第48話 そもそも人生にENDなんて文字は降りてこない

 しばらく検査は続くだろうが、それも長くないことを芹菜も遥も分かっていた。

「で、私が帰った後のこと、聞かせてよ」

 二人きりで話せる時間を作って、遥は芹菜を問い詰めた。

「私にも聞きたいことはいっぱいあるんだけど。まあ、こっちから話すわ」

 背中にクッションがわりの枕を入れて楽な姿勢をとると、芹菜は教えてくれた。

 あの後、リフィテイン王はエリカシア王妃が黒幕であったことは公表せず、ビシュタニア革命軍は捕縛、しかるべき処分を下し、国の復興に尽力したとのこと。

「端々でイラっとさせられたけど、無難といえばそれまでよね。まあ、私には関係のないことだったし」

 というのもシルヴィアは結局、クリステラ公爵家にはもどらなかったからだ。

 ただし、エドワード皇子が立ち上げた『魔法騎士団』なるものに組み込まれ、日夜城で働かされる日々を送ったらしい。

「相変わらず、仕事を押し付けるのが上手いのよね、殿下は」

 しかも、その『魔法騎士団』には、リヒャルト、フェリエルをはじめ、エリーナ、ベイゼルといったメンバーがそろっており、驚くことにギルフォードも所属していたのだという。

「アイツ、何げにエドワード様に弱いのよ。ちゃっかりこき使われてたわ」

 とすればギルフォードとの関係はイイカンジに? と期待した遥に芹菜はばっさりと言った。

「恋愛感情なんてないから。アイツは結婚だなんだとか言ってたけど、無視よ、無視」

「え、ヒドイ」

「彼から私を引き離した張本人が、よく言えるわね」

「あ、そうか。あれ? でもさ、芹菜は芹菜だよねぇ? とすると、あっちの世界のシルヴィアって、今どうなってるの?」

 よく考えれば、芹菜とシルヴィアは意識、というより魂は同じだが、身体は別物だ。

「もしかして…………………死」

「死んでないから!」

 その芹菜の言葉に遥はほっと胸を撫でおろす。

 芹菜が意識を取り戻して欲しいと願ったが、シルヴィアを死なせるのは嫌だった。とんだ我儘なのだが。

「シルヴィアの身体は、返還の儀式をした聖堂でクリスタル漬けにされてるわ」

「ふぇっ!?」

「大陸一の魔女ですから。自分の身体を保存する魔法なんて、わけないわ。

 管理人はギルフォードにしてきた。最後までごねてたけど、死んでいいわけ? って脅したら渋々引き受けたわ」

「さ、さすが悪役令嬢」

 恋心すら利用するとは。というか、じゃあ今ギルフォードは好きな人の―クリスタルで触れない―身体を管理させられているわけで。

 ヒロインより残酷なことをしてきた女がここにいる!

「で、私も遥に聞きたいんだけど」

「何を?」

「貴女、何で私を助けちゃってるのよ? 私は行かないようにって、ちゃんと言ったでしょ!?」

 すると遥の目に怒りが宿った。

「そう! それ!! 何で自分が死ぬのが前提なの? おかしいでしょ? 時間ループものなら分岐を変えようとするのが普通でしょっ!?」

「だって、遥は忘れちゃうじゃない。なら、せめて遥だけでも、って思うじゃない!」

「そこをねじ曲げるのが悪役じゃんか! 諦めんなーーーーー!!」

「だったら言わせてもらうけど、あんまり何度も呼ばないでくれる? こっちにも都合ってものがあるんだから!

 まだ仕事山積みで、ギルフォードは面倒なこと言ってくるしで、もう本当に大変だったんだから!!」

「え? だったら、もっと早く意識取り戻せてたってこと!? こっちがどれだけ心配したと思ってんの!!」

「知ってるわよ! だから、早くもどらなきゃって、頑張ったんじゃない!!」

「頑張ったって、こっちはその十倍は頑張ったよ!」

「だったら、こっちはその十倍は厄介だったわよ!」

 二人はしばらく睨み合って。

「「―――――――――――――ふっ、くくっ」」

 同時に笑い出してしまった。

「あははははははっ、な、何、喧嘩してんだろ、私達」

「くくくくっ、ほ、ほんと。しかも、こんな話、誰も信じないわよ」

 二人は笑って笑って、それから。

「私は、これで良かったって、思ってる。

 芹菜は? あっちにいたかったり、した?」

 遥がぽつりと聞いた。芹菜は静かに首を振った。

「私もここに、遥のいるところに、もどりたかった」

 じっと遥を見つめて芹菜は言った。

「ありがとう、遥。諦めないでいてくれて」

「…………………………………どういたしまして」

 照れて笑う遥は、ふと思ったことを芹菜に聞いてみた。

「ねえ、ちょっと思ったんだけど。やっぱり、シナリオってあると思う?

 つまり―――――――この結果も、実はどこかのお話のなか、なんて」

 あの世界は遥の現実と繋がっていた。ゲームではなかったことは、もう分かっているのだけれど。遥はゲームを作っている芹菜に聞いてみたくなったのだ。

 芹菜はちょっと考えて、それから微笑んだ。

「どうかしら。もしかしたら、あるのかも。もちろん、ないって信じたいけど。

 でもね―――――――――どのみち同じだって思わない?」

 遥は首を傾げた。

「どういうこと?」

「だからつまりね、シナリオがあろうとなかろうと、私達がすることは変わらないのよ。そうでしょう?」

 今までのことを思い出して、遥には解った。

 ああ、そうだ。シナリオがあろうとなかろうと、ハルカとシルヴィアはそうしてきた。

「そうだね。うん、本当にそうだ」

 たとえこの世界にシナリオが存在するのだとしても。

「諦めないで、足掻き続けるんだね」

「ええ―――――――選びたい未来の為に、ね」

 きっと自分達はこれからもそうしていく。

「だいたいシナリオって言うけれど、どこが始まりでどこが終わりだか判らないわ。そもそも人生にエンドなんて文字は降りてこないし」

「あははっ、本当だ。だったらシナリオなんて、あってもなくても同じだ」

「でしょ」

 たとえ人生に幕が下りたとしても、その物語は終わらないのかもしれない。足掻き続ける人達が無数の未来を生み出し、シナリオは永遠の分岐を続けていくのだから。

 だから二人はこれからも未来を選ぶ為に戦う。

 そうやって、ずっと、ずっと、戦い続けていくのだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢はヒロインと手を組むことにした 丘月文 @okatuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