第9話 とある幼児の修行風景



「そう、いい感じだよ……。

 んっ、もうちょっと上……かな。そう、そのへん……っ。

 最初は優しくっ、や、やだ、すごく大きい……。んぁ、ゆ、ゆっくり、して……。


 私の心と身体はもう、この子の荒々しく大きなモノの虜にされてしまっていた。

 教師としての体裁を保つことすら忘れ、私の意思に反してはしたない声が零れてしまう。


 いったいどこの誰に……こんなっ、んあぁ! はぁ、はぁ……な、習ったの?

 いけない子……。先生嫉妬しちゃいそう、あっ、いいよ、その調子でもっと強くっ、はげしっ――」


「うるっっさあ――――いっっ!」


 僕は叫び、手のひらの上に浮かべていたバケツ一杯分くらいの水の玉を、要望通り強く激しくルノの顔面へ投げつける。


「わぷっ! ひっどおい! 感覚派のノアに感覚的に魔法のこと教えてただけじゃん! そこにちょこっとルノ先生のサービスを――」

「それがいらないんだ!」


 無駄に高い演技力を発揮した台詞に、プロかと思える地の文ナレーションの一人二役。その内容はどうでもいいとして、ルノの悪戯はいつも無駄にクオリティが高く、そのことが余計に僕を苛立たせる。


「な、なに。ノア顔赤いよ? ほんとは欲情したんじゃ……」

「してないっていうか早く着替え行け!」


 怒りで身体が熱い。

 赤く見えるのはきっとそのせいだ。

 しかしルノはそんな僕を見て、都合の良い勘違いをかます。


 ていうか欲情ってなんだよ。

 せめて「ときめいたの?」くらいに留めておけと言いたい。


 そこで僕は下を向いていた視線を慌ててそらせる。

 ルノは当然僕が見ていたものを見ようと、自分の身体を見下ろす。


「きゃっ」


 この世界にもセミはいるようで、屋敷の庭は賑やかなくらいに夏まっさかり。


 なので、

 当然暑い。

 故に薄着。

 そして濡れた。

 だから透ける。


 うん、いくら四歳の幼い身体とはいえ、薄いワンピース一枚ではまぁなんていうかその、ね。極僅かといえど二つの輪郭が見えてしまっていたわけで。それに股のラインとかね……。

 しかも長めのネコ耳もぐっしょり濡れて垂れ下がってたりして、何とも言えない背徳感が。


「恥じらいながら両手で胸を隠すルノが、初めてちゃんとした女の子に見えました、まる」


「今まで何だとおもってたんだ!?」


 捨て台詞を残し、てててと駆け出すルノを見送った僕は、盛大にため息をつく。


 息抜きにふざけるのは良い。

 でも、ルノの場合その息抜きのベクトルが斜め上すぎるうえに、何をしても総じて高クオリティなのでたちが悪い。


 その方向性が主にエロ方面だから尚更である。


 正直、僕はまだ四歳で、いくら精神年齢が実年齢より高かろうが、物理的に身体がまだそういう風にできていない。

 それは当然ルノもだろうけど、彼女は持ち前の妄想力をフルに発揮することを楽しんでいるかのようで、だから、そこに性欲云々は関係ないのだろうけど(たぶん)。


 はぁ。とため息ひとつ、僕は去ったルノとは反対を向く。


 腰まで伸びた髪を一つ括りに束ねている、所謂ポニーテールが汗ばんだうなじを撫でる。


 本当は短くしたかったのだけど、ノアが「かわいいしお揃い目立つからそのままがいい!」と言い張り、切ることが出来ずにいた。


 だから僕は、肉体だけでなく見た目も完全に〝女の子〟なのである。


 でもルノのようにワンピースを着たりはしていないけど。

 膝丈のパンツに木綿のシャツという動きやすい格好だ。


 さて、魔法の練習の続きをしよう。


 あの葬儀での一件で、僕とルノが《竜の子》の生まれ変わりだと父さんが公言した。そのことで、屋敷の周辺でなら魔法の練習が許可されるようになり、庭でルノに魔法を教えてもらうことが日課になっていた。


