第22話 迫りくる巨大な石人形

「ルズブリーってのはこっちの方向であってるんだろうな?」


「なんとなく街道沿いにあるとは思うんだけどぉ…ヴァプトンの外に出るなんて数百年ぶりだしぃ…あの頃はこっちに来たばっかりだったから地理なんてわからないわよ」


 半日くらい歩いたところで立ち止まったスコルとハティは辺りをキョロキョロと見回しながらぼやき始めた。

 急に放り出されてルズブリーについての情報収集も出来なかったため、しのぶも歩いている方向に不安を覚え始めていたようで、二人の言葉に頷き、大体の地理を把握しているはずのナビネの顔を、三人は見つめる。


「そんな目でオイラのことを見られてもよぉ…ヴァプトンよりも北はミトロヒア様の力が及びにくいからってあんまり来たことがないんだ」


「確かルズブリーまでは太陽神ミトロヒアの管轄だろ?」


「そうなんだけど…先代のオイラが死んでから100年…あそこには一人で近付くなって言われてたんだよぅ」


「管轄とかあるんだ」


 少し強い口調でスコルに問い詰められたナビネは今にも泣きそうなナビネ顔で頭を垂れる。そんなナビネの頭を撫でてやりながら、信は驚いた様子でそう呟いた。


「一応、この世界の北半分は月神の管轄・南半分は太陽神の管轄って取り決めをしていたんだ。もちろんその神の管轄だったからってその神を崇めなきゃいけないわけでもないけどな。…で、ルトラーラあたしの本体がマーナガルムに呑まれて狂気に染まって200年ほどで北半分の世界はニンゲンも街も村も全部滅んだ」


「マーナガルムは支配者は私よーなんて月の女神と変に混ざってめんどくさいし、とりあえず月が食べられそうにもないならせめて観光でもしよーっとって思ってヴァプトンで暮らしてたら、いつの間にかお姉さまもいなくなっちゃうしー」


 ハティは唇を尖らせながらスコルの方を見ると、スコルが鼻の頭を指でかいて気まずそうに目をそらした。

 自分に抱きついたハティを引き離そうとスコルが彼女の白い髪の毛を掴んで引き剥がそうとしているのを仲裁しようと信が口を開きかけたときだった。ズシンズシンと地響きのような音が自分たちの方へ近付いてくることに気が付いたスコルとハティが音のする方へと目を向ける。

 切り立った崖の麓にある森からその音は響いてきているようだ。

 信に目で後ろに下がるように合図をしたスコルとハティがそれぞれ武器を構えていると、音の主らしき巨大な造形物が森の木々をかき分けて姿を表した。

 それは、一軒の家と同じくらい高い背をした石で出来た丸みを帯びた人形だった。その人形の顔の部分には紅い石が嵌め込まれていて、日が暮れかけている状態でそれは照明のように鮮やかな光を前方に放っている。


 止まることなくこちらへまっすぐと向かってくる巨大な石人形にハティとスコルがいよいよ手に持っている武器を持って飛びかかろうと体を低くしようとすると、まるでそれを感知したかのように、巨大な石人形はその場で前進することをやめた。


『ヴァプトンから魔法によってポイントDに転移された三名のニンゲンと一匹の生命体を確認した。こちらはルズブリーを守護する人造石人形ゴーレム。武器の所持を確認。悪しき魔王軍と戦うためヴァプトンから送られた増援と見受けたが間違いはないか』


