第45話 死亡フラグ、立ってます

 シルヴィアが全てを、そう転生者である記憶を―自分の死因までも―思い出したのは、最初の死の分岐を回避した、聖女を呪うイベントの時だった。

 正確にいえば、闇の種を胸に埋め込まれ、床に這いつくばるしかなかったシルヴィアのもとに、ハルカが駆け込んできたあの瞬間。

 シルヴィアは全てを思い出したのだ。かつての自分、桐谷芹菜がどうやって死んだのか。死ぬ間際、誰が傍にいたのか。

 死が目前に迫った、あの時。親友の遥は同じように芹菜を支えてくれた。あの時も、助けにきてくれた。

 全部、全部、シルヴィアは思い出したのだ。そして絶望した。

 何故なら、目の前にいる聖女のハルカは『転生者』。つまり遥も共に、あの場で死んだということに他ならないと気付いたからだ。



 記憶を取り戻した後も、シルヴィアはさり気なく確認した。目の前のハルカが、あの遥なのか。自分のよく知る、あの親友なのか。

 そして情報を照らし合わせ、シルヴィアは希望を見いだした。

 自分の目の前にいるハルカは、確かに親友の常葉遥に違いない。しかし、桐谷芹菜と知り合う以前の高校一年生の常葉遥であり、そして自分が死ぬ未来の記憶を持ち合わせていない、まだ可能性のある少女だということが解ったからだ。

 どうしたら親友を救うことができる?

 シルヴィアが芹菜の死を覚えているということは、あの未来を変える術があるということではないか?

 自分は無理でも、せめて、この目の前の少女の死は回避できないか?

 考えて、考えて、考え抜いて。それこそ、この世界にハルカを止まらせる事さえシルヴィアは考えた。

 そうすれば―少なくともこのハルカには―あの未来は訪れない。

 だが、それはできなかった。

 ハルカが還ることを望んだ。いいや、本当は、シルヴィア自身も。

 彼女が「夢は声優になること」と語った時、シルヴィアは泣きたくなった。遥との夢が叶った瞬間を思い出して。

 どうしても、どうしても、それだけは変えたくないと思ってしまった。

 そしてそれは、おそらくハルカもそうだったのだ。

 どうしてこの世界が端々でゲームのシナリオに忠実だったのか。本当はシナリオなど存在していないのに。

 それはハルカ自身が、シナリオ通りになることを望んでいたからではないか?

 身のうちに闇魔法を抱える『聖女』は、穢れを祓うだけの存在だったわけではない。

 彼女は普通の女の子だった。無意識のうちに、周囲を自分の思い描いたシナリオに動かしてしまっていた可能性はある。

 これは単なる推測だ。だがゲームを壊したくないと、ハルカも願っていたのではないか。

 なんにせよ、シルヴィアはハルカをこの世界に止まらせることは、最後まで出来なかった。

 それが自分のエゴだとシルヴィアは自覚している。けれど、どうしても壊せなかった。

『君といた刹那』というゲームができる未来を。シルヴィアは壊すことが出来なかった。

 だから精一杯、足掻いた。

 還るハルカに使える魔法で一番強力な加護をつけ、彼女の未来を守れるようにした。あの火事の現場に遥が絶対に近づかないように。

 もしその魔法の効力が薄れても、シルヴィアの―芹菜の―願いが伝わるようにしたのだった。



 そして今日もシルヴィアは、ハルカを送り出した聖堂で祈っている。

 生き残ってね、遥。私はここにいるから。死んだって大丈夫だから。

 貴女はそれを分かっているでしょう? だから、絶対に助けないで、芹菜を。――――と。

 わずかに感じるシルヴィアの魔法の気配。それを向こう側に感じる度にシルヴィアは安堵する。

 彼女はまだ死んでいない。生きている。あの夢が叶う世界で、今も生き続けている。

「今日も祈っているのか」

 その声にシルヴィアは振り向いた。そこにいたのはギルフォードだった。

「ずっと祈り続けるわ。彼女があちらで生き続けているかぎり」

 結局、シルヴィアはギルフォードに全てを話した。

 自分が前世を持っていること。遥が生き延びる未来を実現させたいことを。

「…………………………お前はそれでいいのか?」

 その問いの答えなんて、シルヴィアにはとっくに決まっている。

「ええ。言ったでしょう。私はハルカを消させない、って」

 大切な親友は、きっと守ってみせる。

 そんなシルヴィアを見つめ、ギルフォードは隣に立った。

「そうだな。お前なら、いや、お前達なら大丈夫だ」

 シルヴィアは思わずくすっと笑った。

「ずいぶんと前向きになったわね。気持ち悪いわよ?」

「お前はだいぶ可愛くなった」

「はっ!? 何言い出すの!?」

「エドワードが呼んでいた。仕事だ」

「ちょっと!? いきなりなんなの?

 で、その切り替え早いの、何とかしてって言ってるじゃないの!」

 こうしてリフィテイン王国は、いつも通りの日々が続いていた。





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