ゆかりSide 3

 演奏が終わると、私はその余韻に浸っている花奈に感想を訊いた。


「いつも通り良かったよ」


 彼女の答えはすごくシンプルだけど、表情だけで満足してるのが伝わってくる。


「やった!」


 それを見てめちゃくちゃ嬉しくなった私は、思い切りガッツポーズした。


 演奏で汗だくになった私は、スタンドにギターを戻して、大分ご機嫌そうな花奈の隣に座った。


 汗をタオルでガシガジ拭いた後、喉が渇いていた私は、下まで降りてジュースを買いに行くことにした。

 ついでに花奈に何かおごろうと思って、リクエストを訊いた。すると、彼女はチョイスを私に任せてきた。


 了解、と言った私は、ソファーの前のテーブルへタオルを放り投げた。それから財布を手に、自販機がある1階の学食前のホールへ足早に向かう。


 自販機で新発売のパインジュースを買うと、また急いで階段を上った。


「花奈ー。新しいヤツあったから買っ――」


 花奈が喜んでくれたらいいな、と思いながら準備室のドアを開くと、


「……」

「……」


 彼女は私の放り投げたタオルに顔をつけて、その匂いを嗅いでいた。


 ロボみたいな動きでゆっくり顔を上げて、こっちを見てくる花奈の顔は、ものすごい速度で赤くなっていく。


 その姿を見た瞬間、私は処理能力の限界が来て、ニヤケた顔でドアを閉めた。


 ……えっちょ、私の匂いめっちゃ嗅いでるじゃん!! ほあー! 超絶怒濤どとうに可愛い!!


「花奈ー。新しいヤツあったから買ってきたよー」


 テンションが一周回って落ち着いた私は、リテイクのごとく、ドアを開けてもう1回同じ事を言った。


「ああああ、あのねゆかりっ! これはそのあのえっと……」


 だけど役者でも無い花奈は、思い切りテンパったまま、あわあわしながらそう言う。


「もしかして、1人で寂しかったの?」


 花奈を落ち着かせるため、私は彼女の気持ちを予想してそう言った。


「……う、うん」


 一応、花奈は頷いたけど、目が泳ぎまくってるので、別の事を考えてたっぽかった。


 まあ花奈のことだから、良い匂いがしたから魔が差した、ぐらいだろうけど。


「じゃ、今度から一緒に行こっか」

「うん……」


 そんな挙動不審な様子も愛おしくて、私は花奈の頭を撫でながら、思わず頬を緩ませる。


 ややあって。


 私達はまた、2人並んでソファーに座って、買ってきたジュースを飲む。

 それは、パイナップルを液体にしたみたいでかなり美味しくて、私は一気に半分ぐらい飲んだ。


「これ美味しいね花奈ー」

「うん」


 ちびちび飲んでいる花奈も、美味しい物を食べたときのほっこり顔で頷いた。


 やーっぱ、いつ見てもこの顔めっちゃ可愛いなーもー!


 これ以上興奮すると、花奈を性的に襲いそうなので、残りを一気飲みした私は、煩悩を押さえ込もうとギターの手入れを始める。


 好きなバンドの曲を鼻歌で歌いながら、弦を柔らかい布で拭いていると、


「ねえゆかりさ……」

「んー?」


 作業を横から見ていた花奈が、珍しく自分から話しかけてきた。その声のトーンはやけに暗くて弱々しい。


「ゆかりがやりたいなら、他の子とか勧誘しても良いんだよ?」


 そう言った彼女の方を見ると、うつむいていてその表情が見えない。その視線は、手に持っている缶に向けられている。


「どしたの急に?」


 私が聞き返すと、彼女はいくら自分に聴かせるのが好きでも、プロになるならバンド組んだ方がやっぱり良いんじゃないか、と思ってる事を伝えてきた。


 花奈は凄く心配性だから、自分のせいで私を夢から遠ざけてしまった、と思ってるんだと思う。


「心配しなくても大丈夫だよ、花奈」


 私はギターをテーブルに置いて、精一杯の強がりを言った花奈を抱き寄せた。


「何も一直線に進むのが正解ってわけでも無いし」


 花奈は少しビクッとしたけど、すぐに私に身体を預けてきた。彼女の肩を抱く腕で、私はその長い前髪を分ける。

 世界一愛おしくて可愛い花奈の顔は、少し泣きそうになっていた。


「気を遣ってくれてありがとうね。花奈」


 私が彼女の柔らかい頬に触れると、照れているのか、いつもより頬(ほお)の紅色が濃くなっていく。


「私、花奈のそういうところ好きだよ」


 そんな花奈の様子を見た私は、どっかの王子様系みたいな事を口走ってしまった。


 自分で言ったくせに、思いの外恥ずかしくなって、私は照れ隠しにギター掃除へ戻った。


「……。ありがと……」


 すると花奈はギリギリ聞こえるレベルの、小さな声でそう言った。その彼女の顔をちらっと見ると、耳まで真っ赤にしていた。


 あー! 可愛い可愛い可愛い! 好き過ぎる!


 転げ回りたくなるのを堪えて、私はいつもよりも余計にギターを磨いた。

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