第44話 結末

 グランディ卿から指定された期日の早朝。


 おれはこの日に全てをかけて準備してきた。ほとんどの魔力を使い果たした上、魔力封じをしているため体が怠い。だが、これからが本番だ。


 おれは息をひそめて気配を殺して隠れている。

 今頃カリーナはおれの魔力がこもった人形をおれだと思って街中を逃げているだろう。そして、今までの行動パターンからこの場所に逃げてくるはずだ。


 まだ朝日が出ていないため空は紺色に染まり星が輝いている。小高い丘の上に一本の大木が鎮座しているが光が少ないため黒い影しか分からない。少しずつ山の淵が白くなり太陽が登ってきていることを知らせる。


「まだか?」


 この計画はタイミングが重要なのだ。早すぎても遅すぎてもいけない。なのに、おれは待つことしか出来ない。

 焦る気を抑えて、ただ待つ。すると大木の前に転移魔法の魔法陣が出現し、光り輝くと同時にカリーナの姿が現れた。


 予想通りの展開におれが心の中でガッツポーズをすると、カリーナが不思議そうに大木を見上げた。


「ここにこんな木があったかしら?」


 カリーナが首を傾げながら大木を見上げていると、空が紺色から薄い青へと変わり周囲が明るくなってきた。新緑の草原と山に囲まれ、色とりどりの緑があふれる中、その大木だけは違った。


「……なに……これ?」


 大木は枝が見えない程、一面が淡いピンク色に染まっていた。まるで淡いピンク色の葉が茂っているような光景だが、よく見ると違うことが分かる。


「これは……花?全部、花なの?」


 薬を作るために薬草などの植物に詳しいカリーナが自分の知らない植物を前にして好奇心を刺激されている。集中して注意深く大木を観察していく。


 カリーナが花に魅入っているところで、おれは隠れていた場所から素早く飛び出した。


「捕まえた!」


 原始的だが、おれはカリーナを背後から抱きしめる形で捕獲した。突然のことにカリーナが驚いた表情で振り返っておれの顔を見る。


「どうして、ここに!?鈴は反応していないのに」


 カリーナが左手首に付けている鈴を見る。どうやら、おれの魔力に反応して鳴る仕組みらしい。


「魔力封じをしているから反応しなかったんだろ」


「じゃあ、いま私が魔法で攻撃したら?」


 死亡確定だ。魔力を封じているため防御も避けることも出来ない。確実に直撃するだろうから、よくて瀕死だろう。二~三秒後に死ぬが。


「攻撃しないで下さい」


 おれの懇願にカリーナが軽く笑う。


「その度胸に免じて攻撃しないであげるわ」


「捕まえたし、話は聞いてくれるんだろ?」


「誰が捕まったら話を聞くって言ったかしら?」


 その言葉におれは硬直した。

 確かに言っていない。話を聞かすために捕まえようとしていただけで、カリーナはそんなこと言っていない。

 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


 おれは単刀直入に聞いた。


「おまえがおれから逃げていたのは好きな人がいるからなのか?」


 おれの質問にカリーナが緑の瞳を大きくして、聞いたことのない間抜けな声を出した。


「は?」


「だって好きな人がいるから、おれとの結婚が嫌で逃げていたんだろ?」


 おれの質問にカリーナが納得したように頷きながら言った。


「そういうこと。違うわよ。自由が奪われるのが嫌で逃げていたの」


 想像とは違うがカリーナらしい答えに、おれはどこか安堵しながら訊ねた。


「じゃあ、別に結婚は嫌じゃないのか?」


「……しないといけないならするわ。ただ結婚するなら相手はお父様のように私を自由にしてくれる人が良いけど」


「王族になると、いろいろ制限があるからなぁ」


「そう。だから逃げたの」


 両手に腰を当てて威張るカリーナにおれは妥協案を提示した。


「……わかった。ならこうしよう。結婚はするが今まで通りでいい。城に住まなくてもいい」


「出来るの?そんなこと」


「一応、城にカリーナの部屋を準備するが、そこで生活するのはカリーナの影武者だ。カリーナは病弱で部屋から出られないことにする」


 おれの提案にカリーナが笑う。


「なにそれ?普通は影武者が外に出るものでしょ?逆じゃない」


「だが、これならカリーナは自由に外を動けるし、外交なんかは病弱を理由に断れる」


 外交などしたら、この破天荒な性格によって国際問題が引き起こされるのは目に見えている。それを事前に封じることも出来るのだから一石二鳥どころか三鳥の案だ。


 おれは自分で考えた案に満足していると、カリーナが軽く頷いた。


「そうね」


 太陽はまだ姿を現していないが周囲はすっかり明るくなり、カリーナの顔がよく見える。


 カリーナは楽しそうに笑いながら言った。


「面白そうだし。いいわよ、結婚しても」


 その言葉を聞くために、この三ヶ月間を頑張っていたのだが、不覚にもおれはすぐに返事が出来なかった。


 久しぶりに近くで見たカリーナの肌は白くてきめ細かく、頬はほんのりピンク色に染まっている。そして美しく流れる茶色の髪と若草色に輝く瞳。そこに今まで見たことがない魅力的な笑顔。


