第10話 反転魔法



「とりあえず、染色体云々とかそういった性別の違いじゃなくって、見た目のイメージからいってみない?」


「うん、そうしてみる。僕らの知ってた知識で成功するイメージも湧かないし」


 僕は目を閉じて、男性としての自分をイメージする。


 この方法も数回試したことはあった。

 その都度不思議に思えたことがあり、やはり今回も同様だった。


 それは、男性の自分の容姿が物凄くリアルに想像できてしまうことだ。

 前世のことが影響しているのだろうか。

 年齢は今よりももっと上。

 十五から十八歳くらいといったところだろう。


 想像の中の僕は、もちろん男で、裸体だ。

 今生こんじょうで見たことも無い男性器だって、リアルにイメージできている。


「イメージは完璧だと思うんだよな」


「ふむむ」

 と相づちを打ったルノが、「よかったらどういうイメージなのか聞かせて」と言ってきた。


 僕は詳細に語る。

 裸であることや、男性器のことも。


「うおう、ノアがえっちいすぎる! 大人の階段まっしぐらじゃん!」

「絶対あそこの事言ったらそういう反応するとおもった」


 そりゃねー、と言ったルノが、ハッと僕を見た。


「裸……って言ったよね」

「うん」

「ちょっとお洋服脱いでみて」

「おい、ふざけるのはさっきのエロ先生で終り」

「違うし」


 否定したルノの口調が真剣そのものだったので、僕は聞き返す。


「なぜ脱がなきゃならないんだよ」

「だって、イメージでは裸なんでしょ? それに体格だって今よりずっと成長してるって話じゃん」

「うん」

「服が邪魔してるのかなって」


 一理ある。

 そう思った。


 思ってしまったら試してみたくなる。


「んじゃ部屋でやってみるよ」

「ここでいいじゃん」

「僕はルノと違ってヘンタイじゃありませんので」

「私露出の気はないし! じゃなくって、例の変身魔法用の光の粒子で覆ってあげるから」

「えええ……」


 精霊の光に覆われながら、服を脱ぐ。

 シュールすぎて嫌だ。


「やっぱ部屋で――」

「させるかぁ!」


 言うなりルノが、僕の衣服を魔法で脱がしにかかる。

 もちろん精霊の光付きだ。


 なんかもう抵抗するだけしんどかったので、僕は諦めた。

 こんなことで集中力をすり減らしたくないのだ。


「満足まんぞく。んじゃ黙るね!」

「はいはい」


 適当な返事をして、僕は目を閉じる。


 もう一度イメージする。

 成長した僕の姿。

 男の姿を。


 そして反転させるのだ。

 性別を。


 僕は男に戻るんだ!


反転インヴァート


 時間にすればほんの数秒もないのだとおもう。

 けれども、魔力が急激に減っていく不安感は、体感時間を何倍にも膨れあがらせる。


 あと少しで魔力が底を突く。


 今回も無理か。

 そう思ったときだった。


「わっ、わわわわわぁぁぁ!」


 ルノの叫んだ声を聞きながら僕は自分を見る。

 身体がぐんぐんと大きくなる。

 見下ろした横幅は適度に、足はそこそこに。伸びる、伸びる。


「成功、した……?」


 僕はまだ返事をできない。

 首から下はルノの魔法で光っていて性別がわからないのだ。

 でも、確実に、想像していた通りの身長にまで僕は成長していた。


 視点が高い。

 ルノのつむじだって見下ろせた。


 さらに、力が溢れ出てくる。

 やばいくらいに。


 なんなんだ、この全能感は。

 もしかしたら、身体の成長に伴って様々な能力も伸びたのかもしれない。


 僕は嬉しさを噛みしめながら、それでもまず確認しなければならないことがあることを思い出す。


「ルノ、光消して」

「う、うん!」


 ルノに頼み、僕は自分の身体を確認しようとする。

 そのときだった。


 止まっていたはずの魔力消費が再び始まる感覚。

 魔力残量がすぐにゼロになったのがわかった。


 同時に、僕は地面に倒れ伏した。



 ※



「起きた?」


「ん……」


 目覚めると自室のベッドの上だった。

 流石に炎天下の庭で寝かされていなかったようだ。


「どれくらい寝てた?」


 隣で寝そべりながら読書をしていたのだろう。

 ルノは本を閉じて、魔法で棚へ運ぶ。


「三時間くらいかな」

「さんきゅ。かなり魔力残ってても、数秒しか反転の効果時間がないとかきっついなぁ。てっきり反転させたらそのまま男になれると思ってたのに」


 気が付けば早口で僕は不満を漏らしていた。

 一番気になることをルノに訊くのが怖いのだと後になってから気が付く。


「今度やるときはお部屋でやろ」


 ルノも僕の様子から察したのか、僕から訊ねてくるのを待っているようで、自分から話題の核心に触れてこない。


 ああ、くそ。


 悩んでいても、うじうじしていても、しようがないじゃないか。


「成功、してた? 男になるの……」


 だから僕は意を決して聞く。


 僕の目をじっと見ていたルノが、目線をそらせた。

 申し訳なさそうで、気まずそうな顔をする。


 僕はそんな彼女の表情で察した。


「だめだったか」


 僕が言うと、ルノがはっとする。


「ううん! 一瞬だったけどちゃんと男の子になれてたよ!」

「え!?」


 まじで!?

 まじか!!


