第29話 二人の英雄

「――っ」


 もうダメだ…そう思いながらもナビネを庇うように抱きかかえたシノブが、右腕に持った剣を咄嗟にブルレーンの口に向けた。

 信は覚悟を決めて目を閉じた。ちょうどその時、稲光のような激しい光が炸裂して、ブルレーンは身体を仰け反らせて地面をのたうち回る。


「た、助かった…」


 そう言いながら、ナビネを抱いてへたり込む信の目の前には、彼が腕に装着していたはずの金色のバングルが浮かんでいた。

 眩しくはないが、それでも十分すぎるほど眩しい光を放っているバングルは、数秒震えると青い宝石から球状の光を吐き出して砕け散る。


「なんだ…」


 最初は子供の頭ほどだった光は揺れながら少しずつ大きくなり、大人一人ほどが飲み込めそうな大きさになった。

 目が眩んでのたうち回っていたブルレーンが立ち上がり、先程の仕返しだと言わんばかりに光の玉へと突進してく。

 オノールが、信の方を見てなにか叫んでいるのが聞こえる。どうやら二頭の大蛇をゴーレムと共に押し留めていることで精一杯のようだ。

 立ち上がったスコルが、球状の光を突き抜けて突進しようとしている信の方向へ駆け出す。

 地面を蹴り上げ、高く跳び上がったスコルが、信の首根っこを掴んで自分の背中へ放り投げた。

 そのまま正面から走ってくるブルレーンに、姿勢を低くして応戦しようと構えた時だった。

 一筋の金色の光が、ブルレーンの身体を横切る。

 一瞬間を開けて、ブルレーンの身体が横半分に分かれて血を吹き出しながら地面に倒れた。


 二頭の大蛇も、ゴーレムたちも、魔物たちも、ブルレーンの壮絶な断末魔に気を取られて動きを止める。

 常に騒音に溢れていたゴーレムたちと魔物たちの戦場に一時だけの静寂が訪れた。


 そして、その静寂の中、揺らめく青い光の中から二つの人影が歩いて出てきた。


ダヌママンに頼まれていたから、出てきた入り口にとりあえず入ってみたはいいけど…随分埃っぽいところに出たね」


「…俺はなんで腕を掴まれてわけのわからない場所に連れてこられたんだ…」


 短く切りそろえられた金色の絹のような髪をした青年が、金色に光る剣を振って血を振り落とす。

 彼の青い瞳が見ている先には、不健康なまでに青白い肌をした紫色の長い髪をかきあげてながら不機嫌そうな顔をしている血のように紅い髪の青年が立っていた。


 美しすぎて、まるで物語の中から王子という概念が抜け出してきたかのような金髪の青年と、吸血鬼のような鋭い目つきの美しい青年の二人が呆然としているスコルと信の方へと無防備に歩いて近付いてくる。

 ブルレーンが一刀両断になり、静まり返っていた魔物たちは青い光から出てきたのが人間だとわかると、再び活気を取り戻す。

 魔物たちが動き出すのに合わせて、静止していたゴーレムたちもそれに応戦するために再び動き出した。


「お前ら…一体何なんだ…」


 唸り声をあげながら後ずさりをするスコルの隣に、意識を取り戻したハティが駆けつけて、同じように謎の二人の男を見て険しい顔になった。


「僕たちは…」


 青年がなにか話そうとした時、急に横から巨大なトカゲの魔物が突進してきた。

 さっと身体を翻した金髪の青年は、涼しい顔をしたまま、いつの間にか抜いていた黄金の剣でトカゲの魔物の頭を一突きするとにこやかな顔のまま話を続けようとする。


「シノブ!さっきの光と断末魔はなんだ」


 大声でそう言いながらこちらに駆けつけたオノールは、一刀両断にされたブルレーンと、剣に貫かれたまま持ち上げられ、たった今ブルレーンの死体の上に投げ捨てられたトカゲの魔物の死体を見て口をあんぐり開けたまま立ち止まった。


「…あのブルレーンをあっさりと倒すなんて」


「だから僕たちは…」


 にこやかな顔をしたまま金髪の青年が再び口を開こうとすると、オノールを追ってきたらしい双頭の蛇の一匹が、地面から現れて彼女を飲み込もうと大きな口を開いて飛びかかる。

 蛇に気が付いて剣を構えたオノールだったが、蛇は彼女に襲いかかることなく横から飛んできた真っ黒な炎に灼かれてその場で炭になって地面に崩れ落ちた。

 目を丸くして自分を見ているオノールを気にすることなく、真っ黒な炎を放ったらしい紫髪の男は周りを見渡してから、金髪の青年を見た。


「…ここにいる魔物を全部ぶっつぶさないと話しなんて出来なそうだが…どうする?」


 髪の毛をかきあげながら金髪の青年を気怠げに見つめる紫髪の青年の前を無視するように通り過ぎ、金髪の青年は棍棒を振り回しながらこちらに向かってくる1つ目の巨人へ一直線に歩いていく。


「おい!待てって!せめてここがどこなのかとか聞いてからにしろ!ちょうどここに話が通じそうなやつらがいるだろ?」


「いや、僕はちょっとあの1つ目の巨人モノクロプスのお嬢さんに話があるから君はちょっとあの人達に話を聞いておいてよ。大丈夫だから」


「あの1つ目の巨人は平気だろうけど、こっちのニンゲン共はお前が他を口説いてるうちに多分全員死ぬぞ」


 残った双頭の大蛇に周囲のゴーレムを破壊されて、巨大な魔物に囲まれつつあるおノールと信たちを指さして、紫髪の青年は叫ぶように言うと、はっとしたような顔をして金髪の青年は踵を返して戻ってきた。


「シノブ…あの二人は金色のバングルが出した光から現れたんだな?」


「間違いない!あの金髪の男が一撃でブルレーンを倒したんだ」


「召喚された英雄殿!貴方たちに助けを請いたい」


 オノールがそう叫ぶようにいうと、いつの間にか馬の上にいた金髪の青年は、彼女のガントレットを付けた手を持って微笑んでいた。

 そのままオノールのガントレットに包まれた手の甲に口づけを落とした金髪の青年は剣を抜いて一振りしてみせた。

 オノールの周囲の魔物の頭だけを的確に落として、周りに血飛沫の花を散らしながら金髪の青年は微笑んで湖のように穏やかに光る青い目で彼女を見つめる。


「勇ましく美しい巨乳の銀の鎧の君…僕がここに来た目的とは違うかもしれないが今は貴女のためにこの剣を奮おう」

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