 そんなカリーナにおれは惚けてしまっていた。

 たった四年。おれにとっては、たった四年だった。だが、カリーナはこんなにも変わっていた。


 おれは感慨深く言った。


「子どもだと思っていたけど、ちゃんと成長していたんだな」


 おれの言葉にカリーナが上目遣いで睨む。


「あら、その子どもを追い掛け回して結婚を迫ったのは誰かしら?」


「悪かった。おまえの気持ちを聞かずに、おれのことばかりで」


「気づいたなら、いいわ」


「じゃあ、帰るか」


 そう言いながら、おれは魔力を封じているアクセサリーを取った。すると気怠かった体に力が戻り、ちょっとした悪戯心が芽生えた。


 おれはカリーナを横抱きに抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。


「ちょっ……何するのよ!」


 予想通り顔を赤くして抵抗するカリーナに思わず笑う。


「暴れるなって。転移魔法を使えるほど魔力が残っていないから、このまま歩いて帰るぞ。それに、これからが大変なんだからな。まず城に行って結婚の報告と準備だ。それと、これから先に待っている壮大な計画の説明もするぞ」


「壮大な計画って何よ?」


 訝しむカリーナにおれは笑顔で言った。


「おまえが絶対に必要な計画だ」


 するとカリーナが真っ赤になっている顔を隠すように後ろを向いた。


「きょっ、協力するとは限らないから」


 ほぼ予想通りの答えにおれは苦笑いをしながら言った。


「あぁ。けど、おれの残りの人生をおまえにやるから、おまえの残りの人生、半分ぐらいはおれにくれよ」


「……」


 てっきり否定の言葉が返ってくるのかと思ったが、カリーナは無言のままだった。そして耳まで真っ赤にして後ろを向いたままポツリと返事があった。


「好きにすれば」


「……いいの?」


「いいわよ」


 予想外の言葉におれの顔まで赤くなる。カリーナが素直すぎて可愛く思えてしまう。なんだ!?この感情は?


 変な鼓動を感じながら、おれは話題を変えるために後ろを向いた。そこには花を満開に咲かせた大木が立っている。


 カリーナが顔を大木に向けておれに訊ねた。


「あの木はいつからあるの?あれは何ていう花?」


「あれは桜っていう東国に生えている木だ」


「あれが桜?聞いたことはあったけど、本当に綺麗な花を咲かせるのね」


「今日のために数日かけて探したんだ。しかも根を傷つけたら、そこから腐るっていうから、傷つけないように周囲の土ごと持ってきたんだ。おかげで持ってくるのに一晩かかったよ。ま、おまえへの誕生日プレゼントでもあるけどな」


「……誕生日?」


 珍しく勘が働かないカリーナにおれが説明する。


「今日はおまえの誕生日だろ?まさか自分の誕生日を忘れていたのか?」


 思い出したカリーナは怒った顔でおれを睨んだ。


「レンツォが追い掛け回すから忘れていたのよ!あぁ……お母様、ケーキの準備をしてくれているかしら?」


 祈るようなカリーナの声におれが思わず笑う。


「大丈夫だろう。さっさと城に行って王に報告をして屋敷に帰ろう」


 おれの言葉をカリーナがすかさず拒否する。


「ダメよ!先に屋敷に帰るわ」


 カリーナの言葉におれは目を丸くした。


「は?ここからなら城の方が近いし、報告だけだから、すぐに終わる。城に先に行った方がいい」


「嫌!屋敷が先!」


「城!」


「屋敷!」


 意見を譲りそうにないカリーナに、おれはついムキになって言った。


「おまえ、おれに残りの人生くれるって言ったんだから言う事聞けよ」


 カリーナも負けずと言い返す。


「半分って言ったでしょ?レンツォこそ人生やるって言ったんだから言う事聞きなさいよ」


「とにかく!城に行くぞ!」


「嫌よ!屋敷が先よ!」


 こうしておれたちはサミルが様子を見に来るまで桜の大木の下で言い争いをしていた。しかも、おれはカリーナをお姫様抱っこしたまま。


 だが、これは、これで悪くないと思ってしまう自分がいる。そして、これからもこんな感じで生きていくのだろう。二人一緒に。


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