フォックスフェイスのせい


 長閑な昼下がりのお花屋の前に、場違いな黒いリムジン。

 そこから和装の女性が姿を現すと。


 初老と呼べるほどの見た目に反して。

 颯爽とした足取りで。


 頭を下げるママには一顧だにせず。

 勝手に玉のれんを潜り抜けたのでした。


「…………探す手間が省けましたね」


 そして、そんな言葉と共に。

 おばあさんは女の子から宝石箱を取り上げてしまうのです。


「おばーちゃ! かえして! おばーちゃ!」


 女の子が泣きながらすがるのを、まるで柳に風と踵を返し。

 玉のれんから店先へと降りたその手には。

 かわいらしいピンクの見た目に反して。

 名家の家紋が彫りこまれた宝石箱。


「おばーちゃ! それ、あたしの! かえして! いやああああ!」


 和服の裾に引きずられ、一緒に店内へ落ちた女の子。

 頭をごちんと床にぶつけて一瞬手を離したものの。

 再び高貴に薫るその裾へと飛びつきます。


「お母様。ちょいと乱暴じゃないですか? その子、バカになっちゃいます」

「相変わらず下品な言葉を使われる方だこと。……こちらは我が家に代々伝わる品です。年に一度、我が家に連なる者が一堂に会する席を前に、こちらが無いことに気付きましてね。返していただきますよ、泥棒お嬢さん」


 そしておばあさんは泣き叫ぶ子供に目もくれず。

 その体を引きずりながら足を進めると。


「あの人が勝手に持ってきたのに、なんで私がそんな言い方されなきゃいけないんですか?」


 ママの挑発的な言葉に。

 振り返りもせず、凛とした声で答えました。


「藍川の印の一つであるこの品。魂かけて守るほどの気概も無いとお見受けいたします。この幼子の方が、まだ見どころがある。……新堂!」


 おばあさんが凛とした声を張ると。

 細身ながら精悍な男性がお店に入ってきて。

 女の子を強引に引き離して、ママに預けてしまうのでした。


「……あなたの旦那様が戻って来たらお伝えなさい、藍川を捨てた者が家宝に勝手をなさるようでしたら、考えがあると」




 ~ 十月十日(水) 勉誕パ省榊目目目目目目目目目目目目目目目目 ~


   フォックスフェイスの花言葉 私はあなたを欺きません




「勘弁してください。これはもう拷問です」

「昨日と同じなの。確かに焼くの大変だったけど、拷問って程じゃなかったの」


 君の心配などしてません。

 俺が拷問を受けていると言っているのです。


 自分勝手な物言いで。

 俺の苦悩など一顧だにしないこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 驚くことに、頭のてっぺんで、見事なキツネの顔に結って。

 そこにフォックスフェイスを一株活けているのですが。


 いくつも咲いている薄紫のお花が散ると。

 オレンジ色の、キツネの顔をした実が生るのです。


 どうやってこんな珍しいもの仕入れてくるのでしょうね、おばさんは。



 しかし、そんなことに思いを致している場合では無く。

 この、目の前に並んだ色とりどりの目玉焼き。

 今は八つの目玉と、どう戦えばいいのか考える時なのです。


「……目玉は二個を越えると大概気持ち悪く見えるのです」

「でも、食べれば美味しいの」

「いいえ。八つの目玉とか、そんな怪獣が美味しいはず無いのです」

「じゃあ、美味しかったら明後日の『テストの打ち上げだぜいやっほーいカラオケ大会』は道久君がお金を出すの」

「もうすでに食欲を失っていますし、美味しいはずがないのでその勝負はうけますけど」


 それにしても。

 半分くらいこいつに手伝わせるアイデアはないものでしょうか。


「じゃあ、あたしはあんまん食べるの。いただきますなの」

「ずるい」


 君はあんまん。

 俺は怪獣。


 なんだか、黄色い目をじっと見つめていたら。

 一斉に俺の方を向いているように感じてきました。


 こうして見つめ合っていても仕方ない。

 覚悟を決めますか。


 俺は箸を取って。

 最初に、黒っぽい物体が見え隠れしてる一番強そうなやつから挑んでみることにしました。


 ……これ、ほんとに何?


 黒くて茶色くて。

 ぶにぶにしていますけど。


 あんまんを齧りながら俺を見つめる穂咲の顔は無表情のままですし。

 食べ物であることには間違いなさそうなのですが。


 いやいやながら、白身に包まれた得体の知れない物体を口へ放り込むと……。


「…………美味い!」


 え? なにこれ???

 鶏皮? 魚?


 ぷにぷにっとした、独特の食感で実に美味しいものが白身の中に刻まれて入っているのですが。


「ヤツメウナギなの」

「…………え? なにそれ?」


 聞いたこと無いのですが。

 ヤツメ?


「言われてみれば確かにウナギのお味なのです。美味しかったのですけど、ヤツメウナギって何?」

「八つの目の怪獣なの」

「何それ怖い! そんなの食べさせないでください!」


 八つ目ウナギってこと!?

 怖いのですけど。


「でも、美味しいの」

「食べていいものなんですか?」

「ウナギ屋さんから、売り物をちっとだけ分けてもらってきたの」


 そういう事なら安心なのですが。

 でも、ウナギに目が八つ???


「……実物を見る勇気は無いですが、確かに美味しいですね」

「そうなの。八つ目の怪獣、美味しいの」

「うん。これならまた作って欲しいほどおいし……、あ」

「……美味しいって言ったの」


 しまった。


「カラオケ代ゲットなの」

「騙された」

「騙してないの。八つ目は美味しいの」

「ウソです」

「もう遅いの。確かに美味しいって言ったの」


 いや、そちらでは無く。


 目の数は。

 十六個だと思うのです。


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