22. 復讐のランニング・ホイール

義高よしたかは、重忠しげただのしかけたトラップにまんまとかかり、頼豪らいごう阿闍梨あじゃりに授けられたネズミの妖術を失ってしまいました。義高よしたかは、自分が一回り小さくなってしまったように思えました。


しかし、阿闍梨あじゃりとのシンクロによってあおられ続けた恨みの力だけは、いまだ義高よしたかを駆り立て続けます。「まだだ、これしきで諦めはしねえ。どこだ、頼朝よりともはどこだ!!」


頼朝の寝室になだれ込んできた兵たちを、義高よしたかはメチャクチャに斬りまくりました。夢中で走り回って、さらに奥の部屋への障子に近づくと、そこには誰かの気配があります。頼朝か、と思って駆け寄ると、中からは一首の歌が詠み上げられました。


 昔見し野中のなか清水しみずかわらねど わが影をもや思いづらん


障子をサッと開けて現れたのは、西行さいぎょう法師です。


西行「御曹司、わたしを憶えておいでかな。粟津あわづで、猫間くんとケンカをしたことがあったろう。そこに居合わせたのがワシじゃ。また会うとは奇遇じゃのう」


義高「西行… そうか、お前は西行だったのか。頼朝よりともは、この奥か。お前には関係のないことだ、どけ」


西行「おぬしのかたき討ちに大義はないぞ。木曾きそ殿は、朝敵ちょうてきとなったゆえに討たれたのだ。思いとどまるんじゃ…」


義高「坊主なんぞに、オレの心がわかってたまるかよ。お前、単に勢いがあるほうについてるだけなんじゃねえのか。俗物め、お前も斬ってやる」


刀を振り上げた義高の前に、さらに二人の人物が現れてこれをさえぎりました。


猫間ねこま光実みつざね、これにあり!」

「その家臣、竹川たけかわ正忠まさただ、これにあり!」


正忠まさただの後ろでは、妻である葎戸むぐらとも刀を構えて義高よしたかを睨んでいます。その腕には猫間ねこま光隆みつたかの息子、鈴稚すずわか丸が抱かれています。


光実みつざね「オレを憶えているな。粟津あわづ由井ゆいの浜ではまんまと逃げられたが、もうどこにも逃げ場はないぞ。さっきお前の妖術を破ったのは、我が家の家宝、黄金の猫と、正忠まさただの息子、千代松ちよまつの血の霊薬の力だ。今こそ、我が兄の、そして猫間家のカタキであるお前を討つときが来た」


義高よしたかは声をあげて笑いました。「しゃらくせえ、オレは逃げたんじゃねえ、お前がで、殺さずに済ませてやっただけだ。いいだろう、そんなに死にたきゃ、お前から相手してやる。かかってこいよ!」


義高よしたかと、光実みつざね主従は、極限の集中力をもって、憎しみの火花をぶつかり合わせてにらみ合いました。もはや、誰かが死なずには終わらないでしょう。



そのとき、「双方ともやめよ、御前ごぜんである!」と大声を出したものがあります。義高と光実がハッと振り向くと、部屋の奥の御簾みすが、サラサラと巻き上げられはじめました。声は、秩父ちちぶの重忠しげただものもでした。スダレの内側にいるのでしょう。


スダレの内側はたくさんの灯火で真昼のように明るく、その中央には、きらびやかな装束しょうぞくの姿で頼朝よりともが立っていました。左右には政子まさこ嫩子ふたばこ、そしてさらに隣に、重忠しげただがいました。


重忠しげただ頼朝よりともさまより、おぬしらへの言葉を仰せつかっている。聞くがいい」


猫間ねこま光実みつざね正忠まさただは、この状況をはかりかねて、一歩下がって控えました。しかし、義高よしたかは、頼朝よりともの姿を目にするや、「頼朝ォ」と叫んで躍りかかりました。重忠しげただが義高の前にすばやく立ちはだかり、「まて」と大喝しましたので、さすがにこれに気圧けおされて、いったん立ち止まります。


重忠しげただ「おぬしらの戦いは、それぞれ、親・兄弟の名誉をけがすものだ。義高よしたかよ、おぬしの父を陥れてこれを討ったのは、石田いしだ為久ためひさだ。これを討ち、お主の復讐は終わったはずだ。頼朝よりともさまをさらに狙う道理はない」


義高よしたか「く、何を…」


重忠しげただ「そして、猫間ねこま光実みつざねよ、木曾きその義仲よしなかに恨みがあろうと、その子である義高よしたかを恨む理由は、やはりない。大いなるまよいであると言えよう」


