第33話 魔物の女王

 その後もアビスモとルリジオの二人の前では巨大な魔物の群れも、毒を吐く魔物も、岩すらも紙細工のように切り裂く風を放つ鳥頭の空飛ぶ巨人の魔物も難なく倒されていく。

 どんな攻撃もアビスモが一瞬のうちに魔法で跳ね返したり相殺し、その間に剣を抜いたルリジオが魔物の首や頭を一刀両断してく。

 しのぶたちはただそんな英雄二人に守られて順調に進んでいく。いつのまにか彼らの目から見える景色は赤茶けた岩と砂が広がる荒野から、鬱蒼とした濃い灰色の岩が立ち並ぶ荒涼とした土地になっていた。


「俺様は先代の王たちから、過去の勇者の伝承も聞いていたが、実際に圧倒的な力を持つ存在を言うものを目の当たりにすると恐怖で足がすくむものなのだな…」


 鉄の馬を闊歩させながらそういったオノールを、信が不思議そうな顔で見つめると、彼女はふっと口の片側をあげてニヒルな笑みを浮かべた。


「シノブが来た時は逆に頼りなさそうな男で不安になったのは確かだが…」


「知っていたつもりだが、やっぱりニンゲンってのは勝手なもんだな」


「何も言い返せんな。不敬だが許してやるとしよう…肉の身体を失い世界の歯車に徹していたつもりの俺様も立派な人間だと知れたのだからな…」


 吐き捨てるようにそういったスコルを見ても、オノールは笑みを崩さないまま、少し遠くで魔物たちを一方的な力で撃退しているルリジオたちを見ながらそういった。

 少し気まずくなったのか、スコルは鼻を鳴らして前を向くと少し後ろを歩くハティの隣へと移動する。


「さて…もう少しで月の神殿の門が見えるところだが…これはどうしたものか」


 しばらく歩き続けた一行の目の目には、切り立った崖のような岩壁と山が立ちふさがっている。

 オノールは鉄の馬に乗ったまま腕組みをし、一通り魔物を掃討したルリジオとアビスモは彼女を挟むように両脇に佇んでいる。


「この岩山をぶち抜くか、飛び越えればいいんじゃないかな?」


 しまっていた剣を抜いて岩壁の前に立ったルリジオがのんきな声でそういうと、なにかに気が付いたらしいアビスモが眉間にシワを寄せる。


「下がれ!」


 短くそう叫ぶと、声に反応したルリジオはタッと軽やかに地面を蹴飛ばして上空へと身体を翻す。

 叫んだのと同時にアビスモが展開した半透明な魔法障壁に思い切り目の前の岩壁がぶつかり、逃げそびれた信たちは障壁と岩壁の耳をつんざくような衝突音に身をすくめた。


「ォアアアア…」


 岩壁が動き、美しい管楽器のような、笛のような音色が大音量で響いたかと思うと、岩壁の端にあった山が隆起する。

 ゆっくりと起き上がったそれは岩のような鱗を持つ巨大な半人半蛇の魔物だった。岩壁だと思っていたものはその魔物の尾だったことに一行は気がつくと、上半身を持ち上げて再び美しい鳴き声をあげる魔物の顔を見る。

 身体を縁取るように覆っている濃い灰色の岩のような鱗と、顔から腹まで続く青白い肌…羊のような真っ黒な巻角を冠した深緑の長い髪を揺らしながら、魔物は金色に輝く巨大な瞳で信たちのことをじっと見つめていた。


「実際に目にするのは初めてだが…間違いない。こいつが魔物の女王だ…一旦下がるぞ」


 忌々しいものを見るように顔を歪めてスコルとハティと共に鉄の馬に乗って後退しながらオノールはそういったが、スコルとハティからそれぞれ飛び降りた信とルリジオは魔物の女王をじっと見上げて動こうとしない。


「なにしてる!?」


 魔物の女王の濃い灰色に覆われた鋭い爪の巨大な手が信とルリジオを潰そうとするかのようにゆっくりと振り下ろされるのを見て、オノールの怒号が響く。

 背中に二人を載せようとスコルとハティが慌てて元の場所に戻ろうとする中、ルリジオと信は満面の笑みでオノールたちの方を振り返った。


「すごい巨乳なんだ…!見てくれあの素晴らしい谷間を…。岩のような鱗に覆われている乳房の外側は乳輪まで隠していて、乳首が存在しないようだ。恐らく魔物たちはあの蛇の下半身にある生殖器のような穴から生まれてくるのだろうね。下腹部がふっくらとしているのは彼女の胎内で今まさに大量の魔物が製造されているからなのかも知れない。白い岩だと思っていたけどきっとココらへんの岩は彼女が生んだ卵なのかも知れないね…。ということは授乳をする必要がないにもかかわらず、乳房は著しい発達をしているという点だ。乳首の存在しない豊満な乳房を持つというのは非常に珍しい。それに女性や地母神…豊かさの象徴でもあるのだろうね。硬い鱗と谷間の内側にあるやわらかい肉という対比が素晴らしい…そう思うだろうシノブ」


「硬い鱗で覆われた両手と首の外側…女性の上半身で最も柔らかいとされるおっぱいと腹を露わにするというデザインは、まるで服のようでこれは谷間を出すなと常日頃思っている僕も流石に谷間を最高に映えさせる最良のものとしか言えませんね。ボク個人としては胸の上側も鱗で覆って、下半分を露出するという形でもいいのですがそこは好みの問題です。それに巨乳だ…まるで山のような胸が遥かなる高みで揺れている…」


「…お前ら…俺が結界を張っているからってゆっくりしやがって…」


 ぐぐぐ…とアビスモが張った障壁ごと、魔物の女王の手によって地面に押しつぶされそうになっている三人の元へハティとスコルが駆け寄っていく。

 ルリジオと信はそれに気がつくと、緊張感の欠片もない様子で彼女たちにまたがり、オノールの元まで後退していく。

 バリンと音を立てて割れた障壁に驚いた顔をした魔物の女王は、信たちが逃げたことにやっと気がつくと一行を睨みつけた。


「ォアアアア…ォアアアア」


 まるで威嚇をするかのように、金色の目を見開くながら空気を震わせるように魔物の女王が声を上げると、彼女の下半身からポロポロと楕円形の卵が地面に落とされた。

 蛇の卵のようにやわらかな殻を破くように出てきたのは象ほどはありそうな真っ黒なドラゴンたちだった。

 スコルとハティが姿勢を低くして唸り声をあげ、ドラゴンたちを迎え撃とうとすると、後退してからもなにか話していた信とルリジオが急にハイタッチをして笑い声を上げた。


「巻き角の君を傷つけずに、ここを通れる良い作戦じゃあないか」


「俺としても、巨乳を傷つける訳にはいかないですからね」


 二人は笑みを浮かべたままそういうと、戦闘態勢のオノールたちを静止して、魔物の女王の前に歩き出した。

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