第17話 #公開オーディション

人気アイドルグループIKB48の"公式ライバル"としてこれから音楽活動を行なっていく行合坂女子学院(ユキアイサカジョシガクイン)の公開最終審査が5日にサニーミュージック行合坂ビルで行われた。サニーによる新人発掘史上過去最大規模の応募総数5万2443人の中から最終審査まで残った28人が選ばれた。この28人が行合坂女子学院一期生となる。そして、同時に暫定の選抜メンバー"A組"に12人が選ばれた。


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同グループはIKB48の様に専用劇場を持たず、一回の公演の前半でオーディションを行い、そのオーデション結果に基づいて公演後半で行われる舞台での役回りが変わるという方式。丸内氏は、「どれだけ理想を実現できるかわからないが、毎回のオーディション結果によって役が決まるため流動性がある。どのメンバーにもチャンスが等しくある。」とIKBと一味違うシステムに自信を覗かせる。


暫定の選抜メンバー"A組"のフロント7人に選ばれた増田凛々子(17)は「まさか私がここまで来れるとは思っていなかったので光栄。夢のようです。」としっかりとコメント。それに対し、一百野真緒(15)は「頑張ります。」と緊張気味。そして、諸星佳奈(14)は「責任重大なので、一生懸命頑張ります。」と意欲を見せた。


 また暫定センターに立った番井円(15)は「嬉しいその言葉しか見つからない」と笑顔をみせ、井出屋愛(17)は「自分の力を出し切りたい」、園忍(19)は「アイドルらしからぬところがあることは分かっているのでこれからは体当たりで頑張って行きたいと思う」と締めくくった。



前室控え室の長机の隅に座り、机に置いたリュックサックに顔を埋めた女の子が一人いる。彼女の名前は竹田此ノ香。並べられたパイプ椅子の端で一人バックパックを抱き締める。顔を上げると清楚な雰囲気の美少女ばかり。それに加え大人たちの往き来。カメラやマスコミのざわめき。朝から募る緊張が頂点に達してしまいそうだった。


しかし、顔を埋めてしまうと化粧が落ちてしまう。此ノ香はパッと手鏡で確認すると目を伏せて、リュックサックのファイルから取り出した歌詞カードを見つめる。此ノ香が歌う曲はremikoのクワガタである。高校生の時やっていたガールズバンドでもカバーしていた曲で自信自体はある曲だ。


しかし、此ノ香は自分自身に自信が持てないでいた。オーディションが進み周りの存在を認識する度に21歳は最年長らしいことがわかってくる。21歳がここに居ていいのかという自問自答が心の中でループしたりもするのだ。


更に竹林の竹のように一杯いる美少女達が此ノ香にプレッシャーをかける。此ノ香は今なら現在の美少女たちが醸す無言のプレッシャーとオールブラックスの物理的なプレッシャー、どちらを取るかいえば、オールブラックスを取ってしまうかもしれない。


特に、此ノ香に緊張を強いるのが、花恩と一緒にいる女の子園忍である。服装は全くアイドルのオーディション用では無い。ぶらりと近くのコーヒースタンドにコーヒーを買いに行くような格好でラフ。しかし、それが彼女の素人感と纏う清涼感をより印象付けていた。


見た瞬間に容姿では勝てないと思わせてしまう雰囲気が彼女にはあるし、此ノ香はあの手合いが苦手だった。あの親しみやすそうなサバサバ感が逆にリア充くさくて基本的に活動的でない此ノ香の劣等感を刺激する。


だが、此ノ香は唇を噛んで決意する。21歳でも若い子には負けないぞ、と。しかし、決意したって、基本意気地なしな此ノ香の緊張が消えてくれるわけではない。此ノ香の腹がキリキリと痛み始めた。


此ノ香がお腹に手を当てていると、隣に座る人がいた。ちらりと此ノ香が隣を盗み見ると目が合った。その女の子はニコッとこちらに笑いかけてくる。思わず目を逸らしてしまった此ノ香の肩をその女の子がちょんちょんと叩く。


