第47話 分かっちゃいるけど、奇跡ってそう簡単に起こるものじゃない

 ふわっと浮き上がっていくような、浮遊感。こんなことが前にもあった、と、遥は思い出した。

 あの時は何も思い出せなかったけれど。

(………………………………芹菜!!)

 目を開けた遥は、今度は全てを覚えていた。もちろん、高校一年生の夏休みが始まる、あの日からの冒険も。

 そんな遥を抱き締める腕があった。

「遥! ………………………よかっ、た」

「お、かあさん?」

 母の声だ、と認識して、それから遥は自分が白いベッドの上にいることに気が付いた。

 ここは、もしや病院? だとするなら!

「ね、お母さん、芹菜は? 私と一緒にいた子、どうなった?」

 彼女も同じようにここに担ぎ込まれた可能性が高い。そう考えて聞いた遥だったが。

 母が教えてくれた答えは残酷なものだった。

「あんたと同じで、意識がもどらないの。煙を吸い過ぎたんじゃないかって。

 あんたも………………………あの子も、もしかしたらこのまま目覚めないかもしれないって」

「意識が、ない、の?」

 それも、目覚めないだって?

「よかった…………………あっちの家族の方には悪いけど、あんたが目を覚ましてくれて、ほんとよかった!!」

 すがりついて泣く母に遥は優しく言った。

「お母さん……………うん、大丈夫だよ。ね、泣かないで。ほら、大丈夫だから」

 自分は死ななかった。その実感が遥を強くした。

 そうだ、奇跡はそう簡単には起きない。けれど遥に諦める気なんてない。

 芹菜は、まだ死んでないのだから。

 意識がもどっていない、と、母は言った。つまり、彼女はまだ死んでいないのだ!

 ならば希望はある。遥はぎゅっと手を握り締めた。

 その日から遥の戦いがはじまった。親友の魂を異世界から呼び戻すという、常識から考えたらありえない、奇跡を起こす戦いが。

 遥は病室をでられるようになったら、まず芹菜の病室へと行った。

 芹菜のご両親には涙ながらにお礼を言われたけれど、眠り続けている芹菜を見たら胸が痛んだ。

 芹菜の手をとり、二回程度の経験だが、召喚魔法の発動を思い出す。

 あの呼びかけられる感覚。明確な、ここにその存在を連れてくる、という引力。

 ―――――――――きて、芹菜。ここに、きて。

 遥は祈った。その日から、毎日祈った。一日も欠かさず、芹菜の病室で彼女の手をとって。

 遥が退院してからも。ゲームの『君といた刹那』が配信された日も。遥が仕事を再開し、どんなに忙しくなっても。

 僅かな時間を見つけては、遥は芹菜のところへ行き、祈りを続けた。

 恐怖もあった。

 いつものように病室に行って、ベッドがなくなっていたら?

 電話が鳴って、芹菜のお母さんから「今、亡くなったの」と伝えられたら?

 そんな悪夢を見たりした。

 しかし、だんだんと恐怖は別のものになっていく。

 いつまで? いつまで祈ればいいの? もしかして、無駄なんじゃないの?

 それに、シルヴィアはあの世界で幸せそうだったじゃない? 自分のしていることは、本当に意味があるの?

 遥はその考えを、何度も何度も振り払った。

 芹菜のところに通い続けた。祈り、続けた。

 一ヶ月なんてあっという間に過ぎてしまった。三ヶ月も過ぎて、季節が変わった。

 そして、半年が過ぎた頃だった。

 きて、芹菜―――――――――ううん、シルヴィア。貴女の身体はまだ死んでない。ここで、生きてる。

 遥は今日も親友を呼んでいた。今では日課のようなものだ。

 この世界に魔法は存在しない。けれど、あの火事の現場で、遥は確かにシルヴィアの声を聞いた。だとするなら魔法が働く可能性はゼロじゃない。

 ―――――――ねぇ、起きてよ。夢はまだ、叶ってないよ?

 遥と芹菜の名前が入った『君といた刹那』のクレジットはまだ見ていない。

 一人で見るわけにはいかない。一緒に見ようと、芹菜と約束した。

 半年ともなると必死という気力はなくて、遥は語りかけるように芹菜の魂に呼びかけていた。

 ああ、でも今日も彼女は目覚めない。

 ―――――――でも、諦めない。

 だって、遥がヒロインなんだから。

 椅子から立ち上がり、遥は眠る芹菜に声をかける。

「また明日も来るね」

 そして背をむけて歩きだした。その、後ろから。

「せっかく目が覚めたっていうのに、帰っちゃうの?」

 声、だった。確かに、聞こえた。

 遥は固まった。正直、幻聴かとさえ思った。

 でも、恐る恐る振り返った、そこには。

「何よ、ゾンビでも見るかのような顔して。―――――――――ハルカが、呼んだんでしょ?」

 どこか気品を感じさせる、懐かしい笑顔。

「……………………うん、呼んだ。呼んでた、よ。帰って、きて、って」

 遥の目に涙が浮かんだ。

 本当はくじけそうだった。諦めないと決めていたけど、諦めそうだった。

 信じて、信じて、それでも目を開けない親友に、落胆もした。

「ありがと、遥。さすがはヒロイン」

「で、しょ。そっちこそ、しぶとい、ね。さすが、悪役れい」

 遥はベッドの傍で、ついに泣き崩れた。その頭を芹菜が優しく撫でた。

 諦めなくて良かった。

 会いたかった。声を、聞きたかった。

 彼女に。大好きな、大事な、親友に。

 会えた――――――――――――――ようやく。




 それは二人が望んだ未来が、確かな現実になった瞬間だった。






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