XX. エピローグ


 白馬システムのセミオート機構は、エディ・白馬の思惑通りブロスファイトの世界に風穴を開けた。

 ブロス用のマニュアル免許という分厚い壁によって、選ばれた者たちの領域であった世界はもう無い。

 誰でも取れるオートマ免許しか持たない凡人でも、セミオート機構の補助によって同じ土俵に上がれるようになったのだ。

 ワークホース、ドラゴンビューティーの昨年の活躍は、確かにセミオート機構の実力を世に知らしめた。

 そしてセミオート機構の地位を決定付けたのは、これの補助によって現役に復帰した元チャンピオンの存在だろう。

 否、元チャンピオンという呼び方は相応しく無い…。


「新チャンピオン、ナイトブレイドの麻生。 師弟対決を制して現役に頂点に返り咲いた鉄人、か…。

 凄かったもんな、この試合」

「営業も笑いが止まらないようだからな。 最高の宣伝になったと、狂喜していた」


 セミオート機構の助けによって、麻生はやり残しを片付けることが出来たのだ。

 老いから来た操作ミスと言う不本意な結末で終わったサムライブレイドと対戦、昨シーズンの頂点を争い死闘は記憶に新しい。

 白馬システムチームの面々は投影型の仮想ディスプレイを覗き込み、ブロスファイト関連の最新ニュースを見ていた。

 そこでは新チャンピオンの今シーズン初戦の紹介と、既に何十回は見たナイトブレイド対サムライブレイドのリプレイ映像が写し出されていた。


「家のセミオート機構にケチを付ける輩の声も大きくなりましたけどね。 一時期、嫌がらせも酷かったですよね…」

「有名税って奴だろう。 まあ、今の所は連盟も家のシステムを黙認しているし、外野がどうこう言っても関係ねぇよ」


 伝説のチャンピオンの復活を喜ぶファンも入れば、セミオート機構の力を借りるほどに落ちぶれたのかと嘆くファンも居る。

 一部ではセミオート機構自体が反則として、麻生の戦績は無効であるとブロスファイト連盟へ訴えまで出た程だ。

 しかしこの件については開発元の白馬システムは、現行のブロスファイトの規約においてセミオート機構は合法である事は確認済みである。

 そもそもドラゴンビューティーようなオートマ型のブロスユニットの存在を、これまでブロスファイトの世界は許容してきた。

 この前提がある時点で純粋なマニュアル操作では無い、セミオート機構搭載機に文句を付けられる筈も無い。

 ただしブロスファイトの公式規約が出来た時点で、セミオート機構などという代物は当然のように存在していない。

 セミオート機構の扱いをどうするかについては、今ものブロスファイト連盟の中で協議が進んでいるらしい。


「…いいから現実逃避は止めて、対策会議に戻りなさい! 40m超のでかぶつを倒す方法ついてね!

