第30話 長すぎる序章でしたが、本番はここからです

 そして悪役令嬢とヒロインは、ついに念願の『婚約破棄断罪イベント』を乗り越えた、というわけだ。

 二人は馬車に揺られながら、選んだ未来を実現させた達成感に喜んだ。

「あ、そうそう。一応ね、まだ私は婚約者にはならないってことになったんだ!

 ほら、皇子は『婚約破棄』宣言したけど、本当のところ手続きは終わってないからね。それがすむまで婚約はできないって。

 私が学園を卒業するまでは棚上げって約束になったよ」

「シナリオ通りね」

「でしょ? で、婚約発表前にギルフォードルートに突入! というわけ」

 ハルカとシルヴィアは今後の展開を再度確認しあう。なにしろ、こうした話し合いがこれからは気軽にできなくなるのだ。

 少なくとも―シナリオ通りであるのなら―二年は会うことができない。この馬車での移動時間が、二人で顔を合わせていられる、最後の時間だった。

「私はそれまでに大陸一の魔女になっていなくてはいけないのね」

「シルヴィアならラクショーでしょ! それより、気をつけなきゃいけないのはギルフォードの方だよ。

 ね、お守り、もう一回祈るから出して!」

「もう何度も光魔法で祈ってくれたでしょ。このクリスタルを持っていれば、そうそう闇魔法に犯されないと思うけど」

「それでも! 何が起こるかなんて分からないでしょ!! 祈り足りることなんてないんだから、祈らせてよ」

 真剣な顔のハルカにシルヴィアは微笑んだ。

「分かった」

 そしてシルヴィアの取り出したクリスタルに、ハルカは最後の祈りを込める。

「絶対、絶対、上手くいく。よね?」

「ええ。絶対、上手くいかせてみせるわ」

 さすが完璧な公爵令嬢。言葉の選び方が違うとハルカは感心した。

 どうしてこうも、シルヴィアの言葉は頼もしく聞こえるんだろう、と思い。違うとハルカは気づく。彼女がそう聞こえるように、言葉を選んでいるのだ、と。

 本心は不安であっても。強くあれるように、わざとそうした発言をしてみせる。

 そんな悪役令嬢のシルヴィアがハルカは大好きだ。

「―――――――うん。きっと大丈夫、だね」

 ここまで選んでこられた自分達の力を信じよう、とハルカは思った。

 二人は何度も確認したことを、もう一度おさらいする。もちろん変更はないが、念のためだ。

「居場所が落ち着いたら、すぐに連絡してよ? 手紙、書くから」

「そうね、約束してくれたものね」

「それに、無茶は絶対にしないで。

 死ななくても、痛いこととか、辛いこととか、そーゆー思いするのは駄目」

「それはこちらのセリフよ。危ないのはハルカ、貴女の方なのよ? リフィテインにいるとは、そういうことなの。ちゃんと警戒してね」

「もちろん、エドワード様を含めて気をつけるよ。でも、ほら、ルースもいるし」

「そこが一番、気をつけなきゃいけないところじゃない?」

「う…………………かも、しんないけど」

 たじたじとなったハルカに、シルヴィアは思い切って告げた。

「ねえ、ハルカ。ルースは貴女のことが好きなのよ。でも、貴女は元の世界へ戻るエンドを選ぼうとしている。

 ね、私の言いたいこと、分かるでしょう?」

「い、痛いトコロをっ!」

「この際だから、言ってしまうわ。

 私は、どちらを選んでも良いって思ってる。ルースの想いを拒絶するも、受け入れるも。

 ただ―――――――――貴女の気持ちを大事にしてちょうだい」

「えっ!?」

 シルヴィアの意見にハルカは驚いた。

「なぁに、その顔は。まさか、ブラコン発動でイヤミでも言うかと思った?」

「い、いやぁ、そこまでは。でも………………………姉として、もっとこう、反対? とか、するかと」

「あら、賛成はしてないつもりだけど? もちろん、反対もしていないけれどね」

 シルヴィアは少しだけ迷って、それでもハルカを優しく見つめた。

「貴女が出す答えなら、私はどんなものでも受け入れる。それが苦しい決断でも。

