第15話 魂の姉妹・肉体の姉妹

「主人に勇者御一行をご案内しろと申し付けられ、お迎えに参りました。シノブ様でよろしいですか?」


 朝日が登る頃、宿屋の個室の扉を叩いたのは全身真っ黒な布に身を包んだ大男だった。

 扉を開いて驚いて固まっていたしのぶだったが、スコルに肩を叩かれてハッとしたように彼女の顔を見た。


「ヒントが向こうから来てくれたんだ。とにかく付いていってみようじゃないか」


 スコルのその言葉に頷いて、準備を済ませ三人は真っ黒な大男の後へと付いていく。

 大通りを通り過ぎ、どんどん狭い路地へ入っていく。さすがに不安に思った信がナビネと顔を見合わせる。

 スコルがやけに真剣な顔をしているので二人は何も言い出せないまま黙って大男とスコルの後を追った。


「こちらで我が主人がお待ちです。どうぞお入りください」


 大通りの喧騒が微かにしか聞こえない路地の裏の裏…と言った感じの場所で立ち止まった大男は、そう言って小さな炎が軒先に灯っている扉を見た。


「助かったよ」


 スコルが男の手に何かを渡すと、大男は静かに頭を下げる。

 そして、あっという間に黒くて小さなカラスの姿になると大きな石造りの建物と建物の間に見える小さな空へと飛び立って消えた。


「魔法の一種だ。動物を人に化けさせて使いをしてもらう。目的が達成された時に御礼の品を渡せばその動物は元に戻る」


「…オイラもミトロヒア様が使ってるのしか見たことないぜ。よく一目であんな大男が使い魔だってわかったなスコル。流石だぜ」


 ナビネの称賛に対して、なんだかぎこちなく笑みを浮かべたスコルが何か言おうとしたが、それは勢いよく開いた紫に染められた木の扉の音によって中断された。


「案内は終わったというのに」

「いつまでも来ないとはどういうことです」


 扉の中に立っている二人の少女を見て、信とナビネは目を丸くたあとに顔を見合わせた。


※※※


「月の神殿の主はマーナガルム」

「月を飲み込んだ最強で最悪の狼」


 部屋の中に三人を入れると、二人の少女が扉にしっかりと施錠をして頭に被っているフードをとる。そのまま歌うような調子で少女は三人を見ながら言葉を紡いでいく。

 

