6-9. (第二部完)


 引退を囁かれていた所で、今シーズンに電撃的に復活を果たした元チャンピオン。

 自らの立場を十分に認識している麻生は、少し前に手合わせもした気になる後輩の戦いをリアルタイム中継によって観戦していた。

 出来ればスタジアムで直接見たいのだが、元チャンピオンである自分の行動は一挙手一投足マスコミに注目されている。

 自分たちがスタジアムに出向いても騒ぎになるだけであり、周囲に迷惑が掛かってしまうだろう。

 麻生は自宅のリビングで、妻であり自チームの監督である女性とともに歩たちのエキシビジョンマッチの模様を見つめていた。


「中々見ごたえのある試合だったな。 やるな、あの若いの…」

「ブロスユニットとワーカーの戦い、昔を思い出すわ…」


 公式ルールが整う以前、ルール無用の戦いが繰り広げられていたブロス戦国時代と呼ばれる時代。

 その頃には今で言うブロスユニットとワーカもどきの差異は、今ほど明確に存在しなかった。

 確かにブロスユニットとブロスワーカーでは隔絶した差があるが、決してブロスユニット一強という訳では無かった。

 その性能差を埋める一つの要素は射撃武器、今の公式ブロスファイトには無い遠距離戦闘などがあげられる。

 ルールが明確に定まっていなかった事もあり、ブロスワーカー乗りはあの手この手でブロスユニットに追いつこうとしていた。

 ブロスユニットとワーカーが同じ舞台の上で戦っていた時代であり、この時代の経験があったこそ麻生は何の抵抗もなくワーカー用と言っていいセミオート機構に手を出せたのである。


「歩くんの発想が面白い、あれは今のブロス乗りには思いつかない手だな…」

「やっぱりセミオート機構は面白いわね。 私もセミオート搭載のワーカもどきを買おうかしら?」

「ははは、いいじゃ無いか…。 そうすればお前が、俺の調整相手も出来るようになるしな…」

「ふふふ、思い切ってブロスファイトに殴り込むのも悪くないわね…」


 かつては女だてらのワーカーに乗り込み、麻生らブロスユニット乗りと渡り合っていた過去を持つ女性はセミオート機構に興味津々らしい。

 久々に血が騒ぐのか冗談交じりに、自らもセミオート機構に乗ってるなどと口に出していた。


「…さて、あなたは今の試合をどう見るかしら?」

「結果は結果だ、惜しい所までいったが、最初の失敗が痛かったな…」

「上手くトラップに嵌めることで、その失敗をどうにか挽回しようとしたけど少し動くのが遅かったわね…。

 相手も最後の詰めでトラップに引っ掛かったのは手痛いミスだけど、もう少し積極的に仕掛けていれば、そもそもこんな展開にならなかったでしょうしね。 どちらの方にも課題らしき物が見えた試合と言えるかしら」


