第23話 世界を守る王女

『ルズブリーに帰還完了』


 2日ほど走り続け、やけに高い岩山のようなところへ来たゴーレムから抑揚のない音声で告げられ、内部の明かりが消える。

 胴体の部分に再び開いた穴からしのぶたちがゆっくりと降りた先には見知らぬ一人の小柄な銀髪の女性が佇んでいた。

 腰に手を当てて、右目のモノクルから除く緑色の瞳で品定めをするように四人を目にした小柄な女性はそう言うと口元を歪めてニヤリと笑う。


「…小柄で男装モノクル巨乳っていうのはさすがに属性が大渋滞過ぎないか?好きだけどね」


 信の言葉を聞いて、ナビネとハティは顔を見合わせて溜息をついた。


「ご苦労だった。ヴァプトンからの魔力提供が乱れたと思って気になっていたが…なるほどこの白狼が原因か」


 貴族の男性のような綺羅びやかな服で身を包んでいるその女性は、石像のように灰色がかっている右手で肩の前に垂らしているまとめ髪を後ろに払うと、彼女の手の甲についているダイヤ型をした橙色の宝石がキラッと光を反射して瞬いた。


「あの…ここは…」


 目の前にいる人物がルズブリーの住人だと判断した信が口を開くと、目の前にいる女性は姿勢を但し、形式的なお辞儀をしてみせると、不敵な笑みを崩さないまま四人の顔を見上げる。


「挨拶が遅れたな。ようこそ太陽の領域最後の砦ルズブリーへ。俺様は石人形ゴーレムたちの唯一の主人にしてルズブリー最後のニンゲン…オノール様だ」


「っていうか、ヴァプトンからの魔力提供って何よ?わたしはそんなのした覚えないけど」


 食って掛かるようにそういったハティを見て、オノールは目を細めてわらうと「ついてこい。道すがら話してやろう」と言って背を向けて歩き出した。

 ヴァプトンにあったものよりも巨大な石門が左右にいるゴーレムによって地響きのような音を立てながら開いていく。


「ヴァプトンからの魔力提供だがな…ニンゲンたちにも魔力はあるのは知っているか?蜘蛛共の糸を使って織った衣を通してこちらにヴァプトンのニンゲンたちの魔力を送らせているんだ」


「魔力を送る?そんなことを相手の承諾なしにしてるってのか?」


 ナビネがパタパタと羽を動かして驚いた声を上げると、オノールは声を出して笑った後にこう付け加えた。


「命に影響しない程度の魔力を借りているだけさ。その代わりに俺様がここでゴーレムたちを使って太陽神の領地を守り続けているってわけだ」


 白い石で出来た円柱の柱が左右対称に等間隔で並んでいる通路をしばらくあるいていると、周りが開けた場所へ出た。

 円柱の柱が並んでいる通路を中心にして、大きな石造りの建物が敷き詰められるように並んでいる。

 やけに静かなその街の中で整えられた道を忙しなく歩いているのはどれもこれも信たち人間と同じくらいのサイズのゴーレムたちだった。町中を歩いている小さなゴーレム達の顔には、信たちを運んだゴーレムと同じように紅い石が嵌め込まれていてチカチカと時折明滅を繰り返している。


「ここにニンゲンはいない。俺様がルズブリー最後のニンゲンだとさっき言っただろう?」


「フギンとムニンの言ってた『街が持ち堪えていれば…』ってのはそういうことだったのか」


「あの烏共…そんなことを。まぁ…確かにギリギリの状態だということは否定しないが…それをわかっているのならもう少しこちらに歩み寄ってほしいものだ」


 眉間に皺を寄せながらも口元の笑みは崩さないまま、オノールは腕組みをして歩き続ける。

 小型のゴーレムたちがひしめき合っていたところから更にしばらく歩くと、信たちを迎えに来たゴーレムと同じか一回り大きなゴーレムたちが武器を持っている姿が目立ち始める。