「あの、歌の練習しない?一緒に。」

「い……いいけど…。」


その女の子に連れられ此ノ香は外に出る。高1ぐらいの女の子に連れられる21歳。完全に家庭教師と生徒である。


「私の名前は一百野真緒。よろしく。」


その女の子が右手を差し出してくる。その右手を掴んで上下に振る。握手だ。


「うん。えーっと、私の名前は竹田此ノ香、よろしくね。」



園は舞台袖の列に並ぶ。ポーラや志鶴、芽李子とは別々だ。前室控え室でも聞こえたざわめきがよりダイレクトに聞こえてくる。それは今から壇上に立たねばならないことを無理矢理にでも実感させる。


園はぎゅっと手を握る。頭の中で自己アピールを繰り返す。園は緊張をほぐそうと周りを見るが、そこは舞台袖。少しだけ見える観客と長机。吊り下げられた照明。園の人生にとって異質なものだ、かえって緊張が増す結果を招く。


しかし、この間、園の口角は上がりっぱなしだ。


園は緊張が閾値いきちを超えると、ついつい笑ってしまうところがある。緊張している自分という存在が可笑しく感じられるのだ。緊張する今の状況が面白かった。


丸内たち運営の大人達が長机に座る。何やらこそこそと話し合っているのが見えた。


丸内が手を挙げる。会場は一気に静まる。ひょろひょろしたTシャツ姿の男が園たちの近くに来る。その男は反対側の舞台袖にいる男とアイコンタクトをとるのが見えた。


「それじゃ、入ってー。」


Tシャツの男が先頭の女の子にマイクを渡すと園たちは壇上へ送り出された。


この審査ですることは4つ。自己PR、歌唱審査、審査員による質疑、ウォーキングである。


園はこれまで見たことのない景色に戸惑いながら、頭の中で自己PRと自分が歌う曲を反芻する。


マイクが園に渡される。時間を少しでも稼ぎたくて無言で園は電源がついているか確認する。こちらを

じっと見つめる大人たちの視線が壁のように迫ってくるように感じた。


「茨城出身、19歳。園忍です。趣味は旅行やキャンプでブッシュクラフトもします。あと、格言集を読むのが好きだったりもして…この格言が私の人生の随所で決断を促してくれます。」


「例えば、このオーディションに参加したきっかけは青春とは奇妙なものだ。外部は赤く輝いているが、内部ではなにも感じられないのだ、というサルトルの言葉です。」


園は締めたベルトをぎゅっと掴む。平静を保とうと必死だった。


「私の場合、外部から見て輝いて見えた青春を送っていたかと言うと絶対に違うと山で一人でキャンプをしている時にふと思ったのです。青春は多くの人が懐かしんであの頃はよかったと言いますよね?その多くの人が振り返って懐かしむ青春を経験できてないのは悔しい。そう思いました。」


丸内と園の視線が交錯する。撮られる写真、向けられたカメラ全てが園の緊張による声の震えを増幅させる。


「だから、このオーディションはある意味チャンスでした。青春をやり直すには。私はここで皆と頑張りたい。ここで皆と行合坂を大きくしたい。そう思っています。」


田中は新たに出た情報だけを園の資料に付け加える。園は大人たちがただメモを取るだけの様子を見て自己PRがダメだったのかと錯覚する。気持ちを抑えるため、園は真っ白のTシャツの腹の部分を握り締める。


「何か私に合った格言教えてもらえる?」


田中が質問した。きつい質問だと園は思う。そういえばこの人二次審査の時もやり難い質問をしてきたなと園は思い出し、脳内に蓄えた格言を検索する。


「Be kind, for everyone you meet is fighting a harder battle. 優しくありなさい。あなたの会う人は皆困難な戦いに挑んでいるのだから。プラトンの言葉です。」


答えにくい質問に園はチクリと格言で釘を刺す。しかし、その釘か田中に届いているかはまた別だった。

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