私の可愛い天使ちゃん2

 新しい家族である、天使ちゃんを連れて、帰宅した私。

 荷物を置いて早々に、料理ロボットに食材を投入…。

 その間に、お風呂をセットして、今日更新された、あのサイトも見なくちゃ…。

 

 私があたふたしている間中、天使ちゃんは大人しくフローリングの上に、お座りしてくれていた。


 「そこは冷たいからこっちおいで」

 やっと、ソファーの上に腰を落ち着けた私は、天使ちゃんを呼ぶ。

 すると、天使ちゃんは言葉を理解したかのように、笑顔でこちらに寄ってきて、私の横に座った。


 「ん~~!!賢い子!」

 またしても私は、天使ちゃんを頬擦りしてしまう。

 この、もちもちとしたほっぺと、無邪気な笑顔が、もう、たまらなく…。たまらないのだ!


 生き物って、こんなに温かかったのか…。

 今思えば、私は、他人は勿論、生き物にすら、触れてことなんて、一度もなかった気がする。

 物理的な温かさだけではない、笑顔で抱擁を返してくれる、絶対的な安心感。あぁ、このまま溶けてしまいたくなる…。


 「あぅ!」

 私がそんな幸せを享受していると、天使ちゃんが鳴いた。

 何事だろうと、天使ちゃんの視線を追ってみれば、ニュースを見るため、机の上に置いていた端末が、私と天使ちゃんがじゃれている振動で、床に落っこちそうになっていたのだ。


 「ん~~!!やっぱり賢い!賢すぎるぅ!!」

 私は端末が落ちるのも構わずに、天使ちゃんを押し倒し、頬擦る。

 その間中、天使ちゃんは無邪気な表情で、くすぐったそうに笑っていた。

 

 『料理が完成しました』

 料理ロボが机の上に料理を運んでくる。

 丁度、じゃれ疲れた私は、机に向かった。


 と、天使ちゃんはどうして良いのかわからず、ソファーの上で戸惑っている様子。

 食事の席に着いた私が、おいでおいで、をすると、無邪気な笑顔で駆け寄ってきた。

 …そして私の足元で、お座り。


 ……うん。ペットとして、それは正しいんだけど…。


 「そっちじゃなくて、こっち」

 私は天使ちゃんの脇の下に手を入れ、持ち上げる。


 それが、ちょっとくすぐったかったのか、身をよじる天使ちゃん。

 もはや、どんな動作も愛おしく思えてくる。


 私は向かいの席に天使ちゃんを座らせると、その前に、私と同じご飯を出し、食器を並べた。

 知能的には兎も角、体の機能的には人間と同じ動作ができるはずなのだ。


「これをこうして…」

 私は天使ちゃんにスプーンを握らせる。

「こう」

 そして、私自身もスプーンを握って、料理を口に運んだ。


「…?」

 天使ちゃんは料理を咀嚼する私と、自分自身が握っているスプーンを交互に見て…。


「ん…」

 すごい角度で料理の中にスプーンを突っ込んだ。

 おかげで、料理はボロボロと皿から零れ落ち、それでも何とか、スプーンですくう事の出来た、極僅かな料理を、天使ちゃんは必死な表情で口に運んだ。


 難しそうな表情で、口からスプーンを抜き出し、料理を咀嚼する天使ちゃん。その一生懸命な表情に、食事を忘れて、私まで見入ってしまう。

 ゴクン。天使ちゃんは料理を飲み込むと、こちらを向く。

 すると、当然、見入っていた私と目が合う訳で…。そんな私を見て、天使ちゃんは満面の笑みで笑った。


 「か、可愛い…」

 私が見惚れている間にも、天使ちゃんは一生懸命スプーンを使って食事を進めた。


「よ、よし!」「頑張れ!」「もう少し!…」「終わったぁ~~!」

 結局、私は天使ちゃんが食べ終わるまで、その一挙一動に気を取られ、ご飯どころではなかった。

 その後も、零れた料理を食べようとしている天使ちゃんを止めたり、(まぁ、ペットなので、床に落ちたものでも平気なんだろうけど…)今度は私の食事風景をじっと見つめてくる天使ちゃんの視線に耐えたりと、大変だった。

