第26話 異世界の年越しも冬にあるんです
そんなこんなで、気付けばもう冬休みになっていた。というか、聖誕祭後のイベントをハルカはことごとく回避した。
そもそもエドワード皇子のルートに入ってしまっては本末転倒。ひたすら皇子から遠ざかる日々は、正直とっても気楽でしたとも。
積極的に会いに行かなくて良いって、なんて楽チンなの! と、ハルカは大喜びだった。
むこうから会いに来た場合のみ適当に相手するだけでいい。しかも冬休みに入ればそれすら発生しない。
でもって皇子の目を気にしてシルヴィアに会えない、なんてこともなくなる。
なんて良い生活なんだ!!
「うわーーーい、自由だーーーーーー!」
嬉しさのあまり飛びついてきたハルカをシルヴィアは「よしよし」と撫でた。
「勉強もちゃんと頑張ったって聞いたわ」
「そりゃもー、頑張ったさ! 魔法も言語も歴史も、どんとこい!! だよ!」
「んー、じゃあ、リフィテイン五代目の国王の名前は?」
「大見得切りました! 分かりません!! ごめんなさい!!」
「ハイフェリオン・ディシターナ・リフィテイン様よ。
でも歴史書が読めるようになったのね。この短期間で偉いわ」
褒められたハルカはエヘヘと笑った。言語は本当に本当に頑張ったのだ。
「書くほうはまだ下手だけど、マスターするよ! 手紙が書けるように!!」
「ふふっ、楽しみにしているわ」
ハルカから手紙をもらう日はそう遠くないだろう。シルヴィアに不安がないわけではないが、今ではむしろそうなる日が待ち遠しくもある。
ほのぼのと和むハルカとシルヴィアの会話だったが、それをブチ壊してくれる声が響いた。
「いやー、眼福ですねぇ。お二人がそうやってイチャついている姿は」
黙れ。というか、その目潰してくれようか。という、極寒の眼差しをシルヴィアは彼にむける。
「何故、ここに貴方がいるんです? ベイゼル先輩」
「おや、聞いていませんか? 私も残留だと届けは出したはずですけど?」
「訂正しますわ。何故、私達の前にいるのか、とお聞きしたのです。
用事もなくただ女子生徒を眺めているだけの変態は、即刻学園から叩き出しますわよ」
「女子生徒を眺める変態って、私が眺めるのはお二人ぐらいですよ。他の女子生徒には興味ありませんから」
さらに気持ち悪いわ!! と、寸分違わず同じことをハルカとシルヴィアは思った。
「本気で外に叩き出してもよろしくてよ?」
「さすがにこの寒さで外に出されるのはごめんですねぇ。残念ですけど、お二人の観察は控えます」
「で? 用件は?」
「ああ、はい。一応、仕事の報告です。頼まれていた事があらかた調べおわりましたので」
手渡された厚みのある封筒にシルヴィアの顔が僅かにくもる。
「わざわざ、ありがとうございます。まさかとは思いますが、この為の残留でした?」
「まさか。私は長期休暇はいつも帰省しませんよ。
繁忙期ですし、帰って波風を立たせるのもなんですしねぇ」
ハルカは、はて? と首を傾げた。
「ベイゼル先輩の家は、たしか商家でしたよね? 忙しいならなおのこと、帰って手伝え、とかでは?」
「いやー、私は四男ですし、長兄や次兄との立場とか、いろいろありまして。簡潔に言えば、面倒なんです、帰省すると」
「あら、ご兄弟に気を遣われて? 貴方が?」
「そりゃ、私だって少し……………いや、だいぶ、ですかね。使いますよ。
特に長兄にはね。私が学園に入学できたのも兄のおかげでしたし。あの人には『お前は家にいない方がいい』と言われましたから」
「えっ? 実のお兄さんですよね!?」
「はい。私はあまりに頭が良すぎて、商いの道に入ったらきっとロクでもないことになって家を潰すだろう、と言われました。
あの人は家長の鏡のような人ですよ」
「ですわね。さすが、切れ者とうたわれるロバート商会の跡取り。先見の明がおありだわ」
「でしょう? おかげで、あの人には頭が上がらなくて」
くすくすと笑うベイゼルに卑屈な様子はない。そういう兄弟の在り方だということだろう。
「だから本当に久々ですよ、年越し祝いなんて。楽しみにしています」
