第24話 欲望の向かう先

 白い扉は全員が中に入ると同時に重々しい音を響かせて閉じ、乳白色をしていた石のような質感の壁が急に透明なガラスのように変化したことにオノール以外の全員は目を丸くして驚いた。

 そんな三人を更に驚かせるように揺れ始めた部屋は、不思議な力で空間ごと上昇している事を示すように目の前の透明な壁から見える最初岩の壁しかなかった景色を変えていく。

 部屋の中の四人が見る壁には徐々に赤茶けた空が近付いてくる様子が映し出された。


「これは…」


 ゴトンと大きな音を立てて部屋が止まると、外から見える切り立った崖の下に予想外の景色が広がっている。


「これが宝玉の守護を失った世界の戦いだ」


 その景色の壮絶さにシノブとナビネが言葉を失っていると、オノールは一歩前に進み出し、透明なガラスに背を向けて両手を広げながらそういった。


 巨人の振り下ろした大木ほどの太さと長さのある棍棒が、ゴーレムの硬いはずの外殻を焼菓子のように砕いていき、雄牛の何倍もありそうな大きさの狼が牙でゴーレムの手足を砕き、トカゲたちは尻尾を振り回したり、火の玉や毒液を撒き散らして鋭い鳴き声をあげる。

 砕かれたゴーレムが機能停止する前に最後の力を振り絞って振り回したらしい巨大な斧が狼の首を切り落とし、新しく投下されたらしいゴーレムたちが一匹のトカゲに5体がかりで体当たりをして数の力で敵を押し潰す様子も見える。


「太陽の宝玉がない方がわたしたちは強くなれるとはいえ…この数は予想外だわ…」


「あたしらだけならなんとでもなりそうだが…シノブとナビネを守りながら…か」


 俯きながら唸るスコルとハティを見たオノールは、手を後ろで組みながら肩をすくませて部屋の中を歩き出す。


「策はある。幸いなことにアラクネたちがくれた糸は俺の手元にもあるし」


 数歩進んだところで、信が前を見据えて放った言葉が気になったのか、オノールは足を止めた。

 

「心が折れたと思ったが…思ったよりタフなんだな。そこまでして魔王を倒したいものなのか?俺様のゴーレムが一体残らず動かなくなるまでとはいえ、平穏な暮らしをしたいと思わんのか?」


「そうしたら、俺の願いは叶えられないから。だから行くよ」


 自分の言葉に迷いなく答える信の顔を見て、感心したような溜め息をついたオノールは緑色の瞳の奥を怪しく輝かせる。


「ミトロヒアの力も衰えている。お前が勇者としての任務を放り投げたところで何も出来やしない」


「別に女神の罰を恐れてるわけじゃないよ」


「自分の命を犠牲にしてまで叶えたい願い…どんな立派な願いなんだ?俺様の錬金術で叶えてやってもいいんだぞ?」


「なんでそこまでして俺たちをこの先に進ませたくないんだ?」


 オノールの申し出に、訝しげな顔をして腕を組んだ信は逆に彼女に聞き返す。

 自分に対して真っ直ぐな言葉を返す信を面白く思ったのか、オノールは大げさに目を見開いて驚いたような戯けたような顔をして両手を広げてみせた。


「進ませたくないわけではない。興味本位さ。何人か魔王討伐を望んでここまで来たやつらがいたが…そいつらは俺様が願いを叶えてやったら喜んで信念も任務も捨てた。俺様にそそのかされるようなやつは魔王に勝てるはずないからな」


「ははっ…任務…か。そんなやつらとシノブを比べるのがまず間違ってるな」


「確かにそうねぇ」


 思わず笑いだしたナビネと、それに同意しながら口元を抑えてクスクスと笑うハティを見てオノールはモノクルを人差し指で押し上げて首をかしげる。

 ハティの肩を抱くようによりかかったスコルは、首を傾げているオノールと、オノールの前に立って真面目な顔をしている信を見て鋭い犬歯を見せながら笑った。


「こいつは欲望だけで此処まで来てる。名誉も任務も関係ない」


「欲望…か。なるほど。では、この先に進むことを許可してやろう。そうと決まれば、死地に赴く勇者たちを労わなければならんな。太陽の領域を守る最後のニンゲンの王として…」


 顎に手を当てて考え込むような顔をしたオノールだったが、すぐに晴れやかな表情になり、彼女たちにくるりと踵を中心にして回れ右をして背を向ける。


「さぁ、今夜限りの宿を用意しよう。ニンゲンはいないが…それなりのもてなしをしてやろう。最期になるかもしれない…な」


 手を後ろに組みながら、再び開いた白い扉の間をオノールはくぐっていく。

 無邪気にオノールのあとをついていくナビネの後ろで、三人は顔を見合わせる。


「罠だとしても、好意だとしても結局ここを越えたら街はないだろうし…ちょっと引っかかるけど…ねぇ?」


「お言葉に甘えるとしよう。何があってもあたしがシノブを守るさ」


 三人は、白い扉から出て、鮮やかな緑の絨毯の上を歩くオノールとナビネの後を追って恐らく城の最上階であろう廊下へ進んだ。

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