 

 私が席を立てばその後をトテトテとついてきて、興味深そうに私の行動を観察し、隙あらば、私の行動をまねようとする。

 この分だとその内、自分の事は全部自分でできちゃうかも!と、思ってしまう。

 …いや、冷静に考えれば、まだ一人での食事もままならないわけだが…。これが親バカと言うものなのだろうか。

 

 すぐに時間は過ぎ、寝る前のお風呂の時間。

 私が服を脱ぐ動作をすれば、天使ちゃんもそれを真似る。


 自分の服の裾に両手をかけ、一気に上に持ち上げる!


 「ん~!ん~~~!」

 服の裾を持ち上げ、逆さ傘状態になった天使ちゃん。如何やら、服に空いている翼用の穴に翼が引っ掛かり、それ以上進まないようだった。

 だから私は、脱ぐのを手伝ってあげて…。


 そういえば、天使ちゃんは翼が生えているのに飛ばないのだろうか。

 外で見かける野良天使は飛べないと言う事はないだろう。


 そんなことを考えながら湯船に浸かる。

 ……翼はお湯につけても大丈夫なのかな?


 私がそう考えている間に、後を追ってきた天使ちゃんの翼はびしょびしょになる。

 ……翼はシャンプーで良いのかな?


 そう思いながら洗っていると、途中、羽が何枚か抜け落ちた。

 ………不安になる。


 結局お風呂から上がった後も、翼はごわごわで、それを天使ちゃんは気にしている様子。


 そういえば私は天使ちゃんのことを何も知らない。

 食べ物について調べはしたけれど、その結果は人間の食べ物でも大丈夫と言う、大雑把な物だけだった。

 その情報だけで、先ほどの私は満足したが、好き嫌いや、塩分の許容量、必要な栄養素も違って来るだろうし、アルコール類は大丈夫なのだろうか。人間のようなアレルギー反応があるものはないのだろうか。

 考えれば考えるほど不安になってくる。


 私は服を着ると急いで端末を手に取った。

 天使ちゃんが不思議なものを見るような表情で、こちらを見つめてくる。


 私は天使ちゃんを不安にさせないように笑いかけると、ソファーに座り、まずはそのゴワゴワになった翼について調べる事にした。


 …どうやら、翼には翼用の洗浄剤があるらしい。シャンプー等では翼が傷んでしまうとの事。これは明日買いに行かないといけない。

 あとは、翼のゴワゴワは水気を飛ばせば、天使が自ら毛繕いをする為、元に戻るらしく、天使ちゃんが飛べないのは、売られている天使は中羽が切られ、飛べないようになっているかららしい。


 他にも、食べ物は人間と同じでも問題ないが、人間同様個体差があるので、様子を見る事。

 羽の生え変わり時にはカルシウムを多く消費する為、生え変わりの時期には多め与える事。

 知能は高くても幼稚園児程度、筋力は人間と大差ない、等、様々な情報を得る事が出来た。


 途中、眠たそうにしていた天使ちゃんは、いつのまにか私の膝の上でぐっすり。

 私は何も知らなかったのに、これほど信頼してもらえていると思うと、私は涙が出てきそうになった。


 私が誰かに信頼されて、誰かに必要とされることなんて、殆どない。

 精々、面倒ごとを押し付ける事ができる、いくらでも代わりがある、歯車の一つに過ぎないのだから。

 だから、もっと、天使ちゃんのことを知ろうと思った。もっと、ちゃんと守ってあげられる存在になろうと思った。

 