 あれ、じゃあなんでルノは表情を曇らせたのだろう。


 僕はその疑問を口にする。


「さっきのうかない顔は……?」

「え、あ、その……ですね」


 少し顔を赤らめたルノを見て、今度は僕が察した。


「ああごめん! 成長した男の姿でアレを見せちゃったんだもんな……。でも、おかげで魔法が成功したことは確かめられたんだ。ありがとう、ルノ」


「んと、その、大きなときはまだ変身光を消し切れてなかったから見てないんだ……」

「うん?」


 じゃあさっきのうかない表情はなんなんだ。


「えっと、まぁいいじゃん! 成功だよ成功!」

「今回だけはぐらかし無しで! 何か問題があったのならきちんと伝えてくれよ。次回にその反省を活かしたいからさ。頼むよ」


 僕は正座をし、頭を下げる。


「わかった……」


 ルノも正座で僕と向かい合うと、覚悟を決めたのだろう。

 重い口を開く。


「光が消えたのは、もうほとんど今の姿にもどったかな? って時だったの」

「うん」

「ぱっと見は女の子だった」

「うん」

「でもノアって、すごく整ってるけど中性的なお顔だからさ、核心がもてなかったんだ」

「うん」

「だから、下半身の方、見たのね」

「うん……」


 そこまで言って、彼女は黙り込み、また先程と同じような影のある顔をした。


 僕は根気強く待つ。

 するとルノは深呼吸一つ、


「小さくてかわいいのがありましたあ! そんなふうに思っちゃったもんだから、気まずかったというか。でもでも今思えば子供のなんだから小さくても普通ってゆうか? むしろじっくり観察させてほしい」


「もういいです、ありがとうございました」


 さっきまでの僕の不安な気持ちが報われない、なんともルノらしい回答だった。

 でも、


「うん。でも、成功したんだ。ほんの数秒だけど、僕は男に戻れた」

「おめでとうだね」


「ありがとう。今後の目標は、男状態を長く続けられるよう魔力総量を上げることかな」

「うんうん。魔力切れで倒れて、起きてすぐまた魔力切れを繰り返すのが一番効率良いけど……。それだと他の事に一切時間をさけなくなるから……」


「だよなぁ。あ、じゃあひとつお願い」

「ん?」


「効率良く魔力切れを組み込んだスケジュールを一緒に考えてほしいんだ。


 剣術に体術、僕なりのだけど精霊魔法に、本で学べる座学とかさ、それに一番知りたい《竜の子》についても。いろいろやりたいことがありすぎてさ。


 一人で練習メニュー作るより、二人のほうがよりよいメニューが出来ると思って……」


 なんと言うか、僕は人にものを頼むのが凄く苦手だ。

 どうしようもなくなって、回りの人達が手助けしてくれることばかりで、僕からきちんとお願いしたことなんてほとんどない。


 だから、思っていることを羅列して止め処なく言うことしか僕にはできなかった。

 とても無責任で、それこそ独りよがりな行為なのだと自分でもよく分っているし、言ってから顔が熱くなったりもした。


 けれど、ルノは、嫌な顔をするどころか、破格の笑顔で「もちろん!」と、そう答えてくれた。


「ノアからお願いされるのはじめてじゃない? すごく嬉しい!」


 いひひと笑いながら枕を抱きしめている。


「あ、寝相なおせとか、寝言言うなとか、セクハラするな、なになにするなみたいなのはお願いカウントしておりませんので、あしからず」


 頼まれごとなんて、基本的に嬉しい嬉しくないでいえば、嬉しくないことだと僕は思っている。


 でも、ルノの反応は正反対だった。

 だから僕は考えてしまう。


 頼まれごとをされてこんなに喜んでくれるのは、僕に気を遣わせないようにしているのだろうか、と。


 日頃からの言動が奇抜すぎて、つい忘れてしまいがちなのだけど、ルノは相当に空気が読める。

 空気が読めるから、気遣いもすごく上手い。


 振り返ってみれば、あの時あの言動は僕を気遣い助けてくれていたのだと思えることなどざらにある。

 でも、ルノはそんなこと、おくびにも出さない。

 ただただふざけて茶化すだけだ。


 だから僕はもう一度言う。


「うん。ほんと、ありがとうな」


 きょとんとしたルノは、僕を見つめながら、抱いていた枕をきゅっと胸に引き寄せた。


「はっ」

「どした?」


 僕の問いには答えず、ルノは枕と僕を交互に数回見る。


「どうして今まで思いつかなかったんだ、私は、馬鹿だ」

「え?」

「大馬鹿だぁぁ!」


 突如叫んだルノが、風魔法を使う。


 いつか見た光景が、そこには出来上がっていた。


 風の刃が部屋のあらゆる生地を切り刻む。

 絨毯を解いて糸へ。

 魔法少女侍の時に使用したレースのカーテンは、その後値段を知り、高価過ぎて止めたのだろうか。


 そして完成したソレをルノは力一杯抱きしめた。


「ノア抱き枕ぁ!」


 叫びながらルノは抱き枕に頬ずりする。

 そこにはデフォルメされた僕の姿が。

 特徴を捉えていて、すごく良く出来ているとは思う。


 でもなぁ。


 僕は魔力糸で抱き枕を奪う。


「返してっ、私のノアたんを返してぇ!」

「せめてこういうのは部屋を別けてからにしようよ……」

「なんでなんでぇぇぇ」


 両腕をぶんぶんと回すルノの額を押さえて接近を食い止める。


「なんでって……」


 言えるわけないだろう。


 照れくさいだなんて。






 ~to be continued~


********************


るの「ノアがデレた日」


のあ「やめて」


るの「それにしてもここのところ一話あたりの文字数が少ないよね」


のあ「他の作者様のと見比べて、文字数多かったことを気にしていたようです」


るの「なるほど。書くのもすっごい遅いうえに文字数多いとか、自分で自分の首を絞めるのが好きなのか」


のあ「一話仕上げるのに時間かかってるからね」


るの「おい作者きりきりはたらけぇい! もっとノアの露出を増やさんかぁい!」


のあ「明日は我が身」


るの「えっ」

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