光実みつざね「…」


重忠しげただ「だが、頼朝よりともさまは、勇士を惜しむかた。おぬしたちのこころざしを、無下むげにくじきたくないとも考えている。…よって、義高よしたかどのには鎌倉かまくら殿の狩衣かりぎぬを。光実みつざねどのには木曾きそ殿のかぶとを、それぞれ差し上げよう。おのおの、これを好きにして、それで恨みを晴らすがよい。今までの騒ぎをそれで収めようという、これが殿のお心だ」


重忠しげただは足下から、用意してあった狩衣かりぎぬかぶとを抱えあげ、すこし前に出て、それぞれ床の上に置きました。



しばらくこれを見守っていた義高よしたかは、これを見て「卑怯なり頼朝よりとも」と叫びました。「おれを憐れむフリをして、こんなもんでごまかせると思うなよ!」


義高よしたかは乱暴に狩衣かりぎぬを床からひったくると、これをわきに投げ捨てました。しかし、狩衣かりぎぬの下には、さらに何かがあります。


それは、大姫の首でした。


義高よしたかは驚き、しばし、声もなくこれを見つめました。


光実みつざねはこれを見て、まさか自分のところも、と怪しみ、床に置かれた兜をゆっくり持ち上げてみました。…こちらには、唐糸からいとの首がありました。



重忠しげただ「姫は、夫への忠と、親への孝のふたつに身を裂かれ、自害してお亡くなりになったのだ。唐糸は、義高よしたかどのの復讐が失敗したことを悟り、望みを失って、同様に自ら命を絶った… このため、こうして、お主たちの恨みを晴らすものとして、ここにまいらすのだ。義高よしたかどの、父の恨みは、そのカタキの子をもって代わらせよ。そして光実みつざねどのよ、主の恨みは、そのカタキの臣をもって代わらせよ」


ここまで重忠しげただが発言しましたが、ついに頼朝が自ら口を開きました。


頼朝「わたしがかつて義仲よしなかを討ったのは、朝敵ちょうてきを除けとの勅諚に従い、京の平和を守ったまで。個人の好き嫌いだけで、その親族をどうして殺そう。わたしには世の平和を守るという仕事があり、義高よ、おぬしの私怨に応えて戦うわけにはいかんのだ」


政子は、さっきから震えて涙をこらえていました。「大姫は、あなたの命を救うよう言い残して、自ら命を絶ちました。義高よしたかどの、どうかこれを憐れんで、復讐の心を忘れておくれ」



義高よしたか光実みつざねは、すっかり心をくじかれて、黙然と頭を垂れました。そして、どちらからともなく顔を見合わせて、同時に「…ここまでに、しようか…」と言い合いました。


光実が先に、雄叫びをあげて兜のしころを切り離し、鉢の部分を刀にひっかけてこれを頭上に掲げると、「敵のこうべをかくぞ得し、今は恨みも晴れたり!」と宣言しました。正忠まさただ葎戸むぐらとも、これを見て、涙ながらに勝ち鬨をあげました。


そして、義高も、狩衣をなんども刀で刺し通しました。「父の恨みを… これで、晴らした!」


義高よしたかはその直後、刀の向きを持ち替え、自らの両目をえぐり出しました。


義高よしたか「目が見えたばかりに、オレは煩悩ぼんのうにとりつかれ、頼朝よりともを追い続けた… そして、小太郎こたろうの、桟橋かけはしの忠告をフイにした… オレが迷いをすっかり捨てるには、こうするしかない」


義高よしたかは、血の流れる眼窩がんかをヨロヨロとさまよわせ、「オレはこれから無弦むげん法師ほうしを名を変え、唐糸に習った琴を友として、琵琶湖のそばで、父と、死んだ者たちの菩提を弔いつづけることにする。西行どの、近くにいるか。まだ、いてくれるか」


西行「ええ、いますとも。いつかあなたと出会ったときのあのいおり、あれをあなたに差し上げますよ。さあ、いっしょに行きましょう」


西行は着ていた袈裟を脱ぐと、唐糸と大姫の首をつつんで持ちました。そして、義高よしたかの腕を引いて、静かに去っていきました。



この後、義高よしたかは死ぬまで粟津あわづの庵で経をあげつづけました。猫間ねこま家は、上皇の怒りが解けて貴族として復帰することができ、当主の鈴稚すずわかが成人するまで光実みつざねがその後見をつとめることになりました。正忠まさただ葎戸むぐらとがそこに仕え続けたのは言うまでもありません。


そして、頼朝よりともは、頼豪らいごう阿闍梨あじゃりほこらをピカピカに作り直し、子聖ねのひじり権現ごんげんと名づけて、季節の祭礼を怠りませんでした。この後、頼豪らいごうたたりはどこにも現れることはありませんでしたとさ。



恨みの連鎖は、いつまでも回って尽きぬ、ネズミのおもちゃのようです。その中を、物語の登場人物たちは、誰かが誰かを追って走り続けたのでした。『復讐のランニング・ホイール』、これにておしまい!

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復讐のランニング・ホイール 山本て @yamatt3

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