ゆかりSide

ゆかりSide 1

 放課後になり、私はクラスの同級生達と、他愛たあいの無い話で盛り上がっていた。


 だけど、私の心は隣の棟の4階にある、音楽準備室へさらわれていた。


 そこでは今頃、幼なじみで大切な親友の花奈かなが、1人でぽつんと待っているはず。

 彼女は人付き合いがあんまり得意じゃないから、いつも終礼が終わると、風のように教室から出て行く。


 長くてさわり心地の良い黒髪と、薄くべにの差した白い肌、ハープの様に透明感のある綺麗な声や、小動物のようなかわいい仕草、優しくて控えめな性格とか、花奈の魅力は数え切れない程ある。


 頃合いを見計らって、同級生達と別れた私は、ギターを担いで廊下に出た。

 途中、隣のクラスにいる、近所の稲荷いなり神社の子とぶつかりかけながら、私は大急ぎで音楽準備室に向かう。


 モワッとした空気のせいで汗だくになりながら、吹部の練習をバックに私は階段を昇りきった。息が上がっている私は、ぬるくなっていた残り少ないスポドリを一気飲みする。


 私は呼吸を整えてから、花奈をおどかさないように、隙間から冷気が漏れる準備室のドアを開けた。


「おまたせ花奈ー」


 ソファーに座っていた愛しい花奈へ、私は愛情を言葉にたっぷり詰め込んで話しかける。

 いつ見ても彼女の居住まいは、木陰に生えている鈴蘭すずらんの様に、はかなくて可愛かわいらしくて美しい。


 ぼーっとしていた彼女は、私の姿を見た途端、表情が明るくなってうれしげなオーラを放出し始める。


 あー、もうー! 花奈可愛すぎじゃない!? 最高じゃん!


 今日も色々あって疲れてたけど、そんな花奈を見ただけで吹き飛んだ。


 そんなワンコ的可愛さに、ヘドバンしたくなる衝動をこらえつつ、私はギターをドアの横の壁に立て掛けた。

 私が隣に座ると、花奈はなでなで待ちの飼い犬みたいに、私へ顔を向けてくる。


「いやー、すっかり暑くなったね」


 井戸端会議的な話題を振って、私は足元に置いたバッグから出した、白いタオルで汗を拭く。


「うん」


 花奈は口下手なので、返ってくる言葉は大概短めだ。だけど、そんなところも可愛いから、私は別にそれでいい。


「今でこれだと、真夏だと溶けちゃうかも」

「ゆ、雪だるまじゃあるまいし……」


 今日の花奈は、なんとか頑張って掛け合いしようとしたのか、尻すぼみにそう言った。


 雪だるまとか例えが可愛すぎるっ!


 私的にはオールオッケーなんだけど、花奈は滑ったと思ったらしく、伏せた顔がどんどん赤くなる。


「おお。よく私の正体を見抜いたなー?」


 せっかくなので、私もそれに乗っかってとぼけた事を言った。

 すると、反応があって安心したみたいで、花奈の顔が上がった。


「ばれちゃ仕方ない。お前も仲間にしてやるぜー!」


 そんな挙動もいちいち可愛くて、私は花奈の頭をワシャワシャする。


 私にじゃれつかれると、花奈は楽しそうな表情で、ひゃあー、と声を上げた。可愛い。


「ふっふっふー、これで野望達成に1歩前進だぜー」


 わざとらしく高笑いした私は、なーんちゃって、と言って、スカートのポケットに入ってた折りたたみのくしで、モサモサになった花奈の髪をく。


 花奈の柔らかい髪に触れる度、彼女はむずがゆそうで嬉しそうな反応を見せる。


 あー、可愛い。延々やってたい……。

 

 私は良い気分で鼻歌を歌いながら、そんなことを思っていると、花奈が下を向いてしまった。その長い前髪で、彼女の可愛い顔が隠れる。


 彼女がこうするのは、照れてるときか、何か嫌なことがあったときだ。

 まあ多分、今までの行動的に、単に恥ずかしいだけだろうとは思う。


 だけど、私が訊かないと、彼女は何も言わないので、


「んー? どーした花奈ー? 何か嫌なことでもあったかー?」


 一応、花奈の目の前にしゃがみ込んで、彼女の顔を見上げて確認する。


「わひゃっ」


 不意打ちを食らって少し驚いた花奈は、予想通り、ほおを赤くして照れていた。


「ゆかりさんが何でも相談に乗るぞー」


 そんな彼女へ、私は頼れるお姉さんを意識しながらそう言う。


「大丈夫。何でも無いから……」

「ならよかった」


 安心した私は、耳まで赤くする花奈の頭を撫でてから、彼女の髪の毛を梳く作業を再開する。




 花奈の髪を完璧にサラッサラにした私は、


「じゃ、そろそろ練習始めるね」

「うん」


 多分、彼女が1番楽しみにしている、ギターの演奏の準備を始めた。

 

 黒いケースから、相棒の緑色に塗ったテレキャスのギターを出すと、花奈は飼い主と遊ぼうとする、ワンコみたいな雰囲気を醸し出し始めた。


 あー、ホント私の幼なじみ可愛すぎー!


 私はまた、花奈の頭をワシャワシャしたくなった。

 だけど、さっき直したばっかりだから、自重してチューニングを始める。


 そんな彼女の熱い視線を感じながら、私はギターをアンプにつないでくところまで持って行った。


「じゃあ行くよ花奈」

「うん。いいよ」


 花奈に目配せしてそう言った私は、彼女の返事を聞いてから、中1のときに作った曲を演奏する。

 これは、花奈のために作った曲で、イントロからアクセル全開で速弾きする。


 ちらっと花奈を見ると、彼女はうっとりした表情で、リズムに合わせて身体を小さく揺らしていた。


 こうやって、花奈に聴いてもらうのは好きだけど、本心を言えば、彼女と一緒にセッションするのが1番楽しい。


 ――だけどそれは、もうかなわない夢になってしまった。

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