第29話 ヒロインが王子と婚約する前のお約束といえば、アレです
ヒロイン暗殺イベントは無事に乗り越えた。
シルヴィア達の思惑通りに、アルメリアの犯行はシルヴィアが画策したものだとすることができたのだ。となれば、待っている展開は。
激怒するエドワード皇子を前に、ハルカは冷静に思った。はい、言うまでもなく、あのイベントだ、と。
「ハルカにあのような事をするなんて! シルヴィアのヤツ、許せん!!」
いえね、これ冤罪ですけど。とゆーか、婚約者を信用してあげないんですかね、この男は。という、白い目をしているハルカにはちっとも気付かず、エドワードは熱弁をふるう。
「すまん、ハルカ。あんな女が婚約者だなんて、何かの間違いだ。そうだ! 即刻、婚約を破棄しよう!!」
そしてエドワードはハルカの手をとった。
う、払いのけたい! けどっ、我慢だぁっ!! ハルカは全身に鳥肌をたてつつ、何とか耐える。
「ハルカ、よく聞いてくれ。王妃に相応しいのは君しかいない。どうか私の傍で、私を支えてほしい」
ぞわわっと、ハルカの背中に虫酸がはしる。
我慢だ、我慢んんんっ! と、表情筋を精一杯駆使してハルカは答えた。
「…………………よろこんで」
引きつった顔だったが、エドワードは気にしないだろう。もしかしたら返事すら不要だったかもしれない。
もう、ほんと、どうにもならないカンジなのだ。ハルカはそれを痛感している。
エドワードにはちょこちょことハルカはお祈りを繰り返していたのだが、これがまったく効く気配がないのだ。
エドワードは相変わらずの、焦点のあわない瞳で妄想発言を続けるばかりだ。
それに聖誕祭後から、シルヴィアが彼を警戒するようになった。
エドワード様が真の黒幕って、そんなのアリ? と、ハルカは半信半疑だが。
その可能性を考えるとゾッとする。この発言の全てが演技で、彼がリフィテインを棄てる気であったなら。
いやいやいやいや! まだ分からないんだってば!! ハルカはその不安を頭から追い出した。
シルヴィアでさえ測りかねているようなのだ。ハルカの足りない頭で、彼女の思惑を台無しにするわけにはいかない。
ハルカは握られた手に光魔法を発動させた。
「ん? 祈ってくれるのか、ハルカ」
「……………………はい。全てが、清浄なるものになるように」
エドワードが心底嬉しそうにハルカを抱き締めた。
「ああ、きっとそうなるさ。ハルカ、君がいてくれるかぎり」
その笑顔がどれほど狂気じみているか、いいや、それこそが本音なのか、分からない皇子への恐怖にハルカは耐える。
助けがきてくれる、きてくれるから! と。
心のなかでそれを繰り返し、ハルカは震えないようにする。
SOSの合図を出して、すぐに足音が聞こえた。
「殿下、ここにおられましたか。ああ、ハルカ様も一緒だったのですね」
「…………………ルシウスか」
エドワードはあからさまに、邪魔だというような顔をした。が、ルシウスはしれっと首を傾げる。
「どうかしましたか? 殿下」
そんなルシウスにエドワードは別の考えが浮かんだのだろう、彼を追い払おうとはせず口を開く。
そのエドワードの気がそれたチャンスを逃さず、ハルカはさり気なく彼から離れた。
「こういうことは、すぐにでも行動すべきだからな! ルシウス、いや、クリステラ公爵家嫡男として、お前に相談したいことがある」
「何でしょう」
「うむ! 相談とは他でもない、我が婚約者であり、お前の姉であるシルヴィア・クリステラのことだ」
「姉上のこと、ですか」
「ああ。彼女は我が后に相応しくない。よって、婚約を破棄しようと思う。異論はあるか?」
質問はしているが、エドワードの口調は異論を認めてはいない。おそらく、異論を唱えるならば敵とみなす、ということだろう。
「私は、殿下の御心のままにするのがよろしいかと」
熱のないルシウスの言葉に、けれどエドワードは有頂天になった。
「そうか! お前もそう思うか!!
