第18話 #レッスン漬け


一見華やかな公開オーディションの後、園たちは今はホテルで缶詰めだ。レッスン漬けである。


ガチャ。園の部屋のドアが開く。ルームメイトとなっている芽李子がひょっこりドアの奥から顔を出した。


「ニン!起きてー!行くよ!」


園は体力の回復のため昼休みはシャワーを浴びるとすぐにベットで寝ているのだった。しかし、二日に一回する洗濯を園たちは洗年長メンバーで当番制にしている。今日は園と芽李子の番だ。皆の洗濯物を回収しに行かなくてはいけない。


「…あいあい!」


園は眠気まなこを擦りベットから起きだす。腕に巻いたヘアゴムで邪魔な髪をまとめた。そのまま、園は吊るしていたタイパンツを履くと脇に置いたスマホをポケットに突っ込んだ。園はすっかりこのルーティンに慣れてしまった。


園は背中をぼりぼりと掻きながら412号室を出ていく。廊下に出ると芽李子が手招きしている。園が近づいていくと、芽李子が目の前にいた、409号室のドアが開いた。ドアから顔を出すその藤岡陽菜里のハーフツインがふわりと揺れた。409号室から陽菜里が洗濯袋を2つ持ってくる。同室の竹田此ノ香の洗濯物も持ってきていた。


「ひな、このねぇは?」

「寝てるー。」


あの人はすぐ寝るなーと言いつつ、園は陽菜里から洗濯ネットを受け取る。それを園は芽李子の持っているゴミ袋に入れた。


「ひなも来るー?」


陽菜里は芽李子の誘いに頷くと、一旦部屋に引っ込み、スマホと財布を持ってきた。


陽菜里は誘われると絶対に行くようにしている。寂しいのだ。保育園からの友達も親も周りにいないという生活は初めてなのだ。ルームメイトの此ノ香は仲良くしてくれるし、面倒見もいい。だが、すぐ寝てしまう分、陽菜里は部屋に一人いるような寂しさを感じることが多い。


そんな時に行く部屋が目の前の412号室だ。412号室には優しく話に付き合ってくれる人がいる。隣の部屋には同い年の花恩がいるが、同い年だからといってすぐに仲良くなれるわけではない。少し引っ込み思案な性格の陽菜里は芽李子と園についていけば花恩と話せるという打算もほんの少しあった。


芽李子が全体LINEに洗濯物ー!!!!と送ったせいかノックをしなくても皆が廊下へ洗濯ネットや少し大きめの洗濯袋を持って外に出てくる。


「お疲れー!」


ポーラがそう言って、芽李子が構えたゴミ袋の中にポンポンと洗濯ネットを投げ入れる。


「アレ、ずーるーは?」

「花恩と外。」


ポーラは園の質問に答えながら、練習曲のIKBの代表曲"会いたかったよもっと!"の振り付けを踊ってみせる。


「身体に染み付いちゃうね、それ。」

「それね!」


園も少しだけ振り付けを真似してみせた。その会話の間に皆がゴミ袋に自分の洗濯物を入れていく。何時ものことだがその量はゴミ袋二つ分にもなる。


「ニン!行くよー!」


園はゴミ袋の一つを持つとエレベーターに乗る。地下一階がコインランドリーになっているのだ。その後ろを陽菜里がついてくる。


地下一階のコインランドリーの渡り廊下を歩いていると、中庭には志鶴と花恩がいる。バトミントンをしているようだ。昼休みとはいえ、レッスンの合間。若いっていいなと志鶴とは一歳しか違わないとはいえ園はそう思った。


「あ、めりりにニンにひなちゃんじゃん!洗濯?」


志鶴が目ざとく3人を見つけると、ラケットを大きく振ってそう言った。芽李子が答える前に志鶴と花恩は走り寄ってくる。


「今日も多いねー!」


志鶴がゴミ袋をちらりと覗いて言った。花恩も一緒にその大きなビニール袋の中身を見ていた。


コインランドリーにはそのまま2人もついてくる。そして、みんなで大きな洗濯機に洗濯物をいれるとプリペイドカードを入れて洗濯をはじめさせる。


コインランドリーは小さな空間である。5人もいると心なしか一杯一杯だ。5人分もスツールがなく待とうにも座る場所がない。しかし、各々洗濯機や壁、棚に背中を預けている。それは若干不安定で肩と肩とが触れそうな距離でもあった。


「行女って…いつまで続くんだろ?」


少しの無言の間。その後、洗濯機にちょっとだけ尻を乗せた園が言った。


「どれくらいだろ?……5年ぐらい?」

「そんなにあるかなー…。」


5年。まだ17、8ほどの女子にとってそれは途方も無い時間である。5年もあれば小学生が高校生になってしまうのだ。


そして、また無言。無言の間に花恩とポーラはついつい現在練習している"会いたかったよもっと!"の振り付けが無意識に出てしまう。野球部が話の合間でバッティングのマネをしてしまうのと同じである。


「ポーラ違くない、それ!」


志鶴がポーラが小さく手を振ったところでそう言った。


「え、マジ?」

「うん。それ手は下からじゃなくてここからだよ、ここから!」


そう言って、やって見せようとする志鶴だが、ここランドリー室は狭い。志鶴の手が乾燥機に当たってしまう。


「いったぁ!」

「大丈夫!?」


痛さを跳ねて紛らわそうとぴょんぴょんと跳ねる志鶴のあまりにコミカルな動きに思わず他の四人は笑ってしまう。


「手見せて?」


園は、笑いながらも、一応志鶴の手を見る。志鶴の手は赤くはなっていたものの青アザが出来たということは全くなかった。


ピコン。誰かのケータイが鳴る。志鶴がポケットからケータイを取り出す。志鶴のケータイの着信のようだ。


志鶴は"ん"という声だけ漏らした。


「全体LINE見て。決まったって番組名と司会。」


志鶴がそう言うと、一斉に皆がLINEを開ける。


「"どこだよ、行合坂って"」

「何か語呂悪くない?」


園は肩を竦める。それより園が興味があるのはMCだ。隣のポーラのスマホを肩から覗く。


MCはアンチギャルズ。アンチギャルズは人気の二人組の中堅芸人である。世間一般からの好感度も高い。


「そういえば自己紹介考えた?」

「いやいや、まだだよー。」


そう答えた園の肘が窓の横に通るパイプに当たった。

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