それは、いつもの含み顔ではないベイゼルの笑顔だったから。
シルヴィアも素直に頷き返した。
「ええ、どうぞ楽しんで」
「はい。では」
ベイゼルが立ち去る姿を見送り、シルヴィアはハルカに微笑んだ。
「ねぇ、ハルカ、この世界の年越しはね、一番日が出ている時間が短い日、つまり冬至にあるのよ。
その日を越えると、段々と日の出る時間が長くなっていくの。暖かな春にむけて進みだす日。それが新たなる年の始まりなのよ。
でもそれって、この世界だけじゃないと思わない? 辛い冬が春にむかって動き出す、その日を祝うって」
「うん。なんか、分かるよ。辛いからこそ祝うって感じが」
「春がくるって希望を信じる日。それがこの世界の新年よ」
「…………………良い年越しにしようね」
「ええ! もちろん」
二人は顔を見合せ笑いあう。
それからはパーティーの準備に大忙しだった。が、仕事をしながらもシルヴィアとハルカは一緒にいられたし、寮に残っていた学生達と仲良くなれたりと、毎日が楽しかった。
年越しパーティーは学生からスタッフまで、皆で美味しい物を食べ飲んで、ベイゼルは魔法で花火まで打ち上げて、とことん騒いで笑って日付が変わる時にはカウントダウンして盛り上がった。
そんな、翌日。
トントン、というノックの音にハルカは寝ぼけ顔でドアを開けた。
そこにいたのは。
「あけましておめでとう、ハルカ」
日付が変わるまで騒いだというのに、いつも通り完璧に美しい公爵令嬢だった。
「……………あけおめー。この世界でもそれって言うの?」
「言わないんだけどね。ハルカの世界では言うでしょう?」
「そかー、言わないのかー。じゃー、何て言うの?」
「特には。ああでも、『新しい年に祝福を』とは言うわ。挨拶ではないんだけど」
「ん。新しい年に祝福をー。ん。じゃ、寝る」
「駄目。新年には神殿詣でに行くの。ほら、早く支度、支度!」
ほぼシルヴィアに支度され、瞑りそうな目のハルカは、彼女に手を引かれて連れ出された。
そんな二人を玄関で待っていたのは、ルシウスとベイゼルだった。
「ごめんなさい、待たせてしまって」
「うあ、皆で行くの? え? 初詣ってこと?」
「はい、そうですよ。新年には神殿へお参りに行くんです」
「ハルカ様はこの世界の住人ではないので関係ないかもしれないんですけどねぇ。溜まった邪気を祓う目的もあるんですよ」
「そうなんだ」
そういうことなら行かねばなるまい。と、覚悟して外に出たはいいが。
「寒っ! というか、雪がすごい!!」
道は雪かきがされているが、両隣は雪の壁という状況だった。
ハルカはこのところずっと外に出ていなかったから、こんな風になっているなんて知らなかった。
「やはり王都より雪が深いですね」
「しかし寒さは王都の方が厳しいように感じますがねぇ」
「あちらは風がありますもの。こちらの雪は本当に静かにつもりますわよね」
「ふぇ〜、寮が温かくて気付かなかったよ!」
驚くハルカに、シルヴィアは「あら、今頃?」と笑った。
「学園の建物には温度調節の魔法が発動されているの。だから冬でも快適なのよ」
おおぅ、何げにハイテクだった、と、ハルカは驚く。
「ほら、これをあげるから神殿までの我慢よ」
寒がるハルカの首に、シルヴィアがふわりとマフラーを巻いてくれる。それにシルヴィアが言っていたように風がないのでそれほど辛くはなかった。
神殿までの道のりを他愛ないお喋りをしながら四人は歩いた。学園からそう遠くない距離にある神殿だったが、やはり外は冷える。
たどり着いた神殿のなかは温かくて、ハルカはふにゃっと顔を崩した。
「うあー、生き返るぅ〜」
「ハールーカ、女神様にお祈りするのがさきよ」
「はぁい。って、リフィテインの神様って、女神様なの?」
「そうよ。豊穣の女神。光の化身でもあるダナイ神」
「ダナイ? あれ? もしかして、こう書く?」
女神の発音に思い当たり、ハルカは壁に単語をなぞった。
「あたり。本当によく勉強したわね。神聖なとか、大いなる、とかに使われる単語ね」
「だよね! うんうん、ちゃんと覚えてるよ」
胸を張ったハルカの後ろから、聞き覚えのある声がした。
