第19話 # 初収録

「おやすみー。」


そう言って、芽李子が電気を消す。


「お休みー。」


園はシーツの中に潜り込む。部屋は真っ暗。マッサージをしたりして和らげたといっても長時間に及ぶレッスンで体はくたくただった。しかし、目は冴えていた。だから、ここ数週間の疑問に考えが行き着くのは必然だった。


思えばおかしな話だ。つい、数週間前まで100%あり得なかっただろう、女性アイドルになろうとしている自分に園は奇妙さを感じた。園は思い出される経験記憶に頼りながらも女の子の中に混じって暮らしていけているのも面白い。


実際、は昔から女性である。同期の裸を見て興奮するということも全くないし、何の犯罪にもならないし詐欺にもならない。


園自身といえばこの生活に順応できているのだ、自分の性自認はどうなっているのだろうか?それへの興味さえ芽生えた。


-ねぇねぇ、まれびと信仰って知ってる?

-じゃあチェンジリングは?取り替えっ子って…


夕食の時にそれらを話してくれたのはオカルト好きの増田凛々子だ。園がオカルトに一定の興味があるとわかるとグイグイと距離を近づけてきたのだった。


しかし、園は何故そのことを急に思い出したかはわからない。それは夕食の時だといっても今晩のことではなく二日前のことだからだ。



次の日、園は人生で初めてテレビスタジオに来ていた。緊張で静かになってしまった周りの多くの子も同様だろう。


園たちはセットの後ろでスタンバイだ。冠番組である"どこだよ、行合坂って!"が始まるのだ。


「本番3秒前!3、2!」


セット越しに本番を告げるADの声が聞こえる。隙間から見える強い明かりの先のレーザー砲のようなカメラに赤いランプタリーがついた。


「ハイ!どうも、"どこだよ、行合坂って!"始まりましたね、司会のアンチギャルズ小倉と!」

「日野です!小倉さん、始まっちゃいましたよ、"どこだよ、行合坂って!"僕ら基本アンチ女の子でやってんのに大丈夫なの、これ?」


いつもテレビで見ている存在がいる。メンバーのテンションは上がり、緊張は少し和らいだように見えた。


「そんなんやってました?日野さん。それ日野さんだけですよ。僕、女の子好きですもん。」

「ハァー?!ちょっと待ってよぉ、僕らアンチギャルズで18年やってますよね!?」


小倉は日野の言葉を鼻で笑うと、ゲストに目を移した。日野は不平そうに鼻を鳴らす。


「ハイ、それでは本日のゲストの二匹目のモンスターさんでーす。」


「どうもー!ちょっとちょっと小倉さん。僕、モンスターじゃない、山口!いける山口!」


ああ、そうなんですかーと小倉が白々しく言った。そして、小倉は日野を山口の横に並ばせた。


「いやー壮観ですねー。方向性の違うモンスターが並ぶと。」



行合坂女子学院のコンセプト説明を挟み、園たちが出る番である。ADが手を肩に回す。セットへ入っていくトップバッターは園である。園は三人の軽妙なやりとりを聴きながら、自分の動きを確認する。司会に手を振ってから赤いランプタリーのついたカメラに向かってアピール。その後着席。


「それでは、登場していただきましょう!どうぞ!」


ADに肩を叩かれると、園はセットの中のスポットライトの中へ。その後ろを暫定の選抜メンバーが付いて行く。


セット側から見た光景は全く違った。ある種な殺風景な黒幕。並ぶカメラ。垂れるガンマイク。ポップなセット側、殺風景な撮る側で国境でもあるようだった。


園の席は下段の右端。司会者との距離が一番近い席である。園の自己紹介の順番は1回目の収録の最後と決まっている。


「それでは、自己紹介の方をお願いしましょうか。えーっと…。」


小倉はチラリと一番初めに自己紹介をする予定の増田凛々子を見た。凛々子はどこかの一点を見つめている。


「山口!」

「は?えぇ!僕ないんですよ〜そういうのー。」


山口はそう文句を言いながらアンチギャルズの二人に急かされるままカメラの前に立つ。


「芸歴8年いけるってコンビで活動してます!山口です!」


そして、山口は一発芸を披露するがややウケもせず、すごすごと帰っていく。アンチギャルズがそれをイジッたところでひと段落ついた。凛々子は皆と一緒に笑い緊張がほぐれている様子だった。


「おっさんの見苦しい駄々スベりのところをお見せして申し訳ございませんでした。」

「オイ!」


山口が体を捩って抗議するが、見事に無視される。


「増田凛々子ちゃん、自己紹介お願いします!」

「ハイ!石川県出身、17歳。増田凛々子です!特技は写経です!」


順調に自己紹介がすすむ。いまいち盛り上がらない部分で山口がぞんざいに扱われることで一笑い起きる。園は順番が最後である。だから思いっきり笑うことが出来ないように思えた園も引き出されるように笑ってしまうことが何回もあった。


とうとう、園の番である。


「ハイ!」


園は手をあげて立ち上がる。


「ニンニン!エンニンこと、園忍、19歳です!特技はアルトサックスと火起こしです!」


そう言って、印相を解くと力こぶを作るジェスチャーを園はした。


「火起こし!?」

「はい!一人キャンプとかしますから!」


マジで!?アンチギャルズはそう言って顔を見合わせた。日野はそういったことは一切できないのだ。だから、余計に感心してしまった。


「すげーじゃん。このメンバーで無人島一緒に行くなら園で決まりだな。」


無人島、それは園が興味のそそられるワードの一つだった。


「行きたいです!無人島!一応、ナイフがあれば寝床ぐらいは作れますし!」


小倉は園の言葉に思ったことがある。コイツ変わってんなぁ、である。小倉の偏見でしかないかもしれないが、19歳の女の子が、しかもアイドルになろうとしている子がキャンプに興味があること自体意外だった。しかし、アウトドア好きな小倉には好印象だった。


「アルトサックスの方はどうなの?」

「4歳頃からやってるので、下手ではないと思います多分。」


あーそうなの、そう言って小倉はカンペを盗み見る。アルトサックスあります。そう書かれていた。


「アルトサックスあるんだって。ならやってもらおうかアルトサックス。」


小倉がそう言うと、ガラガラとアルトサックスが運ばれてくる。


園はマウスピースをつけると、ワンフレーズだけ吹いてみる。


「おお、すげー。カッコいいね、やっぱできるとさ。あの、日野さんさ、そう言えば出来たよねサックス。」

「え?マジ?超えるよ、園を。いいの?」


「あ、あれやってよTNの。」


小倉がそう言うと、日野はしょうがないなぁと言って立ち上がる。園は自分のマウスピースを外し、用意されたものをはめる。近寄ってきた日野に園はアルトサックスの黒いストラップをかけてやる。


日野が得意とする曲は前奏が特に有名で、日野は前奏を弾けるだけだ。実は日野はサックスを触ったことさえなかった。しかもその前奏はサックスではない。


どこからかその曲が流れてくる。それに合わせ日野はサックスを構える。しかし、案の定、日野は一生懸命ブハブハとサックスを鳴らすだけに終始した。


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