テッポウユリのせい


「どうしていなくなっちゃったんだろうね、ほっちゃん」


 いつもの椅子に座って。

 ママが正面の椅子を眺めています。


 でも、その椅子にはだれも座っていなくて。

 いつも座っていた大きなパパは、お出かけ中のようです。


 女の子は、しおれたキクのお花の間に置いてある、パパの写真をぼけっと見上げていたのですが。

 それに飽きたのでしょう。

 ママの所に行って、テーブルの上を眺めます。


 そこには、ママが飲まなきゃいけないお薬が何日も何日も。

 ずーっと同じだけ転がっていて。


 一昨日も病院に運ばれて行ったのは。

 きっとこれを飲んでないせいなんだろうと思いました。


「分かってるわ。私があの人に、酷い事ばっかり言ったからなの。……そう、分かってるのよ」


 ひどいことなんかいったことないよ?

 だってパパ、ないたことないもん。


 女の子はそう思いましたが。

 ここ何日も、自分が何を言ってもママは泣き出してしまうので。

 黙っていることにしました。


 でも、風邪をひいちゃったママが心配です。

 早く良くなるように、看病しなければ。


 そうだ、おくすりをシチューにいれる歌。

 あれをやってみよう。


 でも、シチューなんて作れないから。

 パパに教わったやつを作ろう。



 そしてシチューの作り方は。

 今度、パパが帰ってきたときに教わっておこう。




 ~ 十月十二日(金) 誕パ省榊諭面 ~


   テッポウユリの花言葉 無垢



 今日は、テスト明けの打ち上げパーティー。

 十月二十日、二人の誕生日にかこつけてパーティーを開く予定だというのに。

 随分と羽目を外し過ぎな気もします。


 ちなみに誕生日パーティーの方は。

 修学旅行直前で、みんな準備があるだろうからと。


 幹事の六本木君が、二十六日にセッティングしてくれたのですが。

 本当に、おおざっぱなくせによく気の回るヤツなのです。


「……なんだか、このメンバーでカラオケって……、どうなの?」


 心配そうにそんなことを口にするのは渡さん。

 その気持ち、ちょっと分かります。


「ちなみに、俺は歌わねえから」


 会場をカラオケ屋さんに決めておいてこんなことを言い出す六本木君に。


「あはは……。あたしも、歌はちょっと……」


 いつもの苦笑いでつぶやく神尾さん。


「僕の自慢のカンツォーネをご披露する機会が訪れたようですね」


 そう言いながら聞いたことのないメロディーを口ずさむ岸谷君に。


 ……そして。


「この食べ放題デーの為に、朝昼抜いてみたの」


 カラオケ屋を完全に勘違いしているこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、カラオケだからでしょうか、昔の映像で見たことのある蓄音機の形に結って。

 音の出るラッパ状の部分にテッポウユリを活けているのですが。


 ……昔のCDにも、カラオケって入っていたのでしょうか?

 あれ? CDじゃなくって、何て言いましたっけ?


 …………DJ?


 でも、歌はともかく。

 大騒ぎするにはうってつけなカラオケボックス。


 どうやらサッカー部の皆さんと入り慣れている六本木君が、すぐ手前のコンビニで持ち込み用の飲み物やお菓子を買い始めたのですが。


「…………ああ。それで食べ放題と言っていたのですか、君は」

「カラオケのお代は、全部道久君持ちなの」


 そう言いながら押し付けてきた買い物かごに。

 溢れんばかりのお菓子が詰め込まれていますけど。


 ヤツメウナギの一件で、確かにカラオケ代は俺が持つと言いましたが。

 食べ物まで込みとは初耳なのです。


「食べきれないでしょうに」

「ただの場合は別腹なの。ロハって言うの」

「ロハ? どういう意味です?」

「わかんない」

「……はあ。手伝うからいいですけど。君のお昼抜きに付き合わされて、俺までお昼食べていないので」

「減っちゃうの? ……じゃあ、あんまんも買ってくの」


 呆れた。

 君、絶対ポテチ半分でおなか一杯とか言い出すでしょうに。


 そして、店員さんに目を丸くされる量のお菓子を抱えてカラオケ屋さんに入った俺たちなのですが。

 乾杯の後もくっちゃべったまま。

 岸谷君の歌ばかりが延々と続く不思議な空間になりました。


「…………香澄も、なんか歌えよ」

「ええ!? なに聞きたいのよ?」

「アイドルソングとか」

「うーん…………、流行りのとかしか分からないけど」


 そんなやり取りから、ようやくカラオケっぽいイントロが部屋に流れました。


「香澄ちゃんの歌、久しぶりに聞くの。楽しみなの」

「そう言えば、音楽のテストとかでしか聞いた覚えがないのですが、確か……」


 渡さんの歌は、まるで機械。

 譜面に忠実に。

 なんの感情も乗せずに四角四面に歌うのですが。


 音楽の先生からは、いくらテストのためとはいえそれは無いと笑われて。

 ……なぜ笑われたのか分からないと、憮然としていたことを思い出します。


 さて、普段はどんな歌声なのでしょう。

 澄み切った渡さんの声なら、どんな歌でもきっと爽やかに……。


「ロボ?」

「おもしれえだろ、香澄の歌」

「テストの時と同じなのです」

「でも笑うんじゃねえぞ? なにがおかしいのか説明しろと一時間は絡まれる」


 穂咲の、勝手に作曲してしまう不思議な歌もびっくりですが。

 渡さんのも相当の代物。

 さすがは仲良しコンビなのです。


 でも、渡さんの参戦によりにわかに活気づいた面々は。

 リモコンを操作して、歌のタイトルを目で追い始めました。


 そんな中。


「道久君。先週のあれ、なんてタイトル?」


 穂咲が、あんまんを直にかじりながら聞いてきましたが。


「ヒントがちょっと足りません」


 …………音楽の話なんかしましたっけ?


「あん時、聞いたのに忘れちったの。ボクシング番組のテーマ曲」

「全然合ってませんけど分かりました。プロレスラーの入場曲ですね。代わりに入れてあげます」


 俺がリモコンを操作すると、ちょうど渡さんのメカニカルな歌が終わり。

 穂咲が歌おうとしていた曲のイントロが流れ始めました。


 ……カラオケって、この瞬間、どうしてみんな慌てるのでしょう。

 半分まで食べたあんまんをどうしたらいいのか分からず、プチパニックに陥った穂咲が。


 ステージまであんまんを持ったまま走って。

 そして。


 どうしてそんな答えに行きついたのやら。

 半月になったあんまんをガブっと口の中に突っ込んだのです。


「……ボクサーか」


 マウスピースをはめた穂咲のマイクからは。

 もぐもぐとしか聞こえてこないのでした。


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