 といっても普通の魔法、世間で言うところの精霊魔法ではない。

 この四年間でルノに教わり何度も精霊魔法を全種類試してみたのだけど、僕にはどれ一つとして適正がなかったのか、使用することができなかった。


 精霊魔法の仕組みは分りやすい。


 まずは基本中の基本知識。

 魔法を使うための動力源である《魔力》についておさらいした。


 大地や大気、この世界の全てに満ちているという《マナ》を体内に取り込むことで、身体の内側で《魔力》を生成することができる。この行程は、生物全てに備わっている機能で、呼吸をするように、意識せずに誰しもが自然と行っていることだという。


 こうして作られた魔力は、この世界にいる様々な《精霊》の餌となる。

 魔力を精霊に譲渡することによってその精霊の持つ力を発現させる。これが《精霊魔法》である。


 けれども、僕にはどうしても精霊魔法が使えなかったのだ。


 使えない理由を知るために、いろいろ試したりもした。


 そして最終的に出た結論は、精霊に自分の魔力を〝与える〟という根本的な事が僕にはできない、ということ。

 魔力の放出は出来る。

 けれど、その放出した魔力を精霊たちは〝喰わない〟のだ。


 どれほど魔力総量が乏しい者でも、精霊魔法の才能が無い者であったとしても、体内に蓄積された魔力は意図せずに体外へ勝手に放出される。

 放出された魔力を精霊が〝喰う〟らしいのだ。

 人だけに限らず、動物やモンスターも例外ではないと聞き、当時の僕は相当へこんだ。


 精霊は意思を持つと言われている。

 だから僕は、精霊に嫌われる体質なのかと考えたのだけど、ルノが言うには逆に好かれているらしいのだ。

 僕の周囲には常に様々な種類の精霊が集まってきていると言っていた。


 嫌われているから魔法が使えない。

 これならまだ納得がいく。

 なのに、好かれているのに、餌を与えられないから魔法が使えないというのは、単純に僕が〝欠陥もしくは無能〟だということに他ならない。


 かといって、魔法は諦めるには惜しいし、何より悔しかった。


 そんな僕を見かねたルノは、まず、僕が精霊に好かれている証拠を見せてくれた。

 精霊を輝かせる例の方法(魔法少女侍の変身や母の葬儀のときの光)を試してもらうと、やはり僕の回りだけほかの場所よりも輝きの数が多いのだ。

 普通は、魔力えさで精霊を引き寄せるイメージらしいのだけど、魔力を与えることのできない僕には、精霊の方から寄ってくるという不可解な現象が起こったのだ。


 流石のルノも、この現象は説明できないようだった。

 彼女が父さんに頼み、集めていた魔法関連の蔵書にも、このような事例が皆無なのは、僕も自分の目で確かめた。


 そこで別の切り口から考えてみたりもした。

 以前聞いた〝オーラ〟というものだ。


 この世界の能力別立ち位置は、


 脳筋がオーラ、

 秀才が魔術、

 天才が魔法、


 とはルノの言だ。

 少し乱暴な分類だとは思うけど、概ね正しいだろうとチコが頷いていた。


 ルノに脳筋と言われたオーラとは、魔法の才能がなかったり、根本的に魔力総量の少ない者が、魔法使いや魔術師を相手に生身で対抗するため編み出した手段らしい。


 勝手に漏れでる魔力を、そのまま体内に留め、巡らせて身体を活性化、強化するといったものだ。

 無駄な資源の有効活用といってもいいだろう。


 国を変えればその呼び方も異なるようで、

 まず僕らの国のあるイルディヴァース大陸や、魔導国家フォーサイスではオーラ。

 海洋国家シースヴェルクでは闘気と呼ばれ、

 砂漠の国ダルターシャではチャクラと言うなど、


 けれども、このオーラで発現することのできる力というのは、往々にして身体強化や装備の強化である。

 極希に、オーラを体外に放出して攻撃することができる者もいるらしいけど、これは例外中の例外で現在確認できているだけでも百人に満たないという。


 〝僕の魔法〟も、この放出系のオーラに似ているといえば似ているのかもしれない。けれど、オーラについての共通点は〝無属性〟だということ。オーラには属性がないのだ。


 反面、僕が放出することのできる魔法には、属性がちゃんとあった。


 それ故に、僕の魔法はオーラでもない、となる。


 こうして話題はいつもの疑問へ帰結するのだ。



 僕の魔法はいったい何なのだ?

 精霊とはそもそも何だ?


