第30話 希望のある撤退

 金髪の青年と紫髪の青年が同時に魔物の群れの中に飛び出していくのをしのぶたちはただ見ていることしか出来なかった。

 巨大なゴーレムたちすら一体で立ち向かえば簡単に打ち負けてしまうような巨大な魔物たちがたった二人の青年によって次々と屠られていくのが見える。

 信たちを手こずらせていた双頭の蛇もいつのまにか頭から尾先まで綺麗に真っ二つに切り裂かれた姿で横たわっていた。


「先々代からの…何百年もゴーレムたちが手こずっていた魔物を…こんな簡単に…」


「わたしたちよりよっぽど化物ね…」


 呆然と立ち尽くしているオノールの横で、頭の上にナビネを乗せたハティがそう呟いた。


「これは…このまま魔物たちを倒してくれるなら龍の聖域を経由しなくてもいいのでは」


 すっかり周りから魔物の気配が消えたことに安心した信は、同じように隣で立ち尽くしているオノールにそんなことを漏らす。


「龍の聖域も安全とは限らない…この魔物が闊歩する地帯より生き残れる可能性が高いだけだ」


 オノールはそんな信の言葉に頷きながらこういうと、少し遠くで見える黒い炎が燃え盛って消える様子をぼうっと見つめていた。

 土煙が舞う中、すっかり静かになった一帯でどうしていいかわからず立ち尽くしている一団の前に、二人の人影が戻ってくる。


「ど、どうした?」


 金髪の青年ががっくりと項垂れているので、思わず身を案じて駆け寄ろうとしたオノールを、紫髪の青年が静止する。


「いやなに、さっき見かけた1つ目の巨人モノクロプスの雌に振られておちこんでるだけだ。気にしないでいい」


1つ目の巨人モノクロプス…あの知性もなくただ力の限り手にした武器を振り回すだけの魔物に失恋…?女神のような人の見た目に近い存在ではなく…あの1つ目の巨人モノクロプスのことを言っているのか?」


「だって巨乳だぞ!?青くて硬い肌…まるで鋼のような硬い手触りの体毛が生えている中にひっそりとあるあの豊満な乳房…。しかも、僕の知っている1つ目の巨人モノクロプスとは違って肌の所々に石の鱗のようなものが生えていてだな…肌に触れたときに乳房の柔らかさの中に鱗の硬い手触りが入るのはとても新鮮で美しいと思うんだ。いや、残念なことにこちらの言うことを理解する知性がなかったのか恥ずかしがって逃げてしまったのかは定かではないのだけれどね…ただ少しばかり大きいと言うだけで巨乳なことには変わりない。僕は目の前に素敵な美の女神がいたら積極的に妻になってくれるようにお願いすることにしているので…」


 急にカッと目を見開いてそういった金髪の青年だったが、眼の前にいるオノールの胸部を見て再び穏やかな表情に戻ると言葉を途切れさせた。


「ああ…銀の鎧の君か。総合的な大きさを優先させてしまったことは謝罪するよ。貴女は身体と乳房の比率で考えるとたしかに1つ目の巨人モノクロプスよりも巨乳だ。後回しになってしまったことを心より謝罪させてほしい。改めて僕の妻にな…」


「は?え?いや、俺様がいいたいのはそういうことではなくてだな…そもそも俺様は由緒あるこの太陽の門を守護する王族の生き残りだ。異世界から来た召喚者の妻になることを了承など出来ぬ」


 いきなり自分の前に跪き、手の甲に口吻をそっとしてきた金髪の男にさすがのオノールも驚きを隠せないようだった。

 それでも尚、王としての威厳を保ちながらそういうと、金髪の青年は残念そうに笑って立ち上がる。

 王だと聞いたからか、金髪の青年はオノールに一礼をして一歩下がり、紫髪の青年の隣へ戻っていく。

 そんな金髪の青年のことを信は真剣な表情でじっと見つめている。


「結婚の件は残念だけど、異世界から来た召喚者ってのがなんなのかちょっとよくわからなくてね。銀の鎧の君…詳しく話を聞いてもいいかな?」


「そうだな…詳しく話をしてもいいのだが」


 金髪の青年の向こう側を見て眉を顰めたオノールを見て、異世界から召喚された二人の青年は後ろを振り向くと、一層したはずの魔物たちの軍団が新たにこちらへ大挙してくるのが目に入る。

 呆然としていた信たちだったが、大挙してくる魔物に気が付いてスコルとハティは威嚇をするように低い唸り声をあげ始めた。


「一度城へ戻ろう。仕切り直しだ。ゴーレムたちも予想以上に消耗した」


 鉄の馬にひらりと飛び乗ったオノールは、そのままゴーレムたちの隊列を潜り抜けて元来た道を疾走する。


「…金色の方と紫色の方、嫌じゃなければわたしの背中に乗ってもかまわないわよ?」


 ハティに促され、信のバングルが呼び出した二人が彼女の背中に乗るのを見たハティも、信を背中に乗せて走りだした。


「…シノブ、守れなくってごめんな」


 小さな声でそう呟いたスコルの耳を信はそっと撫でると、彼女の首にしっかりと手を回して首を横に振る。


「大丈夫。俺も強くなるから…それに強い助っ人も来たし、なんとかなりそうだ。あの金髪の人は信用できる。そう思うんだ」


 あっという間にルズブリーの巨大な門の前に辿り着いた信たち一行は再び城の中へと戻っていくのだった。

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