 武器を手にしているゴーレムたちの顔についているのはオノールと同じ橙の石だった。

 真っ青な石から放たれる光をゆっくりと明滅させているゴーレムたちは整列をして同じ方向へ向かっているようだ。

 柱の並ぶ通路が終わり、真っ白な石造りの要塞のような城の前でオノールは足を止めた。金で縁取られた青い石扉を小型のゴーレムが開く。

 まず目に入ったのは象牙色をした竜と女神像の彫刻だ。威嚇をするように大きな口を開いている竜のすぐ隣で両手を上げている女神の頭上には太陽のように輝く丸く磨かれた石の玉が飾られている。


「これは…ミトロヒア様の像と…太陽の宝玉だ…それに…この竜は」


「さすが太陽神の眷属。気が付いたか」


 女神像の足元まで飛んでいって愕然としているナビネの横に立ったオノールは、太陽の宝玉を見上げて眩しそうに目を細めたあと、驚いているナビネの顔を覗いて笑みを浮かべた。


「この女神像の隣りにいるのは本物の竜らしくてな。その生命と引き換えにここに女神像を運んだのだ。といってもその時の正確な事情は生まれていない俺様が知る由もないのだが」


「この宝玉でゴーレムたちを操ってるのか?」


「太陽の宝玉、ヴァプトンからの魔力、そして王の体の一部を石化した竜に捧げることで得る錬金の才でルズブリーの防衛機構は維持されている」


 オノールはそう言って自分の右手をナビネに見せる。

 石のようだと思っていた彼女の右腕はどうやら生まれてからすぐに生贄として捧げられたらしい。


「なるほどな。何百年経っても太陽がマーナガルムに呑まれないのはそういうことか」


「この宝玉、月だとか魔物の力を広範囲で制限するのね。どうりでヴァプトンでは思うように暴れられないと思ったぁ…」


 感心した様子のハティとスコルの隣で、ナビネはオノールの右手を気遣うようにそっと触れて彼女の顔を覗き込むように見上げてそういった。


「ルズブリーが沈んで太陽の宝玉を壊されれば崖下にいる化物たちが一気に南に攻めて行くからだ。父上や母上…それに代々の王たちの犠牲が無駄になると思うと俺様も諦める訳にはいかない。必要な犠牲というものだ。それにゴーレムを作る技術を応用して強化したこの腕も便利なものだぞ。やわな剣なら折ることも出来るしな」


「それにしても…何故人がこんなにもいないんだ?」


「昔はヴァプトンから志願者を募っていたのだがな。ニンゲンは危険な環境に長時間晒されると魔力の質も量も落ちることがわかったのだ。食料や治安の問題もある。魔力の量も落ちてめんどうなことも増えるのならゴーレムだけの方がよほど効率がいい」


「それなら俺たちを招く必要はなかったのでは?」


 信が首をかしげると、オノールはクスリと笑った後に少し意地悪そうな笑みを浮かべて彼のことを見た。


「ヴァプトンから転移させられた冒険者がルズブリーに向かうということは、魔王城を目指すということだ。そんな世間知らず共に現実を見せて覚悟を問うてやろうと思ったのだよ」


 自分の言葉にハティとスコルが眉を顰めたことも気にせず、オノールは腕組みをしたままゆっくり歩き出して、部屋の奥にある白くて大きな扉の前で立ち止まった。


「500年もの年月、太陽神の領域を守ってきた俺様のゴーレムたちも、段々と数が減ってあいつらに押され始めているのが実情だ。俺様のかわいいゴーレムたちを直に突破するであろう月の女神が生み出した化物共をお前らは蹴散らせるか?」


「…それをしないと魔王城へ向かえないのなら蹴散らしてみせる」


 信の言葉にハティとスコル、そしてナビネが頷いたのを見て、オノールはモノクルを人差し指で直し、驚いたような表情を浮かべながら振り向いた。

 

「ふははは。面白い。そうでなくてはな。現実を見てもその闘志が揺るがぬのなら俺様はお前たちに手を貸してやろう」


 両手を広げてそういったオノールが、ゴーレムが開いた白い扉の中に入っていく。

 顔を見合わせて頷きあった四人は彼女に続いて光が満ちた真っ白な空間の中へと進んでいった。

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