 だから、ね、ハルカは気持ちに素直でいて。それが一番良い選択なんだって、思うから」

「…………………シルヴィア」

 ハルカは涙がでそうになった。でもそれは、まだ早い。ここでお別れなんかじゃないし、そうする気なんかハルカにはない。

 ハルカはシルヴィアを見つめ、こくりと頷いた。

「分かった。ちゃんと、考える。何が一番良いのか、考えるから」

 その後、二人は他愛ないお喋りをして過ごした。いつものように。当たり前にしてきた時間を、大切にしたくて。

 だが、それもついに終わりだ。

 馬が一声いなないて、馬車が止まった。

「姉上、着きました」

 そう声をかけてきたのはルシウスで、ずっと馬を御す役に徹していた弟にシルヴィアは目をむけ、そして荷物を手に馬車を降りた。

 外は夕闇。月の光はなく、しかし星々がきらめいていた。

 ここはリフィテインの国境付近。警備も手薄で、こっそり出国するにはうってつけの森が広がっている。

「本当に、一人で行くんですか」

 警備が手薄なのは、この森自体が危険だから。特殊な磁場が方向感覚を奪う。むろん魔獣と出くわすこともある。

 しかしシルヴィアは譲らなかった。

「もちろん。私はもう、ただのシルヴィア。クリステラ公爵家の兵や財を使うわけにはいかないわ。

 ここまで連れてきてくださったこと、感謝します。次期クリステラ公爵様」

「………………やめてください。貴女が何になろうと、俺は敬意をはらわずにはいられない。自分はそういう存在だと、どうかお忘れにならないでください」

「ふふっ、分かったわ。ルース」

「俺がどんな立場になっても、貴女がどんな身分になろうとも、ですよ」

「分かったってば」

 砕けた口調でそう言う姉に、弟は少し笑った。

「以前の姉上では考えられない言葉ですね。

 でも俺は、そういう姉上の方が良い気がします。今から思えば、ずっと演じてきていたんですね、完璧な公爵令嬢という姿を」

「かもしれないわ。でも、こういう私でも、貴方は敬意をはらってくれるのでしょ?」

「もちろんです。貴女だって、俺がどんな時でも味方でいてくれた。同じことです」

「あら? いつだって貴方の味方ではいられないわよ?」

 そこでシルヴィアはふっと真剣な眼差しをルシウスにむける。

「ルース、くれぐれもハルカのこと、お願いね」

「分かっています。何があっても、守りぬきます」

 覚悟のこもった弟の返事に、シルヴィアはさらに追加で注文をつけた。

「ではその上で、貴方自身を大事にしなさいね」

 それにルシウスは思わず苦笑いした。

「相変わらず、姉上が求めるものは高度だ」

「貴方なら出来るって、知ってるもの」

 微笑むシルヴィアにルシウスは黙り、それから小さく頷いた。

 だからシルヴィアはハルカに向き直って、言うことができる。

「じゃあ、もう行くわ」

 その言葉に堪らずハルカはシルヴィアに抱きついて、直接祈りの力を彼女に注ぐ。

「元気でね!」

「ええ。そっちも」

 名残惜しいが、長くこうしてはいられない。

 シルヴィアから離れたハルカの隣に、ルシウスが並ぶように立つ。

「ご無事で」

「もちろん」

「絶対に、絶対に、無茶しちゃ駄目だからね!」

「ええ! 約束するわ!! 自分を第一に考えるって」

 ハルカが大きく手を振る。それに一度だけ手を振り返し、シルヴィアは二人に背をむけた。

 シルヴィアは振り返らなかった。下手をしたら、泣いてしまいそうだったから。

 ここは終わりじゃない。始まりなのだから。

 強く拳を握りしめ、シルヴィアは漆黒の森へと足を進めていく。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、ハルカとルシウスは見送り続けた。

 再び彼女が自分達の前に現れることを祈りながら。

 こうして公爵令嬢シルヴィア・クリステラは、リフィテイン王国から姿を消したのだった。





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