毒虫

         毒虫  

 

 ある朝、目覚めると、男は毒虫になっていた。

 男は、自身の置かれた状況を認識すると、真っ先に森へ向かった。

 醜い人間から逃れるために。

 

        ヒーロー

 

 グシャ!

 男の子が毒虫を踏み潰した。

 男の子は「こいつ毒がある悪い虫なんだぜ!」と、皆に言う。

 それを聞いた取り巻きは、「噛まれなくてよかった~。ありがと」「流石、物知りなだけあるね!助かったよ!」と、口々にお礼を言う。

 男の子は「えへへっ」と、得意げに笑った。

 

       正義

 

 踏み潰され、未だに痙攣するかのように、足をピクつかせる毒虫。

 「毒虫だからって…。何もしてないのに、殺しちゃうなんて可哀そうだよ…」

 誰かがそう呟いた。

 その声にみんなが手のひらを貸したように賛同した。

 その日、毒虫を踏み潰した男の子は、男の子より大きな力によって踏み潰された。

 

       罪と罰

 

 今日、虐められていた男の子が自殺した。

 虐めの発端は何だったのか、その事すら誰も覚えていない。

 現に発端など知らずに虐めていた子も多いだろう。

 男の子は飛び降り際にこう言った。

 「死んでしまえ。毒虫ども」

 その言葉を理解できるものはいなかった。

 「毒虫だからって…。何もしてないのに、殺しちゃうなんて可哀そうだよ…」

 最初にそう呟いた、彼女を除いて。

 彼女はいじめに参加していなかった。

 毒虫を踏み殺した彼が正しいとは思わなかったが、虐めも正しいものだと思わなかったから。

 でも、事の発端は私だ。

 そして私は虐めを止められなかった。

 だから彼は死んでしまった。

 彼女は罪悪感にさいなまれ、毎日を過ごす。

 ふとした瞬間。彼女は顔を上げ、辺りを見回す。

 すると、誰一人思い悩んだ顔をしている人が目に入らなかった。

 みんな、みんな。彼を虐めていたはずの皆。そんな皆が何もなかったかのように笑っている。

 彼女は血の気が引いた。

 「死んでしまえ。毒虫ども」

 彼女はその瞬間。彼が言っていた言葉の本当の意味を理解した。

 

       毒虫

 

 「あ、そういえばこの話、知ってます?近くの小学校で…」

 「そりゃぁ、知ってますよ。女子児童がクラス中の子を刺したって…」

 「死んでしまえ、毒虫どもが!って、叫んでいたらしいわよ」

 「近頃の若い子は何を考えているか、分からなくて怖いわぁ」

 「そうねぇ…」

 

       ヒーロー

 

 私は目が覚めると毒虫になっていた。

 警察に取り押さえられて、じじょーちょうしゅだと、小さな狭い部屋に入れられて…。

 その後の記憶がない。たぶん、疲れて寝てしまったんだろうけど…。

 「まぁ、そんな事、どうでもいっか」

 私は這って、狭い部屋を出る。

 これであの子はスッキリしてくれたかな。

 ううん…。あの子はもう死んじゃったから。結局、スッキリしたのは私だけだ。

 私は施設を出る途中、私は両親と出会った。

 …両親は気持ち悪そうに私を一瞥いちべつしただけ。その後すぐに、警察との話に戻ってしまった。

 その後、私は当ても無く彷徨い、毒虫を殺して回った。

 私がすっきりする為だけに。


      正義


 「おら!御免なさいって言え!」

 傷だらけの男の子が住んでいた家はやはり、家庭内暴力が行われていた。

 私は、すっと、暴力を振るう父親に近づき、噛みつく。

 その父親は、もだえ苦しんだ後に死んだ。

 私はスッキリした気持ちで、その遺体から這い出すと、ボコボコにされていた男の子と目が合う。

 恐怖した目だ。私を見て恐怖している。

 男の子は新聞を丸め手に持った。

 生憎な事に私の足はそれほど速くない。それに、私の脆弱な体は、男の子の軽い一撃でも破壊するのに十分だった。

 逃げても無駄だ。…それに疲れた。

 私は男の子を見つめる。もう終わりにしてくれと。

 男の子は、その新聞紙を私の方に向け…。そっと、私の目の前に突き出した。

 状況を理解できない私が、目をパチクリさせていると、彼は恐怖で引きつった顔をして笑う。

 「た、助けてくれたんだよね…?ありがと。…ええっとね…。直接は触るのは怖いから、新聞越しに握手ってことでいい?」

 そう言う彼に。私は戸惑いながらも近づいた。

 「ひぃぃぃ!」

 近づかないと、新聞紙に触れないと言うのに、彼は怯えた様に飛びのく。

 「……」

 無言のにらみ合い。…とは言っても、元々、私は声を出せないわけだが。

 「……」

 じれったくなって、私は彼に近づく。彼は悲鳴を上げて逃げる。

 逃げて追ってを繰り返す事、数十回。私はとうとう彼を、部屋の隅に追い詰める。

 私は怯えてうずくまる彼に勢いよく、彼に飛びついた。

 「……」

 抵抗があるものだと思ったのだが、彼はだんまり。それどころか、微動だに一つしない。

 私が彼の体をよじ登り、顔を確認捨て見れば、泡を吹いて倒れていた。

 私は呆れて首を振る。そんなに怖いなら叩き潰せば良かったのに。と。


 これが、臆病な彼と、醜い彼女の出会い。

 今後、彼らがどんな化け物に育ち、どんな正義のヒーローに殺されるのか。

 それは、また、別の話。

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