 リビングに設置された大型の立体投影ディスプレイには、森林ステージの光景がリアルタイムに映し出されていた。

 地面に転がっている頭部を破壊された茶色の機体、その頭部に相手が使っていた剣を突き刺している白い機体。

 そこには今回のエキシビジョンマッチにおける、勝者と敗者の図が映し出されていた。











 敗因はストライクエッジの執拗な攻撃によって積み上げられた、ワークホースの脚部へのダメージにあっただろう。

 蓄積したダメージは最後の格闘戦という場によって挙動の乱れを生んでしまい、それを光崎は逃さなかったのだ。

 言うなればこの勝利は相手の足を潰すことを第一に動いていた、光崎の作戦勝ちと言える結果だった。

 しかし勝者である筈の光崎からは、何時ものマスコミ向けの営業スマイルは影を潜めていた。

 まるで敗者であるかのように硬い表情で、光崎は淡々と優等生らしいテンプレート的な言葉で自分の勝利の感想を語っていた。


「…あんまり嬉しそうじゃ無いわね、あなたの同期は?」

「犬居さん…。 多分、嬉しくないんですよ。 ワーカもどきに乗る俺相手に、あそこまで苦戦した事をあいつは恥だと考えている筈です」

「傲慢ねー、ある意味で一般的なブロス乗りという所かしら」


 敗者となった歩たちは早々にスタジアムの控室に引き返しており、映像を通して光崎の勝利インタビューを聞いていた。

 この後にも試合が控えているので、このインタビューは勝者から軽く感想を聞くだけの短い物になろう

 パイロットたちと共に重機によって機体も運ばれており、傷ついたワークホースの撤収作業が重野の指示の元で進められいた。

 本当であれば整備士も兼任する歩も手伝うべきなのだが、流石に試合直後のパイロットには働かせられないと歩は犬居と共に体を休めている所だった。


「あーあ、結局負けたわね。 あそこで羽広くんが私の指示を聞いていたら、勝っていたかもしれないのに…」

「意外に根に持ちますね、監督…」

「…そういうあなたの方も、あんまり落ち込んでないわね? どういう心境の変化かしら…」


 断片的であるが光崎と歩の関係を聞いていおり、歩が並々ならぬ決意で試合に望んでいることも見て取れた。

 そんな因縁の戦いで惜しくも破れたならば、もう少し悔しがっても良さそうなのだが犬居の見た所、歩の様子は普段と余り変わっていなかった。

 自分の態度を訝しむ犬居に対して、歩は苦笑しながらその真意を口に出した。


「試合の最後の組み合いの時、通信を通してあいつの声が聞こえたんです。 監督も聞いていたでしょう?」

「俗に言う、"お肌の触れ合い回線"ってやつよね。 ふたりでギャーギャー騒ぎながら、もみ合っていたわよね…」

「あいつは…、光崎は俺に負けないって言ったんですよ。 落ち零れである俺が光崎と勝ち負けを競い合う、同じ土俵に立つことが出来たんですよ」


 恐らくこの試合の直前まで、光崎は歩を勝負の相手として見ていなかった。

 勝って当然の話題作りの踏み台にしか過ぎない相手であり、恐らくあの瞬間まで光崎という傲慢な男は自らの勝利を疑っていなかっただろう。

 競技用ブロスに選ばれなかった自分は教習所時代、光崎から落ち零れと呼ばれるに相応しい存在でしか無かった。

 そんな自分があの傲慢な男を勝てないまでも、勝ち負けが分からない勝負の舞台に引き込めたことに歩は僅かな満足感を覚えていたのだ。


「それに今の時点で、あいつと戦えて良かった。 これから俺たちがやるべき課題が明確になりましたからね…」

「分かっているわよ、帰ったら過去のあらゆるブロスファイトの公式記録を漁るわよ。 今日のようにても足も出なくなる状況は二度とゴメンよ!!」


 今のワークホースには対処不能は戦いに引き込まれた事で、今回の戦いでは劣勢を強いられることになった。

 しかし逆を言えばワークホースに対処方法を学習させておけば、次はこのような一方的な戦いになることは無いだろう。

 幸か不幸かライセンス停止中の白馬システムチームのブロスファイト参戦は、まだまだ先になる。

 これを準備期間を捉えて出来るだけ多くの戦闘動作を身に着ければ、きっとワークホースはブロスファイトの世界でやっていけるに違いない。


「次は勝ってみせますよ、監督。 俺とワークホースの力で…」

「…次は私の指示を聞き逃さないでよ、羽広くん」

「はい!!」 


 途中でリタイアしたとは言え、教習所時代の同期というのは縁が出来るものなのだろう。

 恐らくプライドの高い光崎がプライドを傷つけた歩を放置する筈も無く、そう遠くない内にもう一度あの男と戦うことになるに違いない。

 葵・リクターとはまた異なったライバル関係、歩は次こそは光崎に勝利してみせると犬居に対して宣言するのだった。











 今回のエキシビジョンマッチの顛末は、セミオート機構の排除を目論むブロスファイト連盟の副理事に取って不満の残る結果だった。

 仮にあの戦いで歩が光崎に一矢報いる事無く倒されていれば、セミオート機構という忌まわしい存在の評判は地に落ちたことだろう。

 しかし最後の最後で歩とワークホースは勝ちこそ逃したが、その最後の攻防はセミオート機構搭載機の実力を世に知らしめたのだ。

 元チャンピオンの麻生という先例もあることから、恐らく今後もセミオート機構などと言う邪道に手を染める輩は徐々に出てくる事は確実である。

 このままでは選ばれた人間のみが競い合う、ブロスファイトという神聖な戦いの舞台が汚れてしまうことは確実であった。


「…やはり強硬策に出るしか無いか。 エディ、貴様の思想を私は決して認めない」


 何が副理事にセミオート機構の存在を否定させているか分からないが、少なくとも断固とした意思が見て取れた。

 ブロスファイト連盟の本部内に割り当てられた執務室で、一人の老人が抱いた決意。

 それはセミオート機構によってブロスファイトに挑もうとする歩にとって、激しい逆風となることは明白である。

 歩とワークホースのブロスファイトでの戦いは、まだまだ前途多難の様相であった。



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