第43話 期限

 あれから三ヶ月。


 カリーナは追跡魔法を使って、おれの居場所を正確に把握して巧みに逃げ回りながらも、時々おれの前に姿を現しては周囲を巻き込んだ嫌がらせをしていた。

 一方のおれはどうにかカリーナの行動範囲を把握して行動パターンを予測出来るようにはなっていたが、捕まえられるほどの決定打がなく項垂れる日々が続いていた。


 そんな時にグランディ卿が永遠に続きそうな鬼ごっこに痺れをきらして期限をつけてきた。カリーナの誕生日までに説得できなければ幽閉するというのだ。

 ただ、おれが本気を出しても捕まえられないのに、グランディ卿が捕まえることは出来ないだろう。だが、それをグランディ卿が実行したときに発生する被害を考えただけで……


 最近おれは胃痛にも悩まされるようになっていた。しかも、グランディ卿が提示した期限まで、あと一週間を切っている。


「師匠……おれもうダメかもしれないです」


 おれは城を抜け出して師匠の家に帰っていた。もしかしたら師匠がカリーナを捕まえる手伝いをしてくれるかもしれないという淡い期待もこめて。


 テーブルに突っ伏すおれに師匠がお茶を入れたコップを置く。


「じゃあ、この国はカリーナが引き継ぐんだね」


 師匠の発言にツッコミを入れる気力もないが、一応言っておく。


「引き継ぐのではなく、乗っ取られるんです」


「同じようなものじゃないか」


「全然違います」


「そうかなぁ?」


 ダメだ、これは。手伝ってくれる気配など微塵もない。最後の希望にも見捨てられ、おれは俯いた。


「師匠、せめておれの骨は拾って下さいね」


「うん。立派なお墓を建ててあげるよ」


 おれは俯いているため師匠の顔は見えないが、たぶん満面の笑顔だろう。


 あぁ、もうなんか全部がどうでもよくなってきた。


 おれがテーブルの上で屍となりつつあると、師匠はドアの方を見ておれに声をかけた。


「あ、お客さんが来たみたいだから待っていて」


 そう言って師匠はいそいそと部屋から出て行った。


 おれは鬼ごっこと慣れない政務によって疲れていたらしく、ウトウトと眠りかけていた。そこにサミルの声が聞こえてきた。


「やはりこちらに居られましたか、我が君」


 おれは顔だけを声がした方へ動かした。


「どうした?」


「突然、姿を消されたので城内が騒ぎになっております」


「あぁ……」


 確か誰にも何も言わずに師匠の家に帰って来たので、騒ぎになっていてもおかしくはない。だが、今のおれにはそんなことはどうでもよかった。


 そのまま黙って生きる屍となったおれにサミルが声をかける。


「我が君にとってカリーナ様はどのような方ですか?」


「なにを突然言い出すんだ?」


「深く考えなくていいです。ただ、我が君の想いはどうなのかと思いまして」


「おれの……想い?」


「はい。素直な想いです」


 疲れきったおれはサミルの問いに浮かんできた言葉をそのまま言った。


「幼馴染だな。いつも振り回されて、迷惑かけられてばかりの」


「そんな幼馴染のために、何故そこまでして追いかけるのですか?」


「このままだとカリーナが国を乗っ取りかねないからな」


「それだけですか?」


「…………」


 おれは何故かそれだけだと言えなかった。


 王族では政略結婚など当たり前のことだ。結婚に恋愛感情など持ってはいけない。そのことは十分わかっているつもりだ。だから、おれはカリーナに対して恋愛感情は持っていない。幼馴染であり、それ以上でも以下でもない。


 返事のないおれにサミルは他の質問をした。


「我が君、カリーナ様のお気持ちは聞かれましたか?」


「聞くもなにも会話する前に逃げられる」


「もしかしてカリーナ様はお慕いしている方がおられるのではないのでしょうか?」


 サミルの言葉におれは顔を上げた。


「まさか、まだ十五歳だぞ」


「女性の十五歳とは意外にも精神は大人なのですよ」


「あいつは女性というほどの年齢でもないぞ」


「いえ、立派な女性ですよ。政略結婚が嫌でお一人でも生活ができるよう魔法や薬の発明、開発をされていたそうですから」


「そうなのか?」


「リア様からお聞きしましたので間違いありません」


 サミルの断言におれは黙るしかなかった。

 カリーナがそこまで考えていたとは思わなかったし、もし好きな人がいるなら逃げ回っていることも納得がいく。その場合は計画自体、考えなおさないといけないが、おれは他に好きな人がいるカリーナを嫁にする気はない。


 おれは立ち上がってサミルに言った。


「とにかく捕まえないと話もできそうにないから、とりあえず捕まえる。そしてカリーナの気持ちを聞く」


「それがよろしいかと思います」


「そうと決まれば、さっそく準備だ。あまり勝算がない最終手段だが、やるしかないな。サミル、城の方は任せた」


 とっとと部屋から出ていこうとするおれにサミルが慌てる。


「お待ち下さい。せめて今机の上にある書類だけでも印を下さい」


「任せる」


 おれの足元に転移魔法の魔法陣が輝く。


「我が君!」


 おれはサミルの叫び声を聞きながらアルガ・ロンガ国から姿を消した。

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