ゆかりSide 4

 なんとか煩悩を押さえ込んだところで、そういえば、花奈に見せたい物があったのを思い出した。


 ギターをスタンドに戻して、その事を彼女に伝えてから、私は足元のバッグを探った。


「えっーと……。あったあった」


 若干手間取りながらも、バッグの下の方にあった、濃い青色のケースを引っ張り出した。


「じゃーん! 2人で吹くハーモニカー」


 中に入っているそれは、吹き口が左右に、空気抜きの穴が上下の面の真ん中にある。


「またおじいさんが?」

「そうそう」


 私は花奈の質問にうなずくと、適当にドミソの和音を鳴らした。説明書には、私に向いてる側は和音、逆サイドの吹き口は音階に並んでる、と書いてあった。


 このハーモニカを送ってきたのは、楽器屋をやっている私のおじいちゃんだ。

 おじいちゃんは、私へのプレゼント、と言っては、たまに気に入ったりした楽器をくれる。

 ちなみに、私がギターを始めるきっかけも、おじいちゃんが私の5歳の誕生日に、ショートスケールのギターをくれた事だ。

 

 これを持ってきた理由は、単に見せたいっていうのもあったけど、


「せっかくだし、久しぶりに一緒に吹かない? 花奈」


 出来るなら、昔みたいに一緒にハーモニカを演奏したい、と思ったからだ。


 小学生の頃、私と花奈はギターの練習の息抜きに、それを演奏していた。

 

 そう訊ねられた花奈は、なんだか迷ってる様子で黙り込んだ。


「あっ、嫌なら嫌で良いから」


 もちろん花奈が、嫌だ、って言うなら、無理強いはしないつもりだ。


「……ううん。別に、嫌ってわけじゃ無くて……」


 彼女は嫌がっては無いけど、別の事が気になっている様だった。


 どう言って良いか分からない、といった様子で、花奈はちらっとドアを見た。


「ああ、なるほど。誰かにのぞかれないか心配?」


 彼女の意図を予想してそう訊いたら、彼女はこくん、と頷(うなず)いた。


「これで覗かれないから安心だよ」

「……ありがと」


 ドアの鍵を閉めて花奈にそう言うと、ほっとした様子でそう言った。


「それでえっと……、何を吹くの、ゆかり?」


 私が花奈の元に帰ってくると、彼女は立ち上がってそう訊いてくる。


「んー。久々だし、『きらきら星』でどう?」

「うん。じゃあそれで」


 ちなみに『きらきら星』は、初めて花奈とギターセッションした曲で、私はこの曲を私達の音楽の原点だと思っている。


 花奈の練習時間を挟んでから、私は彼女と抱きしめ合う様な距離で向かい合った。花奈がやりやすいように、和音の方を私が担当する。


「花奈のタイミングで良いからね」

「う、うん。……じゃあ、せーので始めるよ」

「了解」


 少し緊張した様子で、そう返事した花奈は唾を飲み込むと、私のおでこと自分のそれをくっつける。

 おでこから、花奈の柔らかい髪と体温が伝わってきた。


 せーの、という花奈の合図と同時に、私たちはゆっくりとした出だしで演奏を始める。


 最初の辺りは少し詰まり気味だったけど、花奈はすぐにそれを修正した。


 花奈、頑張ってる……。可愛かわいい……。


 一生懸命な様子で吹く花奈の姿は、小さい頃の彼女のそれと重なった。




 私が花奈と出会ったのは、小学校に入る前ぐらいの頃だった。

 当時の彼女は、ずっと母親の後ろに隠れている様な子で、確か私は一緒に遊ぶどころか、まともに会話すらしてなかったと思う。


 それから3年かかって、やっとやりとりが出来るようになったとき、花奈は母親の仕事の都合で、夜になるまで私の家に預けられる事になった。


 やっぱり慣れない環境は不安だったみたいで、初日は花奈がずっと私の後を付いてきていた。


 そんな彼女を、ワンコみたいで可愛いな、と思いながら、私はいつも通り、ギターの練習するため、家の地下にある父の部屋に降りた。

 私の父はバックバンドのギタリストをやっている。だから、そこは防音室になっていて、いくつかのギターやアンプ、棚にはエフェクターがいくつも並んでいる。


 先に中へ入った私が電気をつけると、付いてきていた花奈も、おっかなびっくり、って感じで入ってきた。


 だけど、部屋の奥に並んだギターを見た途端、急に花奈から怯(おび)えた様子が消えた。


『ゆかりちゃん……。これ、なに……?』


 色とりどりのそれらが、どうやら花奈の感性に引っかかったらしく、興味津々な様子で私にそう訊いてきた。


『ギターだよ』

『ギター……? って……?』

『こうやってならす楽器だよ』


 自分のショートスケールのストラップを肩にかけると、私は花奈へそう答えて、『ドレミの歌』の冒頭をたどたどしく弾いた。


『――。わあ……』


 すると、それまでぼうっとした感じの表情しかしなかった花奈が、目を輝せながら息を吐いた。

 その瞬間、私の魂が今まで感じたことのない、電気にも似た高ぶりを感じた。


『花奈ちゃんもやってみる?』


 猛烈に感動した様子の花奈へ、ギターを少し持ち上げてそう訊くと、彼女は何度もコクコクと頷いた。


 それから、私達は毎日の様に、時間を忘れてギターに打ち込むようになった。


 私も花奈も、そこまで上手くはけなかったけれど、私にはその頃が1番楽しかった。




 また小さな頃みたいに、2人で楽しくセッション出来るといいな……。


 そんな昔の事を思い出しながら、花奈の顔を見ると、ちょうど彼女と目が合った。

 彼女はすぐに目線をそらしてしまったけど、その瞳からは、音楽を奏でる事を心から楽しんでいる様に見えた。


 ……もしかしたら、私の夢が叶う日は、そんなに遠くないのかもしれない。

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