第21話 勇者を運ぶ旋風

「これだけ集めりゃ文句ないだろ?うちのシノブのお手柄だぜ」


 金色の袋が満たされたことで、ヴァプトンの壁の内側に転送されたしのぶたちは、こちらを見て固まっているフギンとムニンに袋を手渡した。


「まさかたった2日で」

「これほどの量を集めて来るとは」


「しかも全員」

「大きな怪我もなく…無事でいるなんて」


「しかもこれは巨大蜘蛛ウンゴリアントの糸ではなく」

「最上級の黒蜘蛛アラクネから穫れる銀の糸…」


 金色の袋の中を黒蜘蛛アラクネから採れた銀色の糸が埋め尽くしているのを見てフニンとムギンは普段の張り付けたような微笑みを忘れ、目を丸くして年相応の子供のような顔で驚いている。


「よ、予想以上の成果を見せてくれた勇者たちに」

「わ、私たちも迅速に対価を示すとしましょう」


 コホン、と咳払いをして、フギンとムギンは隣り合って立って背中に現れた漆黒の翼を広げてみせた。

 翼が広がると同時にひらひらと舞い落ちる羽根の中から一枚、他のものよりも一回り大きく艶が良い光を放っているものを選んで信に手渡した。


「これはヴァプトンから出る許可の他の」

「わたしたち二人からの個人的な褒美です」


「狂気に飲まれた月の女神から」

「狂気を引き剥がしたその後に」


「その羽根を空高く掲げれば」

「きっと私たちのあるじが手助けしてくれるでしょう」


 信の手を握りながら微笑んだフギンとムギンは、そう言って旋風つむじかぜのようなものに包まれて姿を消した。


「はぁ。月の女神を助けたらあいつが来るのか…」


「わたしたちの旅もそこで終わっちゃうんですかねぇ」


 スコルとハティは、信が持っている羽根を見ると憂鬱そうな声をあげて項垂れた。

 ナビネと信はその二人の様子を見て首をかしげる。

 真っ黒な羽根にどんな効果があるのか二人が知っているような口ぶりだったからだ。


「この羽根がそんな強力なものなのか?」


「あたしたちの予想通りのものならな」


 頬を膨らませて不貞腐れたように寝転ぶハティの代わりに、壁に気怠げに寄りかかっているスコルは、羽根を裏返したり、ひらひらと動かしている信とナビネを見ながらそういった。


「シノブがいるなら、まぁあたしたちが問答無用で殺されることもないと思うけどな。いざとなったら頼りにしてるぜ?」


 物騒な言葉を聞いて信の眉間にシワが寄る。そんな彼を宥めるようにスコルは笑いかけると、信に自分の隣に座れと言う代わりに自分の横をポンポンと叩いてみせた。


「どういうことなんだ?」


 ナビネを肩に乗せた信は、スコルの隣に腰を下ろすと、スコルは天井からぶら下がる燭台に並んでいる蝋燭の炎を見上げて真っ黒な髪をかき上げる。


「あたしとハティ、それとあたしの本体…月の女神であるルトラーラを呑み込んだマーナガルムはここではない世界から来た災厄みたいなものなんだ。常若の国ティル・ナ・ノーグでもない。天界からでもないところから来た」


「フギンとムニンは、わたしたちがいた世界のものすっごーく偉い神様の遣いなのよね」


 隣で寝そべっていたハティが頬杖をつきながら口を挟むと、スコルはその言葉にうなずいて、隣に座っている信の顔を見ないようにしながら話を続ける。


「フギンとムニンのあるじ勝利を決める者ガグンラーズって呼ばれてる。あたしたちの父はガグンラーズを殺すし、彼の息子はあたしたちの父を殺す。そういう運命が定められている関係性だ」


