第20話 # 収録が終わり、

1回目の収録が終わり、使い込まれた白さが温かみを錯覚させる廊下を暫定的にA組選抜に選ばれた12人が歩いていく。初めての収録、皆が興奮気味だった。声の大きさもその興奮に合わせて普段より3割り増しだ。


園は行合坂女子学院様と書かれたA4の紙が貼り付けられたオレンジ色の扉を開けた。そこが12人の控え室である。控え室には見覚えのあるものが散乱している。園はふわふわと浮き上がった心がゆっくりと地に降りてきたように感じた。


園は壁沿いに置かれた長椅子に腰掛ける。そこに園の荷物があるわけではない。しかし、体を預けるのにはうってつけだった。園は大きく息を吸って吐いた。


目を移せば、園の隣の長机には弁当が置いてある。食べ盛りが多いメンバーはその弁当から雑談していてもどうしても目が離せないようだ。


「食べていいのかなぁ。」


中学生メンバーの一百野いおの真緒が同じ中学生メンバーの番井つがい円と手を繋ぎながら長机の前にやってきて言った。真緒はこれは自分たち用に違いないと思ってはいたが、万が一違ったらと思うと手をつけられなかった。


「食べていいよー絶対。」


円は言った。そう言うと紙の包装紙を少しどけて中身を見てみる。唐揚げだ。円は呟いた。その呟きを聞き流せなかった女の子がいた。井出屋愛17歳である。彼女は行合坂女子学院一の食いしん坊だった。


「唐揚げ…?」


愛は大好物を表す文字列に反応せざるを得ない。それは愛の頭に刷り込まれた反応だった。愛は耳を引っ張られるように長机の方へ戻ってくる。そして、唐揚げと口の中で呟くと指で包装紙と弁当の蓋の間に隙間をつくると覗き込む。


「唐揚げだ!」


その時、小太りの猿渡マネージャーが部屋へ入ってくる。愛は覗いていた手をパッと隠した。


「それ、メンバー用の弁当だから食べていいわよ。落とさないようにね。」


愛はその勘違いされがちなクールな顔を輝かせた。彼女は眼力のある切れ長な猫のような目を細め、唐揚げ弁当を二つ手に取ると一つは頭に乗せて小躍りし始める。


「リッコ!食べよ弁当!」


愛は先ほどまで一緒に話していた凛々子にそう言う。凛々子は鏡の前で執拗に前髪を直している。何かが気に入らない様子だ。凛々子は台に置いたスマホを手にとって時間を見る。


ぼんさー時間ないよ時間。」

「えー、本当それ。」


休憩時間は残り15分程しかない。愛には十分な時間だったが凛々子には食べるのに十分とはいえない程の時間だった。


「15分ならイケる!私食べる!」

「私食べない!」


凛々子は愛に鏡ごしに食べないことを宣言した。このメンバーの中では最年長である園はそれを肘掛に顎を乗せながら微笑ましく見ていた。微笑ましく見ていた園だったが実際のところ、唐揚げ弁当は食べたかった。しかし、衣装とは言っても高校の制服のコスプレみたいなものだったが、衣装を汚してしまわないか心配で食べることができなかった。


真緒と円は結局食べないことに決めたようで、席に戻って行った。今回の選抜メンバーのもう一人の中学生である諸星佳奈はフラフラと机の周りをスマホを手にしながら彷徨っている。


ボスン。佳奈が突然、園の横に座った。


「ねぇ。忍さん。」

「ん?」


園は佳奈がずいっと顔を近づけてくるのを避けることはできない。


「忍さんって、あれだよね。目、灰色で綺麗だよね。」

「ありがとう…。」


突然この子はどうしたんだろう?園は素直にそう思った。


「調べたの。」

「うん。」


「灰色って、ロシアとかフィンランドの人に多いんだって。」

「うん。」


「でも、忍さんのお父さんカナダ人だよね?」

「うん。」


佳奈の謎の迫力に園はうんと答えるしかできなかった。佳奈自身はただ忍の日本人にはあまり見られない目の色に興味を持っただけ。他意はなかった。


「何で?」

「うーん…お父さんにロシアとかフィンランドとかにルーツがあるとは聞いたことがないけどなぁ…。お父さんもこの目だし。」


この目の色は今の自分になって出てきた特徴である。だから特別父親に興味があって聞いたことはなかった。父親の目もカナダ人だからであまり考えたことはなかった。


佳奈はモヤモヤした気持ちを顔全体で表す。園の答えが不満なようだった。


「今度聞いてみるね。」

「うん。お願い。」


そう言うと佳奈はパッと立ち上がると上機嫌に歩き出した。


鏡の前にいた凛々子と話していた猿渡マネージャーは黒色のニットカーディガンを翻し、皆が集まる机の前にやってくる。


「もう時間だよ!入ってー!」



 放送日。ホテルに泊まっているメンバーは談話室に集まっていた。


”どこだよ、行合坂って!”が始まるのをメンバーは固唾を飲んで見守っていた。バラエティ番組を固唾を飲んで見守る経験なんてどのメンバーもしたことがなかった。しかし、自分や自分の仲間が出る番組だ。笑おうよりも心配の方が勝つのは当たり前だった。


アンチギャルズのオープニングトークに小笑いしたところで、メンバーの自己紹介が始まる。凛々子が終わり、次は愛である。


−あいぼんこと、静岡県出身、17歳。井出屋いいでや愛です!特技は水泳です!

−いよっ!


日野の合いの手とともに拍手が起こる。


「ここ緊張したぁ〜!」


愛が言った。愛はフラッシュバックする恥ずかしさを抑えるためクッションを胸に抱え、芽李子の膝に倒れこむ。


−この子の自己紹介も考えなきゃね、日野さん

−これ、真面目にやってもいいの?

−当たり前ですよ。今まで真面目にやってこなかったんですかー?


「日野さんてスゴイよね、デカイよね。」


凛々子が何気無く呟いた。


−いやいやいや、やってきましたよ。ちゃんと!

−本当ですか?

−本当ですよ!バッチリなの考えましたから!


「愛んとこおいでぇや!あいぼんこと静岡県出身17歳井出屋愛です!」


愛が日野の答えを言う。


「真面目すぎて突っ込まれてたよね!」

「でも、良さげじゃん。ぼん、いいなー!」


ポーラがそう言うと皆が頷いた。その時、ポーラのスマホに着信が入る。それを何気無く見たポーラは一瞬停止する。一旦、ポーラはスマホの電源を消して落ち着こうとする。そして、やはり落ち着くのは無理だったようで血相を変えて出て行った。


園はポーラが出て行ったのを目で追った。しかし、声をかけることはできない。


「志鶴、見た今ポーラ。」


園は小声で隣で一緒にポーラの方を見ていた志鶴に言った。志鶴もポーラの尋常ではない様子に気圧されて声をかけられなかったのだ。


「うん。なんかヤバそうな感じ。」


ヤバそう。それはポーラの様子を的確に表した言葉だった。

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