やはり彼女は私には相応しくない。相応しいのは、ハルカだと!!」
そんなことは誰も言っていない。だがそんな言葉はエドワードに届きはしないだろう。
「さっそく婚約破棄の準備を整えよう。
父上達は反対するだろうが、公言してしまえばこちらのものだ。
そうだ! 卒業パーティーが良い。学園の皆の前で婚約破棄を口にしてしまえば、父上達もどうにもできないだろう。
しかも、その後に婚約するのは『聖女』のハルカだ! きっと上手くいくはずだ!!」
エドワードの瞳には、もうハルカもルシウスも写っていないようだった。
その妄想の世界に閉じこもっている彼の姿が、演技ともとても思えないのだが。
「では、そのように手配いたしましょう。
ああ、ハルカ様、先生が呼んでおいででしたよ」
「えっ? そうですか。すぐに行きます」
一刻も早くその場を離れたいハルカは、ルシウスのそれに即座に返事をした。が、そのハルカの腕をエドワードがつかむ。
ひッ! と、悲鳴を上げなかった自分を心から褒めたい、と、ハルカは思った。
「ハルカ、待っていてくれ。必ず、君を私のものにする」
ごくり、とハルカの喉がなった。
怖い! こんな得体の知れない恐怖をハルカは感じたことがなかった。
身体が硬直してしまったハルカに、ルシウスが助け船を出してくれる。
「殿下、お気持ちは分かりますが、ハルカ様へ配慮されなくては。
ハルカ様への心証が悪くなってしまっては、ハルカ様自身が悲しまれることになります」
ようは、ハルカを先生のもとへ行かせてあげましょうよ、ということなのだが。
ハルカが悲しむ、という言葉は効いたようだ。
「ああ、ハルカはそういう女性だったな。他人に気を配り、他人の言葉に傷つくような、繊細な心を持っている。……………誰かと違って。
すまない、引き止めてしまって。行くといい」
エドワードは微笑んでハルカの腕を放した。
「では、失礼します」
足早にその場を立ち去ったハルカは、最後には走りだし、生徒会室へと飛び込んだ。
「怖かった! 怖かったよ!!」
そんなハルカをシルヴィアが抱き締めた。
「ごめんなさい、助けるのが遅くなって」
「ううん、私も、悪いの。甘くみてた。いつもみたいに、あしらえるって思ってたんだよ。
でも、もー、ムリ! 本格的にヤンデレだよ、あの皇子!!」
「ええ、あれはヒドいわ」
実はハルカとエドワードの会話を盗聴していたシルヴィアは眉間にしわをよせていた。
「前から相当だと思っていたけど、今日のは強烈ね」
盗聴は聖誕祭後からずっと行っていたのだ。
ハルカの暗殺予防でもあったのだが、エドワードとの会話のヒドさにはシルヴィアも辟易していた。
「でも、これで確認はとれたわ。殿下は私との婚約を破棄してハルカと婚約するつもりだと」
「ねぇ、今さらだけど、ソレほんとにやらなきゃダメ?」
「ええ。むしろ殿下の思惑通りにしないと、ハルカ、貴女の身が危険よ」
「そうです。殿下は今、ハルカを誘拐してでもご自分の傍に置こうとしている。断るのは危険です」
エドワードのところから戻ってきたルシウスが、そう言いながら生徒会室に入ってきた。
「やはりね。貴方にハルカを監視しろと?」
「姉上から守れ、とも。
それとさり気なく、俺に警告してきました。ハルカは自分のものだ、と。おそらく、俺なら警告すればハルカに手を出さないと判断したんでしょう」
「権力を使うまでになったのね。ハルカへの執着はすごいものだわ」
「ねぇ、私、本当に婚約しなきゃダメ? やだよ、怖いよ。
それに婚約者になるってことは、恋人ってことでしょ? あの皇子の相手をし続けるってことでしょ?
ごめん、覚悟ない。ムリ。やっぱり、ムリ」
半泣きで言うハルカにシルヴィアは顔を歪めた。
「分かってるわ、ハルカが無理をすることになるって。でもここで頑張らないと。
大丈夫。絶対、私とルースが守るから」
「それが逆効果ってことには、ならない?」
「それはあり得るけど……………そこは分かっているわよね? 不用意なことをしたら、私が貴方を殺すわよ、ルース」
シルヴィアの鋭い視線にルシウスは頷く。
「分かっています。殿下には俺が安全だと信じ込ませる術もありますし、覚悟もあります。絶対に、ハルカは守ってみせます」
力強く言い切った弟に、シルヴィアはハルカに向き直った。
「私達は何があってもハルカの味方だから。
だから、もう少し。せめて卒業パーティーまで辛抱して。お願い」
そのイベントを乗り越えれば、多少は楽になるはずだから!
それはシルヴィアの人生を大きく変えるイベントでもある。が、彼女は未来に脅えることなく、前を見据えている。
だとするならば。
「…………………分かった、頑張る」
ハルカは頷くしかない。
「ありがとう、ハルカ」
微笑むシルヴィアにハルカはびしりと言った。
「それと! 『何があったって味方』ってセリフは、こっちのセリフなんだからね!!」
悪役令嬢とヒロインの絆は深い! あんなヤンデレ皇子の薄っぺらな愛なんかより、ずっとずぅーーーっと強いんだからーーーーーーー!!
こうして、重要分岐イベントへの道は確定したのだった。
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