 スコルはここまで一気に話すと、隣りに座っている信の顔を覗き込むように首を傾げた。

 信が険しい表情を浮かべているのを見て、少しさみしげな笑みを浮かべて、スコルはそのまま話を続ける。


「そんなやつが異世界であたしたちを見つけたら運が悪けりゃ殺される…運が良くても元の世界に連れ戻されるんじゃないかって心配になったんだ」


「…俺がそんなことさせない」


「そう言ってくれると思ってたよ」


 スコルは、弱々しく笑いながら信の肩を叩く。

 そんな彼女の一連の仕草が、まるで全てを諦めているような表情に見えた信は、スコルの肩を両手で掴んで向き合うと、そのまま彼女を自分の方へと抱き寄せた。


「俺は君の体のラインが死ぬほど好きだ。灰色がかった肌、艶と弾力、そしてボリュームもあるこの胸の曲線…鍛えられた肩から背中に向けての滑らかなライン…そこだけ切り取られたら、こんなに豊満なおっぱいを持っているとは思えないほどに引き締まった腹筋…。俺は君の腹筋の上に横たわって上を見たら君のおっぱいが見える…そんな生活を魔王を倒したらするって決めてるんだ。だから…誰だろうがそれを邪魔するやつがいるのなら絶対に許さない」


「シノブ…お前がそこまで言ってくれるなら勝利を決める者ガグンラーズがあたしたちを元の世界へ連れ帰る選択をしてもなんとかなる気がするよ」


 スコルは、そう言って自分を抱きしめている信の背中に手を回すと、彼の肩に顔を埋めた。その様子を横目で見ながら、ハティは呆れた顔を浮かべながらナビネの頭を指先で撫でる。


「シノブが二人いたら、そのよくわからない熱意で勝利を決める者ガグンラーズも気圧されてノリでわたしたちのこの世界への滞在くらいなら許してくれそうよね。なんだかんだ正義っていうか情熱に弱いみたいな所もあるし…シノブみたいな人がもうひとりいるわけはないから望みは薄いけどっ!」

 

「オイラの変身じゃダメなのか?シノブの姿を真似するくらいなら出来るぞ」


 ちょっと投げやりになったような口調でそう話すハティに対して、ナビネは自分を指さして胸を張る。しかし、ハティの表情は晴れないままだ。


「ナビネ…あなたシノブくらいおっぱいについて気持ち悪いくらい語ることが出来るかしら?ミトロヒアよりも上位のこわーーーい神様の前で」


「それは…その…無理だ」


 肩を落としたナビネの鼻先をこちょこちょとくすぐるように撫でたハティに、ナビネは小さく「ごめん」と呟く。


「いいのよ。わたし達、元々いつかは元の世界に引き戻されるって思ってこっちに来たんだし。最後にあなたやシノブみたいな面白い子と仲間になれてあの横暴な兄弟に一泡吹かせられるだけでも幸せよ」


 ハティがそう言ってナビネの鼻先をデコピンで弾いて笑うと、部屋の中央に小さな旋風が巻き起こり、フギンとムニンが再び姿を表した。


「ヴァプトンの領主より」

「勇者殿にハティと共に旅に出る許可が出されました」


「こちらはヴァプトンの領主からの気持ちです」

「旅立ちを急ぐとのことで、宴を用意できない代わりの路銀と食料だそうです」


「あなたたちが向かうのはルズブリーですね」

「まだあの街が持ちこたえていれば…の話ですが」


「持ちこたえていれば?どういうことだ?」


「あなたたち勇者に」

「魔術と狡知の神の加護がありますように」


 スコルの言葉を無視して、フギンとムニンが広げた真っ黒な翼をはためかせると、辺り一面がまばゆい光に包まれて、信たちは思わず目を閉じる。

 目を再び開くと、信たちはヴァプトンから少し離れた川沿いの街道に自分たちが立っていることに気が付いた。


「行くしかないみたいだぜ」


 信に抱きかかえられたナビネの言葉に一同は頷くと、街道沿いにあるというルズブリーに向けて歩き出した。

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