 ああ、もう!? なんでこんなキワモノの試合をしないといけないのよぉぉぉっ!!」

「俺たちもキワモノに属するからじゃ無いですからね…」


 何処か雑談ムードとなっていたチームメンバーに対して、犬居はお決まりの金切り声を喚き散らす。

 彼女の言う通り今日の集まりの本来の目的は、謹慎が開けて今シーズンより正式にブロスファイトに参加した白馬システムチームの次の試合についての会議である。

 犬居は容赦なく仮想ディスプレイの操作権を奪い、画面上に次の対戦相手の情報を公開する。

 通常のブロスユニットではあり得ない40m超の巨体、人読んで"グレートブロスオー"の姿が映し出されていた。











 昨年のセミオート機構搭載機の活躍によって、ブロスファイトの世界でセミオート機構の存在は市民権を得られた。

 ブロスファイト連盟も現時点ではセミオート機構に対する規制を出しておらず、少なくとも今シーズンはセミオート機構の存在は合法なのである。

 そしてセミオート機構はマニュアル免許という壁に阻まれて夢を諦めていた、沢山のロボットファンのハートに火を付けた。

 BROS(Biped walking Robot Operating System)、通称"ブロス"と呼称される画期的な二足歩行ロボット専用のOS。

 特にブロスファイト競技に使われるマニュアル操作型のブロスは、全長20メートル前後の人形ロボットに特化したシステムであった。


「なんでだ!? 何でリアル系のロボットしか使えないんだ!!」

「四足歩行、子供の頃に憧れていた獣型のロボットが…」

「俺は合体して巨大ロボットになるスーパー系の方が好きなのに!?」


 この世に操縦者搭乗型のロボット言う概念が誕生してから、幾千ものロボットが誕生しただろう。

 確かに俗にリアル系と称される全長20メートル前後のロボットはメジャーな存在であるが、それがロボットの全てでは無い。

 四足の獣型・幻獣型や多椀・多脚の神話系統、合体機能を備えたスーパー系、幾らでも上げることが出来る。

 しかし全長20メートル長のリアル系に特化した現行のブロスでは、それらの機体のシステムには適さないのだ。

 一部のロボットにしか使えない現行のブロスに不満を抱いていたロボットマニアたちは、セミオート機構の存在に真っ先に飛びついた。


「ははははは、走れ、シーザー号!! これだよ、これがやりたかったんだ!!」

「くっ、やはり分離・合体の機構は脆くなるな!? しかしこの動きなら、十分にやれるぞ!!」


 今シーズン、ブロスファイトに加入した新チームの数は歴代最多であった。

 そしてその殆どはマニュアル方式のブロスを搭載した全うなブロスユニットでは無く、セミオート機構によって趣味を実現させたキワモノ揃いだったのだ。

 四足の獣型、通常のブロスユニットの倍はある巨大なスーパー型等と、そこには古くからのロボットファンが夢見ていた光景が広がっていた。

 もしかしたらこれが、エディ・白馬が思い描いていた本来のブロスファイトの姿だったかもしれない。






 当然と言えば当然であるが、これらのセミオート機構搭載のキワモノチームの存在を全うなブロスチームは快く思っていなかった。

 彼らからすればこんなキワモノチームに勝てて当然、負ければ一生の恥というある意味で罰ゲームのような相手なのだ。

 必然的にキワモノチームの相手をするチームは限られて来てしまい、同じキワモノ系に属してしまう白馬システムチームに声が掛かるのは自然な展開と言える。

 最もこれらのキワモノたちは客受けが良いようで、興行のために渋々と試合を受けるチームもぼつぼつ増えているらしい。


「ワ、ワークホースの足なら、こんなデカブツなんて余裕だと…」

「…ロケットパンチ、してくるみたいよ?」

「はっ、いいんですか? 飛び道具は禁止じゃ…」

「相手はこれは打撃の一種だって言い張っているのよ。 連盟の方も今年は異例尽くし対応が遅れているのか、今の所お咎め無しみたいだし…。

 ああ、もう!? どうすればいいのよぉぉぉっ!?」

「ああ、落ち着いて下さいよ、監督」


 これまでブロスファイトの世界に存在すらしなかった、デカブツとの戦いに過去のノウハウなどある筈も無い。

 作戦を立てる役割である監督の犬居は、手探りでやっていくしか無い現状に追い詰められているのか既に半泣きの状態である。

 歩はそんな頼りない監督を慰めながら、例外だらけの次の試合に向けて不安と機体を募らせていた。

 羽広 歩は今、鉄の使役馬と共に幼い頃に夢見ていた世界に居るのだ。


「…俺は負けません。 あいつと、ワークホースと一緒に何処まで駆けてやりますよ」

「何、格好つけているのよ、歩くん?」


 明後日の方向を向けながら自らの思いを語る歩、その視線の先はブロスユニットが置かれているハンガーがある筈だ。

 恐らく壁の向こうに居る愛機、ワークホースに向かって語りかけているつもりなのだろう。

 そんな何処ぞのロボットアニメのワンシーンのように決める後輩の姿に、福屋は呆れたように突っ込みを入れる。

 結局、ブロスファイトなんて物に携わる連中は、ロボットが大好きな大きな子供でしか無いのだ。

 二足歩行ロボット、巨大ロボットの存在に惹かれた者たちの遊び場、ブロスファイトはこれからも続いてく…。


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ブロスファイト @yamaki_ky

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