第21話 # 後悔は?


ポーラを見送った志鶴。志鶴にも"ヤバい"事情があった。それは高校である。志鶴の高校でこれまで芸能活動をした学生はいない。だから、芸能活動してもよいか、更には東京へ転校するかもわからなかったし、親はせめて地元の高校は出て欲しいと言っていた。


志鶴は親と猿渡マネージャーたちと担任の先生とで話し合っているところだ。今の風向きだと大学進学とともに上京となるかもしれなかった。要するに学業のための活動休止となる可能性が高いのである。それを園やポーラには言えていない。


もう既に3人活動辞退という形で辞めてしまっているし、志鶴自身としても辞めたくない気持ちは強かった。


自分の事情もある志鶴は、ポーラも同じ地方出身者であるから、ポーラもまた自分と同じような事情を抱えているのでは、そう思った。


血相を変えてまでということは、学校から芸能活動の許可が下りなかったとか親からやっぱり反対だと言われたのだろうか。志鶴は園の灰色がかった淡褐色の目を見ながらそう考えた。


「ニンはどう思うの?」

「んー…わからないなー。」


深刻な事があったのはわかる。しかし、園は園で頭をよぎった事を口に出すのははばかられた。園の頭に過る事、それはスキャンダルの可能性である。


行合坂はまだデビューさえ済ましていない"IKB48の公式ライバル"という見出しのみが独りでに歩いているふわふわとしたグループである、スキャンダルを報じる雑誌もないだろう。だが、SNSによって過去の写真が流出する可能性は山程あった。


知り合いの成功を素直に喜べない人なんて掃いて捨てるほどいる。足を引っ張り自分のレベルまで貶めたいと思う人も多くいるだろう。だから、スキャンダルの可能性はなくもない。園はそう思わないではなかった。


二人が考える二つの可能性。それはお互いの気遣いによって二人には共有されない。しかし、可能性が周知されずとも起きた問題は否が応でも共有することになる。それが同じグループということだ。



園は自分の部屋に戻ってきていた。


ホテルの部屋ではなく、自分のマンションの部屋である。洋服が足りなくなったのだ。


ここも引き払うのだろうな。園はザラザラした壁紙に触れながらそう思った。猿渡マネージャーが言うにはもうすぐ寮ができるから一人暮らしのメンバーはそこへ引っ越すらしい。


だいたい6畳ぐらいのこの部屋ともお別れかもしれない。お別れといっても体感的にはこの前引っ越したばかりだ。あちこち一人旅していたものだから、ここにいた時間も少ない。


だから、感傷的になるつもりもなかったが、園は何故かいつになく感傷的だった。


園はベッドに倒れこむ。体に確かなスプリングの反発を感じる。さらさらした長い髪が園の顔を覆う。その邪魔な髪を園は手で払った。


部屋自体は前とほとんど変わりがない。しかし、自分が変わってしまったのだ。それを園は自らの髪で感じるのだ。そこが一番の変化だった。


よく考えれば、前の自分の存在を感じるこの部屋に名残惜しさを感じるのは当たり前だ。自分という存在を確かめることもできる場所だった。その場所を離れる必要がある。それは悲劇でも何でもなく変化でしかなかった。


こんな時、園はいつも格言を呟いていた。しかし、そのアカウントも消されてしまった。もう"格言おじさん"は園の頭の中にしかないものなのだ。


Love means never having to say you're sorry.-愛とは決して後悔しない事


これは園が好きな映画の名セリフだ。"格言おじさん"とは園のの象徴でもあった。質を求めた結果の一人はそれはそれで楽しかった。その生活に不満を持った面もあるが自分が選んだ自分に合った生活だった。


閉じた世界から一歩出てみた園。ここには戻れないと実感する。


ザザッ。園は枕に頭を沈ませる。そば殻の枕が音を立てた。いつものように鼻先は枕ではなく、髪の毛だ。長い髪だった。


愛される。それがどんなものか園は知らないわけではない。親子関係そこに十分に愛を感じる。それ以外の他者から受ける愛、それに園は興味があった。それは閉じた世界では体験できないものだ。


今までとは全く違うもののために、一歩足を出した園は自分の世界の象徴である自分の部屋や@KAKUGEN_ojisanを捨てなければならない。前の自分に謝ることにだけはなりたくないと園は思う。そこに後悔はない、そう言い切りたいと園は思う。


園はそば殻の枕から頭を離す。そして、慣れた手つきでヘアゴムで髪をまとめた。


いつのまにか園は女性であることが現実と受け止めるようになってしまっていた。園はさっきまでの思考の流れにそれを感じた。


ふとその疑念を頭に生じさせた園は口からヘアゴムを落とす。しかし、我に返ってそう感じても、園はそれを深く考えることはしない。園は前に決めたのだ。そのことは考えない、と。


パチン。


園は頬を叩いた。頭を切り替えるのだ。スマホを見る。LINEが一件きていた。


辻井ポーラ茉莉花 : ごめん 13:28


三文字。その三文字が深刻さを語る。園はすぐに返信する。


園忍 : どうしたの? 13:47


既読がつく。ひとまず園は安心した。既読がつくということは連絡がつく。


園忍 : 今どこ? 13:47

辻井ポーラ茉莉花 : 会社 13:49

辻井ポーラ茉莉花 : 昔のプリが流出した…誰 13:49

辻井ポーラ茉莉花 : 何だろ つら 13:49


元ぼっちの辞書にこんな時の対処法は載ってない。いや、誰の辞書にも載っていないかもしれない。とりあえず、会社に行くそれだけLINEすると、園は洋服やら教科書やら六法やらを詰めたスーツケースを手にマンションを飛び出した。


園はスーツケースに振り回されながら走る。園は今度から服は10着のみにしよう心に決めた。足にスーツケースが当たって走りにくい。


しかし、ポーラが出したSOS。園は一刻でも早く駆けつけてやらないと、とその気持ちがはやる。自転車屋を曲がりマツモトキヨシを通りローソンの横を通る。視界の横をそれら看板が流れていくとはとても言えない。園は自分の足の遅さにムカつきを通り越し苛つきさえ覚え、スーツケースを投げ捨てたい気持ちさえ沸き起こった。

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