 である。



 僕の魔法に関しては、チコが《真なる魔法ヴェルダーマギア》というワードを出してくれたきりで、何の手がかりもない。

 やはり以前聞いたとおり、彼女の師匠という人に会ってみないことには進展がなさそうだった。


 次ぎに精霊について。

 チコの答えはやはりお師匠様頼りだ。

 父さんに訊ねてみると、魔導学院でならそのような研究もしているかもと答えてはくれた。けど、それだけだ。                   


 結局はわからないことだらけ。

 なら、わかること、今できることをして魔法の練習をするしか僕には選択肢がない。


 魔力を物理的に操る《魔力糸》のようなものではなく、いかにも魔法然とした魔法だ。


 物理的な魔力で殴るよりも、同じ消費魔力を以て、炎なりの属性を与えた方がより攻撃力が増す。そう考えたからだ。

 それに、水が無くなれば水を出し、草木が邪魔なら風の刃で切る。

 属性を用いた魔法にはこういった便利な使い方もあることをルノが教えてくれた。


 そこで僕は、魔法の知識がなかった頃からつかっていたある魔法を試すことにした。

 その〝僕の魔法〟とそっくりな効果のものが、聖霊魔法にもあるのだ。

 光属性である《光魔法》だ。


 体系化された精霊魔法には、それぞれの魔法に名前がついていて、光魔法の初級に《光の球ライトボール》というものがある。

 これは、《光の精霊ライトエレメンタル》に魔力を与え、小さな光を発現させる精霊魔法だ。


 僕は光の球ライトボールとそっくりなものを、精霊を介せずに使うことができていたのだ。

 暗い場所で読書をする際に重宝した。


 さっきルノにぶつけた水の玉もそう。

 精霊魔法の水魔法でいうところの《水の球ウォーターボール》に相当する現象を、僕なりの魔法で再現したものだ。


 僕の魔法を父さんやチコに見てもらっても、二人には精霊魔法との区別が付かないと言われた。


 違いが分ったのはルノだけだった。


 ルノは、精霊を可視化せずとも、彼等のことが見える……というか、ルノ曰くだけど〝認識〟できるらしい。


 精霊魔法を使う場合、周囲の精霊の動きが変わるので、どの属性の魔法が使われるのかが事前にわかると言う。

 使われる精霊の動きが活発化するのだそうだ。


 僕の魔法はその真逆だとルノは言った。


 僕の回りから、使う属性の精霊たちが〝消える〟と彼女は言う。


 そこで僕らは実験をした。

 《光》の精霊魔法、ライトボールを摸した魔法を僕が使う。

 その際に、周囲の《光の精霊》にルノが魔力を分け与え、いつもの〝発光〟をさせておくのだ。

 細胞を染色して観察する実験と同じ要領だよとルノが言った。


 はたしてその実験は成功だった。


 金銀系統に発光した精霊たちが、僕の身体へ吸い込まれるようにして消えたのを目視できたのだ。

 普通の精霊魔法では、精霊が〝消える〟ということはありえない。

 だって、その精霊達を介して魔法を行使するのだから。


 そこで僕とルノは仮説を立てる。


 僕が初めて目覚めた〝名前付き〟の魔法、「反転魔法インヴァート」。


 この魔法は文字通り、対象の現象を〝反転〟させる。

 効果を及ぼすことの出来る対象や、その範囲は、僕が使える魔力総量、あとはルノの考えだけど、僕の〝想像力〟によるところが大きいのではないか? ということで意見は落ち着いた。


 この反転が、僕の意識外で作用しているのでは? という仮説だ。

 〝決して消えることのない〟精霊が、僕に関わると〝消える〟のだから。


 精霊が消えるというのが、何を意味するのかはわからないけど、そのことで僕が精霊魔法と同じような魔法を使えている事実は変わらない。


 というかんじで、ルノと四年にわたり考察や実験を繰り返してたどりついた答えは、たったこれだけだった


 そして今、練習しているのは――、


「おさらいしよう」


 意識をより脳へ固着させるため僕は考えていることを口にする。


「属性付きの魔法が発現できているということは、精霊が作用している可能性があるということ。けれど、僕の周囲の精霊は、僕の〝中〟へ消えてしまうらしい。だから今していることは、少しでも体内にいるかもしれない精霊の感覚を掴むということ」