 抑揚のない少しくぐもったような声でゴーレムは顔の部分に着いている紅い石の光をこちらにむけるように顔を傾ける。

 スコルとハティは驚いたのか構えていた武器を下げ、ゴーレムのことを見上げて口をあんぐりと開けている。


「よくわからねーけど、あたしたちがヴァプトンから来たのは確かだぜ」


 武器を構えるのをやめて、肩に大剣を担いだスコルがそういうと、ゴーレムは首を回して彼女を赤く照らす。


『情報伝達の不足を確認。こちらから問う。貴殿たちの向かう先はルズブリーか』


「そうだけど」


『ヴァプトンからの増援である確率が高いと判断。了解が取れ次第貴殿たちをルズブリーへ輸送する』


 ゴーレムはそういうと、ズシンと膝のような部分を地面につけて跪くような姿勢に鳴ると、顔についた紅い石をゆっくりと明滅させたまま沈黙する。


「これってぇ…この石人形が案内してくれるってことでいいのかしら?」


 いまいち要領を得ないゴーレムとのやりとりに首をかしげるスコルと信に、ハティはそっと耳打ちをした。


「このゴーレム…体に太陽と竜の紋章が入ってる。ミトロヒア様の紋章を掲げてるってことは信じてもいいとオイラは思うけど」


 ナビネに言われて、ゴーレムの体の部分に目を向けてみると、ニンゲンで言う心臓の部分に小さく金色で竜の翼があり、翼の間に火の玉のような絵が描かれていた。

 どこかで見たことがある紋様だと気が付いた信が自分の剣に目を向けてみると、柄頭に同じ紋様が描かれている。


「ここで迷っても仕方ない。この石人形のお言葉に甘えるとしようか」


 スコルも信の剣を見て、そのことに気が付いたのか、信の肩に手を置いて明滅を繰り返しながら停止しているゴーレムを指差して頷いてみせた。


「そうだな。俺たちはルズブリーに向かう予定なんだ。送ってくれるなら助かるよ」


『承った。これよりヴァプトンからの第208次増援部隊の輸送を開始する』


 信がそういうとゴーレムの顔の光の明滅が止まり、再び石が明るく光りを放ちはじめると、ゴーレムの胴体の一部にニンゲン一人が通り抜けられそうな大きさの穴がゆっくりと開いていく。


「と、とりあえず入ればいいのかな」


 あたたかそうな光が満ちている内部の空間を信は覗き込むようにして中に入っていく。

 恐る恐る足を踏み入れる信を他の三人は見守っていたが、すぐに嬉しそうな顔でゴーレムの体の穴から顔を出した信を見てホッとした表情を浮かべた…が、すぐに三人は信の言葉と陽気さに顔を顰めて進もうとしていた足を止めた。


「すごい…。中は明るくて…毛皮の布団もあるし、なんか火?コンロ?IH?みたいのがある…なにこれ…とにかく来てくれ」


「あいえいちってなんだ?」


「あー。俺がいた世界のカマドの名前的な?とにかく早く来てくれよ。めちゃくちゃ快適…マジでこの中文明を感じる…ええ…もうこんなもんSFじゃん…実質ロボじゃん…。えー…なにこれ…あれ?お湯出る?これお湯出るよ!なぁ!ちょっと―?スコル?来て!早く!」


  顔をのぞかせてすぐにゴーレムの中に戻っていった信の声を聞いてナビネとハティが顔をしかめる。


「お姉さま…このゴーレムの中…やはり危ないのでは?服とおっぱいにしか興味ないシノブがあんな早口になって笑顔になるなんて異常でしょ」


「オイラもおっぱい以外で活き活きしてるシノブは初めて見た…なにか危険な幻覚を見せる魔法か精神に異常をきたす罠でもあるんじゃ…」


 スコルは、いつもとは違う様子の信を警戒しながらゴーレムの開けた穴の前に立つとそこから動かなくなった。そんなスコルの様子を見て、ハティとナビネは不信感を更に高めたようで困った顔をしながらスコルに話しかけている。


「スコル…ほら」


 信に手を引かれてゴーレムの内部に転がりこむように入っていくスコルを助けようとナビネとハティも手を伸ばす…がスコルに引っ張られて二人もなし崩し的にゴーレムの内部に入ってしまう。


「これ…すごい」


 精神に影響を及ぼす魔法を警戒してすぐに体を起こした三人が目にしたのは、光る魔石で明るく暖かく保たれたゴーレムの内部だった。

 内部の石はつやつやに磨かれ、外から見たよりも広い空間が広がっている。

 ふかふかと足元を包まれる感触に三人が目を下に向けると、床には毛皮の敷物が敷き詰められていた。


「な?すごいだろ?」


 今まで見たことのないくらい上機嫌な信は、そのまま部屋の奥へ行くと、四角い箱のようなものを指差した。


「これ中心に火の絵が描いてあるんだけど、多分これになんかすると火が付くと思うんだよなー」


「うお…ホントだ。オイラが持ったら火がついた。便利そうだな」


 信から自分と同じくらいの大きさの四角い黒い箱状のものを渡されたナビネは、突然火が付いたそれを見て瞳をキラキラと光らせた。

 スコルとハティもお湯の出る石の筒を見て驚いているようだ。


『三名のニンゲンと一匹の魔法生物を格納。ルズブリーへ帰還します』


 ゴーレムの言葉と共に開いていた穴が閉じると室内が少し揺れる。それと同時に壁に側面には大きな四角い空間が現れ、そこに先程までいた場所の景色が映し出される。

 まるで窓のような空間から見える景色が風のように流れ出すのを見ながら信たちは思い思いに快適な空間を楽しむのだった。

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