ベラドンナリリーのせい


 お勝手の扉の前。

 飛び石の地べたに置いたフライパンの上には。

 黄身が潰れて、殻が飛び出た目玉焼き。


 男の子と女の子が。

 しゃがんでそれを見つめています。


「ねえほさきちゃん、なんでようちえんこないの?」

「……めだまやきつくってたから」

「おじさんからおそわったから、ぼくもつくれる。でも、ふたがあつくて、ちょっとこわいです」

「みちーさくんはつくらなくていいの。これ、できてる?」


 女の子が指を差す目玉焼きは。

 お母ちゃんが、あちゃあと言った時のやつなので。

 男の子は首を振って言いました。


「できてないとおもう」

「たべれないの?」


 心配そうになってしまった女の子。

 いけないいけない。

 ぼくはおじさんと約束したんだ。

 男の子は、元気な声でそうじゃないよと伝えます。


「たべれるの! おかーちゃんがいってた!」

「ほんと? あのね? こないだのあじになってる?」

「え?」

「こないだのあじになってる?」

「ぼくがつくったやつ?」


 パパのお葬式の後に。

 男の子が、泣きっぱなしの女の子に作ってあげた目玉焼き。


 女の子は、うんと頷くのですが、男の子は困ってしまいます。


「わかんない」

「たべてみて?」

「こないだのあじになってたらいいの?」

「うん。なんだかおいしかったから、ママもおいしいの」


 でも、男の子は目玉焼きを食べながら思いました。

 僕は食べていないのに、分かるわけ無い。


「ねえ、おんなじ?」

「わかんない」

「……だめなみちーさくんなの」

「なんで? ほさきちゃんがたべればいいの」

「だって、めだまやききらいなの」

「うそだもん。めだまやきすきだもん」


 男の子に言われて。

 女の子は逃げ出しました。


 目玉焼きを食べないわけも言わずに。

 二階へ逃げて行きました。




 ~ 十月十五日(月) 誕パ ~


   ベラドンナリリーの花言葉 私の裸を見て



 人間、やりがいのある仕事に立ち向かうと。

 途端にしっかりとするもので。

 俺はこの土日、なかなか大人びた時間の使い方をしました。


 三者面談をこなして、穂咲にちゃんと勉強するように諭して。

 修学旅行の班編成の事は自分の中で整理を付けて、ゆうさんに電話して。

 ……以降のゆうさんからのメールは怖すぎて全部既読スルーして。


 課題は、残りたったの一つになったのです。

 ……そう、一つ。

 だったはず、多分。



 携帯のメモ帳に書いてある「パ」の字。

 こんなの書いた覚え無いですし。

 そもそも、「パ」って何です?



 さて、残りひとつの「誕」を消化するために。

 神尾さんに教わったお店へ足を運んでみたものの。


 結局、何を買ったらいいか見当もつかなかったので。

 こういう事をしても問題ないかどうか、一応神尾さんに相談してから。


「どこへ行くの?」

「君の誕生日プレゼントを一緒に買いに来たのです」

「それじゃ、サプライズ感が無いの」

「この場合はOKだそうで。どうしても俺のセンスだと分からないのです」


 昨日来た駅に、一緒に連れてきたのは。

 なんだか少し不機嫌な藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は三段ポニーにして。

 耳の横に、白からピンクへのグラデーションも美しいベラドンナリリーを挿しています。



 こちらの駅。

 俺たちの地元より栄えていないところなのですが。


 駅を降りてすぐの所に通販アクセサリーの工房がありまして。

 店頭販売もおこなっているのですけれど。

 驚くほどの品数があって、逆にお手上げになってしまったのです。


「…………誕プレ、お蕎麦なの?」

「その、蕎麦屋のお隣りです。アクセサリー屋なのです」

「アクセ? なんだかピンと来ないの。お蕎麦屋さんの前にいるクマの置物ならちょっとそそるの」


 三度笠を被った、俺と背丈も変わらない陽気なクマさん。

 お蕎麦と何の関係があるのか疑問ですが。

 それ以上に、アクセサリーよりこいつの方がいいとか。

 相変わらず、よく分からないやつなのです。


「どうしてアクセなの?」


 お蕎麦屋さんの前で。

 いったん立ち止まった穂咲が訊ねてきたのですが。


「神尾さんに相談いたしまして。おすすめされたものに誘導されたと申しますか」

「ふーん。でも、ネックレスとかブレスレットとか、あたしがつけても似合いそうにないの」

「そんなこと無いですよ? …………いえ、前言撤回。なんですかそのアクセサリーが似合わなそうなデヘデヘ顔」

「あたしも随分と大人になったの。やっぱり、アクセサリーとか、どうしても似合っちゃうの」

「がきんちょにしか見えません」


 話の流れで、迂闊な事を言ってしまいました。

 そのせいで、タコみたいにくねくねと身をよじる変な生き物が生まれたのです。


「はあ……。では、お好きな品を選んで欲しいのです。予算は、推して知るべし」

「分かったの。でも、このお店は何を売ってるの? 指輪?」

「いえ、ブローチの工房なのです。店頭販売もしておりまして……? あれ?」


 さっきまで踊っていたタコさんが。

 今や、墨を吐く直前と言うほどまでに膨れてしまったのですが。


「急にどうしました?」

「…………ブローチ、いらないの!」

「え?」


 穂咲は、なにやら真剣に怒っているようですが。

 嫌いでしたっけ?

 そんなの初耳なのです。


「ヘアアレンジにも使えるし、穂咲に似合うと思うのですが」

「嫌なもんは嫌なの! そんなこと言う意地悪道久君も嫌なの!」

「ええっ!?」


 すごい剣幕でまくし立てた穂咲は。

 怒りの矛先をお蕎麦屋のクマさんへ向けて。


 彼の三度笠をべりりとむしり取ると。

 俺にかぶせて駅へ戻ってしまいました。


 慌てて後を追おうとしたのですが。

 大きな音に驚いた店員さんが店先に出てきたので。


 慌ててクマに並んでびしっと立って。

 謝ろうとした俺に。


 店員さんは、エプロンからチラシを十枚ほど手渡して。

 そのままお店へ戻ってしまいました。



 …………仕方がないので。

 俺は客寄せを始めました。


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