第46話 運命に抗う

 全てを思い出した遥は悟った。このままでは親友が、桐谷芹菜が死ぬと。

 そんなの、ダメ!!

 遥は、芹菜が死ぬ、と思った瞬間に走りだしていた。

 どうしたらいい? どうしたらッ!? 遥は必死で思い出した記憶を反芻する。

 ありえない、過去でありながら、現在いまの記憶を。重なりあう断片を! 遥は探す!!

 そう! 非常階段!! ビルの裏手にあったはず!!

 デジャヴのように、目に映る景色が遥に分かる。非常階段は、確かに存在していた。

 遥は全速力でそれを駆け上がる。もし、この記憶が正しいとするのなら。

 この扉は開いているはず!

 遥はノブに手を伸ばし、回して―――――――開いた!

 だとしたら! 芹菜がいるのは女子トイレだ!! それで彼女は逃げ遅れた!!

 確かトイレは建物の奥だった。

 あぁっ、異変に気付いた何名かが避難を始めている! それをすり抜けて、遥は女子トイレを目指した。

 あった!! 見覚えのある押し戸! 遥は焦る。早く、早くしなければ!

「芹菜、いるッ!?」

 走りこんできた遥に、洗面所で手を洗っていた芹菜は驚いた。

「遥! 来てくれたんだ。ありが」

「火事なの! 逃げるよ!!」

 芹菜の言葉を遮り、遥は彼女の手を引いた。

「えっ!?」

「このままじゃ危ないの! 芹菜も私も死んじゃうのっ!!」

 戸惑う芹菜を急かし、遥は今来た道を引き返しはじめた。

 廊下はもうかなりの煙がたちこめている。

 早く、火がくる前に、この廊下を逃げ切らないと!

「芹菜、煙を吸わないようにして!」

「わ、分かった」

 姿勢を低くしながら、二人はできる限り素早く移動した。

 確か、あの辺、燃えてた………、と、遥は慎重に外へと出る方向を選んで行く。

 実際、右往左往していた時よりもずっと早く避難できているはずだ。大丈夫だと信じて、遥は進んだ。

 遥の推測通り、廊下には火の手はまだなかった。だが、ほっとしたのもつかの間。

「遥!」

 いきなり遥は芹菜に突き飛ばされた。その瞬間に爆発が起きた!!

「芹菜!? 芹菜!」

 自分を庇ってくれた友人を遥は探す。良かった、彼女も一応無事だ!

 しかし芹菜は意識を失っているようだった。

 だけど炎の壁これで越えた! と、遥は拳を握りしめた。

 開いている非常口を目の前に、炎に阻まれて廊下を引き返した記憶を思い出し、遥は前方を見据える。

 諦めない! 諦められるはず、ない!!

 芹菜の腕の下に身体を入れて、遥は彼女を引きずるようにして進みはじめた。

 ダメ! 死ぬなんて、絶対にダメ。そんなの、許さない。遥は強く思った。

 熱風が吹き付けて息が苦しかった。腕はもげそうだし、足は痛くてもつれるし。

 でも、離せるわけがない。絶対に離さない、親友を担いで遥は進む。

 遥の頬に涙が伝った。

「…………ばか、ばか、ばか、ばか。何カッコつけてんの。何で、何で、私だけ助けるとか」

 でもその言葉は親友には届かない。ただ聞こえる微かな息に、遥はいっそう泣けてくる。

 でもその涙を拭う暇も、あいている手もないから、遥はぐちゃぐちゃの顔のままに進んだ。

「ヤだ。死んじゃ、ヤダ。芹菜、シルヴィア、ヤダよ。こんなのは、ヤダ!」

 全てを振り絞って、遥は非常口を目指した。

 あそこにたどり着けば。外に出さえすれば。きっと助かる。助かるから。

 遥はそれにむかって全力で進んだ。

 あと、少し。もう少し。

「私だけ、なんて、許さない。一蓮托生って、言ったじゃん」

 諦めない。だって、遥がヒロインだから。自分が諦めたら、バッドエンド確定だから!

 あと、ちょっと。目指す扉は開いている。

「きっと、助ける、絶対、に」

 煙で見えなくなりそうな扉を目指して。

「助ける!」

 進んで、進んで。ついに、遥はたどり着いた。

 夕闇の空と手すりが見えた。そして足下には階段。

 出られた、と思ったら力が抜けて、かくりと身体が崩れ階段から転げ落ちた。

 下からカンカンカンと人が駆け上がってくる気配がした。

「大丈夫ですかっ? おいッ、担架だ! 二人分!!」

 消防士だか救急隊員だかが叫んでいる。

 これで…………………助かる、の? そう思いながらも、遥の意識は闇へと沈んでいった。




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