞こえる。


「酷いよ! 煩悩を捨てて神に仕えているはずなのに、なんで少年に欲情するの?」


「連中にとってガキどもは、女の代用品でしかないぜ。その証拠が俺の腹だ」


「なにを……そんな……」


 息を飲むニール。そうか。だから俺は近親相姦の罪に罰が下るのか。オーランドは悟った。男は女をいたぶる。ほとんどの男は、それをやる。女が男をいたぶるなど、滅多に無い事なのだ。オーランドは歯ぎしりした。ハーヴィーの小さな声が、オーランドの耳朶じだを打つ。


「俺は裸になって、イエス・キリストが十字架にかけらたれたのと同じポーズをするよう言われ、神父たちはその様子を止めもせずに、ニヤニヤ笑いながら見てやがったんだぜ」


 ハーヴィーは続けて何か言おうと口を動かしたが、彼女の口から出たのは絶叫だけだった。


「痛い、痛い痛いっつ……うわあああああああああああああああああああ!」


「ハーヴィー、ごめんね、ごめんね。何もできなくて……」


 ハーヴィーは苦しみながらも、ニールを安心させようと微笑もうとしていた。口角が吊り上り、さらに苦しんでいるように見える事に、彼女は気づいていないようだった。


「ニールは……謝ること……ない……。それからは連中のお楽しみの始まりさ。原罪を清める犠牲の仔羊だ何だとほざきながらな。その後、ご褒美だとか言って神父たちが俺に十字架が付いた金の首飾りを押しつけやがった。そいつは、他の加害者の神父たちに俺が玩具だと知らせるためだったんだぜ? 地獄って言葉じゃ足りねえぜ。神父全員に色欲の悪魔アスモデウスがりついてやがるんだ」


 その地獄が、俺の幼少期だ。オーランドは分かってしまった。ハーヴィーの方が俺より酷いかもしれない。ルーシも他の妻もオーランドの母親の淫行いんこうを止めることもなく、笑いながら見ていて、あまつさえ加勢する。もしそうであれば――俺はきっと、罪を重ねることもいとわず、自殺していただろう。しかし、ハーヴィーは逃げ出せたのだ。その地獄から。ハーヴィーは強い人間だ、俺よりずっと。オーランドはそう感じた。


「そんな……そんなあ……」


「誰に仕込まれたのかガキができて、腹が目立つようになってこのままじゃ生活できねぇから逃げたけど、神の家が悪魔も真っ青の乱れ方をしているなんて、外にバレるとマズいと神父どもは思ったんだろうな。女だと言うことを口実に教会に探されている」


 ニールはそこまで言うと、今まで以上に激しく苦しみ始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る