17 Hero

 無事に仕事を終えた一花達が本庁の六階へ戻ると、廊下に鬼のような顔をした大きな男が立っていた。

 先頭を歩いていた藤田が呆れ顔をする。それを見た鬼は面白がるように顔をニヤつかせた。


「これはこれは“Shit”の皆さん!今回も素晴らしいご活躍で!」

石井いしい。お前が正確に発音できる英単語はそれだけだな」

「冗談だよ、藤田。怒るなよ。“みっしょんこんぷりーと”を祝いに来たんじゃねぇか!」

「ほら、やっぱりまともに言えないじゃないか」


 ガハハと笑う石井は藤田の肩に腕を回し、一緒に捜査第一課特殊班の執務室へ入ってしまう。藤田はすっかり元のくたびれた横顔に戻っていた。

 鞄をデスク下の床に置き、机上の書類を藤田が纏めている間も、石井はわざとらしい賛辞を並べ立てる。

 その大きな声を背中で聞きながら、私物をデスクに置いた一花はメンバーのために茶を入れに立った。

 椅子に腰かけた藤田が大きなため息をつく。


「心の籠ってないお褒めの言葉、有難く頂戴するよ。それで?組対そたいの石井課長が何の用なんだ?」


 組織犯罪対策部。暴力団による犯罪や銃器、違法薬物の使用・密売買、そして外国人による犯罪を担当する組織である。

 その中で暴力団対策を受け持つのが石井が陣頭指揮をとる課だ。


「今回のホシが何かあるのか?」

「へへっ、さすがは藤田。察しがいいなぁ。実はな――」


(お前こそが組織むこうの人間じゃないのか?)

 そう思わせるような横柄な態度で手近にあった椅子に腰かけ、話を始める。

 自分の椅子を奪われた中堅メンバーの大野おおのは戸惑いながら突っ立っている以外為す術がない。

 一花は給湯室に保管されている大きめの急須に静かに湯を注いだ。


 今回の銀行籠城事件を起こした犯人は、もともと石井が目をつけていた組織の人間だったらしい。それが、何かヘマをしたのか突然組織から破門を言い渡され行方が分からなくなっていた。必死になって石井達が探していたところ、男は刃物を持って銀行に現れた。


「今の世の中、組織を追い出されたヤクザの末路は悲惨だぜ。心を入れ替えようにもマトモな職にはありつけねぇ。以前の暮らしが派手だった奴ほど、その落差に絶望するんだ」

「金も無い、職も無い……か」

「その上アイツはシャブにも手を出してた」

「はぁ、どおりで」

「ん?」


 石井の問いかけに、藤田は少し間を置いた。


「まぁ、どうせ公になることだがな。交渉班が得ていた情報通り、ヤツはクスリ漬けだった。取り押さえた時も訳の分からないことを口走ってたな」

「ほぉ」

「渓なんか気の毒に。ヤツの口にこびりついた白い泡が服に付いたんだ。なぁ?」


 藤田のデスクに湯呑みを置いた一花を二人が見上げる。


「早めに捨てて新しいのを支給してもらえよ?渓」


 一花は無言で頷くと石井にも茶を出して、他のメンバーのデスクを回り始めた。

 石井が見開いた目でその姿を追っている。


「嘘だろう?あのお嬢ちゃんがやってのけたのかっ?」

「人を見た目で判断するなよ?そこらの男よりよっぽど度胸がある」

「はあぁ!」


 石井は感嘆の声を漏らしながら、一花が運んだ湯呑みに口をつけた。

 ズズッと音を立てて三分の一ほど味わうと「よっしゃ」と唐突に立ち上がる。

 後ろで立ち尽くしていた大野が驚いて後退る。


「イイ話が聞けたぜ。つまりアイツは組を追い出された後も売人と繋がってたってわけだ。叩けば何か出るかもな」

「それはそちらの担当だ。任せるよ」

「おぉ!」


 満面の笑みで足音を響かせながら石井が部屋を後にする。

 給湯室に盆を置いて戻ってきた一花と目が合うと、ヤニ汚れた歯をニッと見せて大声を張り上げた。


「がんばれよ!ワンダーウーマン!」


 ガハハという笑い声を残して組対の鬼は帰っていった。

 ようやく自分の席を取り戻した大野が、黙って茶を啜っていた隣の三浦にぼそりと呟く。


「どっちかっていうとブラック・ウィドウだよね」


 気の優しい先輩の頭を三浦は遠慮なく叩いた。

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