「素晴らしいです、ハルカ様」
「偉いなー、ハルカは!」
振りかえれば、そこには聖誕祭で共に戦った乙女達がいた。
「えっ!? 何で? 何でお二人がここにいるんですっ?」
「そりゃー、誰がさんの招集があったからな」
「聞かされていなかったんですね。人が悪いですよ? シルヴィア様」
「ふふっ、ハルカは素直に驚いてくれるから、楽しくてつい」
成る程、これはあらかじめ計画された神殿詣でだったと。
でもいいやー、この二人には会いたかったし。とか考えてしまうハルカはやはりお人好しなのかもしれない。というより、シルヴィアがハルカの性格を熟知しているともいえる。
「ほらほら、早くお祈りをすませてしまいましょう? 話したいことがたくさんありますから」
急かすシルヴィアが、この後とんでもない質問をぶつけてくるのだが、ハルカは知るよしもない。
一通りお祈りをすませ、女子は神殿の奥を借りてお茶で一休み。ルシウスとベイゼルは気を遣ったのか、別の部屋へ行ってしまった。
温かいお茶を飲みながら、それぞれ聖誕祭の報告をしつつ近況を教えあう。
幾つかの重要な情報を確認したところで、不意をつくようにシルヴィアが爆弾を投下した。
「で、ハルカ? 貴女はいつからルースに呼び捨てにされるようになったの?」
ぶはっとハルカが盛大にお茶を吹き出した。
「お? 何だ? ルースについに春か?」
「え? ルシウス様とハルカ様が? ………………外世話ですけれど、気になります」
フェリエルもエリーナも興味津々だ。え、どうしよう、逃げられる気がしない! と、ハルカは冷や汗をかく。
「聖誕祭の後からよねぇ? 貴女も、いつの間にか『ルース』って呼ぶようになっていたし。………………もしかして」
「違うからっ!」
ハルカがシルヴィアの言葉に被せるようにして叫んだ。
「えと、そーゆーのじゃないの! ほんと!!
ただ、あの戦いの時にうっかり私が脆い瓦礫に乗っちゃってね!? それが崩れてっ!! とっさに! ついね!? 呼んじゃうじゃない、そゆ時。
うん、そういうことだと思うんだ!」
言い訳がましく説明するハルカにシルヴィアが首を傾げた。
「ハルカ、怪我をしたの?」
「あ、いや、ルースが助けてくれて何事もなかったんだけど。ほんと、うっかりだったし戦闘中でもなかったから大丈夫だよ」
そんなハルカを見つめて、シルヴィアは「そういうことね」と頷いた。
「助けた際に呼び捨てを許してもらって、でもって後日それなら自分は愛称で呼んでほしいと頼まれた、というわけね。
我が弟ながら、ちゃっかりしているわ」
「やるなぁ、ルースのヤツ」
「でも、ちょっと姑息じゃないですか?」
「そうね、好意はもっと潔く示すべきよね」
「いや、いいんじゃないか。奥手な感じがルースらしいじゃないか」
「姉としては、恋愛くらい正攻法でいきなさい、と言いたいわ」
「って、違う、違う、違う、違う!!」
言いたい放題言ってくれるご令嬢達にハルカが必死で否定する。
「絶対、絶対、そーゆーんじゃないからっ! ありえないから!!」
その必死さがますます怪しいのだが、意外にもルシウスの姉であるシルヴィアがあっさり引き下がった。
「そう。なら、そういうことにしておきましょうか」
となれば、他の二人も深追いはできない。
だがシルヴィアの台詞には『今はね』と付け加えられているように思えたのは、たぶん気のせいじゃない。
うん、まずい、かも? にっこり微笑む悪役令嬢にハルカの冷や汗は止まらないのだった。
さて、その頃。ルシウスとベイゼルはというと。
「長くなりそうですねー」
「………………さきに帰ってかまいませんよ。エリーナ様の手前、貴方は顔を出せないでしょうし」
「君って本当に苦労背負い込む体質ですよねぇ。いつか自滅しますよ?」
「大きなお世話です」
とかいう可哀相な会話を繰り広げていた。
二人はその後もずいぶんと待たされることになる。が、文句はもちろん言えるはずがなかった。
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