 それから、私は良く天使ちゃんを観察するようになり、色々なことを知った。

 天使ちゃんも私やロボットを真似て、できる事がどんどん増えるようになり、今では仕事から帰れば、料理が食卓に並んでいる。

 自身の身の回りのことを行えるどころか、私の面倒も見てくれるのだ。

 すでに、巷で広まっている、幼稚園児レベルの知能という情報を超えている。


 ただ、羽を整える事は苦手らしく、私が毎日、寝起きや、お風呂上がりの羽を整えているせいで、私の方が、羽を整える事は上手くなってしまった。

 …まぁ、今となっては、それぐらいでしか世話を焼けないので、自分でできるようになられても、私が寂しいのだけれど…。それに、とても気持ちよさそうにしてくれるしね!

 

 そんなある日、帰り道の街中で、ゴミを漁っている野良天使を見かけた。

 野良天使はこちらを見ると盛大に威嚇し、ゴミ袋をもって、ふらふらと飛び去ってしまう。

 私は、その弱々しい背中を、複雑な気持ちで見送って、帰宅した。


 最近、ニュースでもよく取り上げられるようになった、野良天使問題。

 いや、前々から取り上げられていたのだろう。ただただ、私が気にも留めていなかっただけ。

 なんでも、増えすぎた野良天使のせいで、野生の悪魔などが減っている。だとか、先ほどのようにゴミを散らかすのは勿論、民家や店に侵入し、食べ物を漁ったり、農作物や、人に危害を与えてしまった事もあるそうなのだ。


 そのせいで、天使を嫌う人が増え、駆除活動なども盛んになってきているらしい。

 この事実を実際に思い知ったのは、天使ちゃんをリードなしで散歩させている時に、通行人から怒号を浴びせられた時だった。

 おかげで、あれ以来、天使ちゃんも怯えて外に出たがらないし、私としても、出したくない。…しかし、天使ちゃんの体と心の成長の面では…。


 「…って!これじゃあ、天使ちゃんのお母さんみたいじゃん!まだ恋人もいないのに!」

 私の突然の大声に、天使ちゃんがきょとんとした顔で、厨房からこちらを見つめていた。


 「あ、あはは~!何でもないよ~!」

 私がソファーの上から、苦笑し、手を振ると、天使ちゃんも笑顔を返してくれる。


 踏み台を使いながら、楽しそうに料理をする天使ちゃん。

 そして、今まで料理をしてくれていた料理ロボットは、悲しそうに厨房の傍らで機能を停止していた。


 それでも天使ちゃんは、機能を停止しているロボットに料理を教わった事を、恩に感じているのか、ロボットは、天使ちゃんの手で、いつもピカピカに磨かれている。


 …何故だろう、ロボット相手なのに、何故だか泣けてきた。…あぁ、そうか、今の私に…。

 これ以上考えていても悲しくなるだけなので、思考を別の方向へ切り替える。

 

 …しかし、そうか、今考えてみれば、天使ちゃんがあんなに安く売られていたのは、社会的な需要の問題だったのかもしれない。


 というか、そもそも、この天使野生化問題の発端は飼い切れなくなって、逃がした個体や、或いは、脱走され野生化した個体が原因であって、天使達のせいではなく!


 ……あぁ、そうか、私達みたいな、碌に調べもせず、軽い気持ちで買った人間のせいなのね。


 「あぅ!」

 「はぁ~い」

 勝手に盛り上がって盛大に自爆した私は、天使ちゃんの声に呼ばれ食卓に着く。

 もはや、どちらが主人か、分からない。

 いつも通りの和やかな風景。


 「天使ちゃ~ん。明日、私、野良人間と子供シェルターの駆除清掃担当なんだよ~。くさい~。めんどい~」

 愚痴る私の頭を無邪気な笑顔で撫でてくれる天使ちゃん。

 今日も可愛い天使ちゃんに慰められながら、私の一日は終わっていくのでした。

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