…ごめんね。

 僕たちは、それぞれの砂時計を持っている。

 いや、それぞれの砂時計に、持たれている。

 僕たちは、ただ、砂時計の下側で、いつまで落ち続けてくるかも分からない砂をかき分け、生き続けるしかないのだ。


 「ふ~ん」

 僕の意を決した発言に、友人は興味なさ気な声を出す。

 予想通りの反応だ。期待を裏切らない、いつも通りの、何も変わり映えのしない反応。


 友人はいつもこうだ。面倒くさがりで、風に吹かれるまま、飄々と生きている。

 だからこそ、僕も、こんな突拍子のない話を振れる訳だが…。もっと、違う反応も見せて欲しかった。


 「つまんないなぁ」

 僕は思い切って、思った事をそのまま友人にぶつける。

 しかし、少し不安で、視線が探るように、友人の方へ。

 視線の先には、先と変わらず、ネットサーフィンを続ける友人の姿。


 「そっか」

 画面を見つめたまま、一拍遅れて、気のない返事が返ってきた。

 それにイラつく僕。僕は、こんなにも必死に、意を決してまで、言葉を紡いでいるというのに。


 でも、その反応に安心する僕もいる。だって、こんな僕を拒絶しないのだから。

 僕はイライラを飲み込んで、不貞腐れたように、友人の部屋のベッドに横になる。

 ちらり。またしても友人を横目に覗くが、友人が反応する様子はない。


 再び、イライライライラ。しかし、予想通りの反応に、やはり安心を覚え…。

 僕は、友人の本棚から本を勝手に拝借すると、再び、我が物顔でベッドに飛び込んだ。


 「…」

 相変わらず、無反応な友人。

 友人は不快になったりしないのだろうか。

 いや、僕の家で友人がこのような振る舞いをしても、僕自身、不快になる事はないだろうが…。一番怖いのは、不快に思っているのに、言葉に出さない事だ。

 …って、こんなにイライラしている僕が言えた事じゃないか…。


 「…」

 僕は収拾のつかない脳内を落ち着かせる為、本の内容に集中する。


 「…ふぁ~…」

 友人も画面を見ながら、欠伸をしたり、仕舞いには僕の横で別の本を読み始めたりして…。


 「僕く~ん。カレー食べていく?」

 友人のお母さんが下の階から声をかけてくる。

 …気が付けば、もう、夕方だった。

 ご飯をご馳走になるのは悪いし…。

 僕は本を元の場所に戻すと、鞄を手に取った。


 「…また来る」

 帰り支度を済ませた僕を見ると、友人は立ち上がり


 「…んじゃ、駅まで送るよ」

 そう言って、家を出た。


 「さっむ…」

 「…寒いね」

 友人が発した言葉に僕が答える。


 「もう真っ暗だね…」

 「冬だからね…」

 僕の発した言葉に友人が答える。


 「……仕事大変であんまり会えないんだから…。もう少し、相手してよ」

 僕の消え入りそうな声に…。


 「……いやだよ、面倒くさい」

 友人は少し困った顔で、答える。


 「…ほら駅だよ」

 友人は寒そうにコートに首を鵜詰めながら、言った。


 「……駅、近いと便利だね」

 …もうちょっと、一緒に居たいな。


 「…まぁ、僕くん家よりは便利かもね」

 …何か、何かないかな…。あ…。


 「……カラオケよってかない?」

 僕は友人に延命処置を求めるが、


 「…嫌だよ。面倒くさい」

 の一言で一蹴されてしまった。


 「そんなこと言わないでさぁ…。ほら、行こう?」

 なおも食い下がる僕。


 「えぇ~。嫌だ~。親にも送りに行くとしか言ってないし~」

 友人以外の人物を要素に断られると、僕は弱い。

 確かに、もう、ご両親はご飯を作っているようだったし…。


 「ほら、電車きちゃうよ。これ逃したら5分は来ないよ」

 そんな事を考えている僕を、友人は煽ってくる。


 「もう、分かったよ。帰るから。バイバイ」

 そう言って、僕はすっと改札を抜けると、不貞腐れ顔で、友人を見る。


 「…あ、あぁ~あ。行っちゃった。じゃあ、一人でカラオケ行っちゃおうかなぁ」

 友人の声はちょっと震えていて、罪悪感に目が泳いでいて、僕はそれだけで、嬉しくなって…。にやけ顔が見られないように踵を返す。


 「ま、まぁ、今日はしょうがないよ。もう、ご飯できてたみたいだしね」

 この声の震えは友人にばれていないだろうか。

 僕は表情を繕うと、もう一度振り返って、友人を睨む。


 「次は強制連行だから。覚えて置いてね。んじゃ!」

 僕は友人の返事を聞く前に、電車のホームへと階段を駆け上る。

 

 今の一瞬だけでも、僕は友人を砂の底から救えたのだろうか。

 …なぁ~んて、そんな事など、考えていなくて。ただ、僕に反応してくれた事が嬉しくて。


 砂に溺れないように、他人を傷つけないように藻掻き続けるのが辛いなら、傷つけても許してくれる友人の前でだけ足掻けばいいじゃないか。

 でも、それでも、藻掻き続けて、どんどん高みへ登っていく人がいて。

 まぁ、そういう人間は大抵、藻掻いている時に傷つけた相手など、気にも留めていない人が大半なのだけれど。


 そんな人間になりたいかと言われると、なりたくなくて。

 それでも、上があると思うと、僕は藻掻かずにはいられなくって。

 結局皆にケガさせて、その共感覚の分だけ、僕も傷ついて、藻掻き疲れて。


 そもそも、友人は傷つけてよいのか、と言う疑問も沸いてきて。

 そんな事を考えていても、友人に会えば、どうでもよくなって。

 多分、その内、僕は耐えられなくなって、僕入りの砂時計を奈落に投げ捨ててしてしまうだろうけど。


 そんな考えをひと時でも忘れさせてくれる存在が、延命装置が、今の僕には必要だった。

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