 さっきと同程度の水球をもう一度手のひらの上に作り出す。

 目を閉じる。

 体内の魔力の動きに気を配る。


 全身を駆け巡ってる魔力を手のひらへ。


 けれど、手のひらから放出される直前まで、僕の魔力は何の変化もしていないように思える。


 手のひらから出た瞬間、その魔力が水の属性を得て本物の〝水〟へと変わってしまうのだ。


 単純に、僕が体内の魔力の変質に気がつけていないだけかもしれない。


 結局、何度も、全属性でこの作業を繰り返しても、僕には精霊が作用している感覚というものがわからなかった。


「ああくそ、やっぱわからないっての!」


 憤りのままに水球を真上へ打ち上げ、破裂させる。


 無数の水滴が小さな虹を映しながら降り注ぐ。

 僕は天を仰ぎ、水を顔で受け止める。


 夏の太陽に焼かれた肌に、冷たい水が心地良い。

 よし、クールダウンできた。


「ノアはそんなに濡れた私を見たいのかな」


 振り返ると、そこには青いワンピースを着たルノがいた。

 ポニーテールはいつも地毛か髪紐で一つ括りにしているのだけど、先程ぶつけた水球で髪までずぶ濡れになったのだろう。今回は黒くて細長いリボンで二つ括りに結っていた。


 ついでに言うと、僕のこの地毛で結ったポニーテールもルノ作だ。

 僕は未だに一人ではこの髪型にできないし、リボンで器用に髪を束ねることすら無理。まぁ覚える気もないのだけど。


「着替え遅かったね」

「お色直しです」


 ルノは、なんと言うか……、女の子だ。

 言動がおっさんみたいなところが多分にあるところを除けば、という酷く限定的な条件下ではあるけど、やはり中身が男の僕とは根本的に違う。


 お洒落が好きだし、色恋沙汰の話も大好物だ。


「ねね、かわいい? 久しぶりのツインテール」


 何の反応も示さない(無視しているともいう)僕に慣れているルノは、自分からくるりと回転して、僕に感想を訊いてくる。


「髪型もワンピースもかわいいとはおもうけど、その格好で修行するの、汚れてもったいなくない?」

「だいじょぶ! 今日はノアにあの魔法に再チャレンジしてもらおうとおもって!」


「どの魔法だ」


「あれだよ、あ・れっ! 反転の最大目標っ」

 と区切った言葉に合わせて人差し指を振る。


「今日はまだまだ魔力残ってるでしょ? たまには沢山の魔力で試すのもいいじゃん」


「ああ、確かに。魔力総量も前試したときよりだいぶ増えてるし」


 僕はあるものを反転さそうと、母さんの葬儀の後からルノと一緒に試みてきていた。

 それは、僕の身体だ。


 性別を反転させるのである。


 けれど、何度試しても魔法はからぶりで、魔力だけが一気に底をつく。

 そして昏倒のループだった。


 魔力が全快のときも、残り僅かなときも、いろいろな状況で実験したのだけど、全て結果は同じだった。


 全快の時に性別の反転を試せば、その後半日を棒に振ることになるため、ある程度魔法の練習で魔力を消費した後の締めくくりとして、毎日この魔法で魔力切れを引き起こすようにしていた。


 これでは、仮に魔力総量的に性別反転が成功できるようになっていても、成功はしないだろう。


 けれど、今はそれでよかった。

 ベッドの上で手軽な魔力切れを引き起こせる魔法として重宝したのだ。

 それに、イメージの練習にももちろんなる。


 そう、魔法にはイメージがキーとなる。


 僕らが生まれてすぐから使えていた《魔力糸》が良い例だ。

 魔力糸の顕現や操作などは、イメージ次第だったからだ。

 より具体的なイメージをすることが、魔法成功の秘訣であることは、初めて本を飛ばせた時から身を以て知っている。


 で、今からまた反転魔法を試そうという。


 魔力も十分だし、僕も楽しみになってきた。






 ~to be continued~


********************


るの「私の透けた……その……、うー……、あれを、見て、その……。感想は……?」


のあ「いや特に。あえて言うなら僕のと大差ないな、くらいかな」


るの「誰がそんなつまらん答えを望んでいると!」


のあ「じゃあ具体的に。色はまだまだ薄く――」


るの「ああああああ!? ちょっと黙ろう!? 感想ってゆっても具体的なレビューはいらないし!」


のあ「っていうか乳首透けさせた幼児に対して生々しい感想を述べる幼児に僕はなりたくない」


るの「つ〝オブラート〟」


のあ「ち○ちん連呼してた人に言われたくない」


るの「あはい」

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