「天と空に血を塗るその災厄は、月に真っ赤な血を塗った」

「月の女神を呑み込んだマーナガルムは一族に辺りのニンゲンを皆殺しにさせ」

「弱い動物を魔力で強化して支配下に置いた」

「マーナガルムの大きな顎を」

「マーナガルムの鋭い牙を」

「伸縮自在な聖なる布で」

「結んでしまうことが出来たのなら」

「最強最悪の災厄を」

「倒すことも夢ではない」


「伸縮自在の聖なる布…この前作った布地のことかな」


 信の問いかけにニッコリと微笑んだ二人の少女は更に言葉を続けた。


「スコル…太陽を喰らうもの…貴女がその在り方を変えられたのなら」

「どこかにいるハティも…その在り方を変えられるでしょう」


「月の監督を最高神より任された」

「私達がこの閉じられた街に留まるのは」

「もう一人の月喰らいを見張るため」

「彼女を探して話してみなさい」


「運命に選ばれた勇者が貴方なら」

「きっと巡り合うでしょう」


 言葉を紡ぎ終わった少女たちは、そのまま輝き出し、光の中へ消えていく。


「待ってくれ!もう少し情報を」


 信が少女たちを掴もうと伸ばした手は空を切り、その場には空っぽの部屋だけが残る。


「消えた…」


「…ハティは…まだこの街にいるのか」


 唖然としているナビネと信の横で、苦渋に満ちた表情をしながらそうスコルが呟いた。


「知ってるのか?」


「そうだな…。話すとなると少し長くなるが…」


 スコルは様子を伺うように信とナビネの方を見る。

 そして、二人が身を乗り出すよにして自分の顔を見つめていることを理解したスコルは、両手を上げで降参のポーズをして溜息をついた。


「話さないわけにも行かないよな。わかった。話すよ…話すから」


 渋々というような感じでそういったスコルは、部屋の隅にあった木箱を手繰り寄せてその上に座る。

 それに習ってナビネと信も彼女と向かい合うようにして木箱の上へと腰を下ろした。


「どこから話せばいいかな…そうだな…」


 スコルは頭を掻きながら視線を宙へ泳がせる。


「ハティとあたしは…姉妹みたいなものだ。あたしは太陽を追いかけて食べるし、ハティは月を追いかけて食べる」


「食べるっていうのは?」


 いきなり言われた恐ろしい概念に、生唾を飲み込みながら信はスコルに尋ねる。


「そのままの意味さ。月や太陽を司る神を殺して腹の中に入れる。

 そして常若の国や異界に帰った神は失った力を取り戻して私達を殺して再び神になる」


「え?ってことはスコル…お前ミトロヒア様の命を狙ってるのか?」


「まぁ…お前らに出会うまではそろそろ食べどきかなって思ってたさ」


 驚いたように言ったナビネに対して、スコルは前に出した手を横に振りながら落ち着いた声で返答した。

 少しは慌てたり誤魔化すと思っていたのか、ナビネは拍子抜けしたような顔をして座り直すと、真面目な顔でスコルを見つめる。


「太陽の女神ミトロヒアを食べて力を取り戻し、あたしは本当の姿に戻るんだ…そう思ってた。だけど、かつての姉を食べなくても本当の姿を取り戻せるかもしれない…それがわかったからやめた」


「どういうことなんだ?なにがなんだか俺にはさっぱりわからないんだが」


 頭を横に振った信は、額に手を当てて眉間にシワを寄せる。言葉を選びながら話すスコルの話に要領を得ないようで隣でナビネも大きく首を縦に振る。


「わかった。簡単に話そう。あたしは月の女神。って言っても魂の欠片が近くにいた狼と融合しただけの存在だけどね。あたしの本体はマーナガルムってやつに呑み込まれた」


「じゃあ…ハティってのも月の女神の魂の欠片なのか?」


「ちがう。ハティは…狼としてのあたしの双子の妹なんだ」


 ハティの名前を口にした途端、スコルは眉をひそめた。


「月を食う妹は…元々月の女神であるあたしにはどうしても苦手でな。月の女神と融合してからは距離をおいてたんだ」


 頭を抱えながらスコルは深い溜め息を吐いた。

 そのあまりにも嫌そうな様子に信は同情したのか彼女の肩をそっと叩く。


「でも…これもマーナガルムを倒すためだ。ハティを探そう」


「でも…探すったってこんなみんな頭から布をかぶるような街じゃあ…」


 やっと顔を上げてそういったスコルの前で、ナビネは外へ視線を向けて溜め息をつく。

 スコルもナビネの言葉で、頭からつま先まで布で覆われた人々の中からたった一人を探すことが非常に大変だということに気がついたのか「あー」と小さな声を上げたあと困ったような顔をした。


「双子ってことは…見た目はスコルに似てるのか?」


「ああ。ハティは真っ白な狼で人になったときは色はあたしと真逆だが、身体付きはほとんど同じだと思うよ」


「…」


 突然身を乗り出してきた信に驚きながらスコルは答えると、そのまま何かを考える彼の様子に首を傾げる。


「それなら…昨日見かけたかもしれないな」


「は?」


「この美しく均整の取れた骨格…背中から腰にかけて、それと胸から下腹部にかけての滑らかで美しい曲線にはそうそう出会えることはない。見間違えるわけがない。そうか、一瞬スコルを見すぎて遠くに君の幻覚を見たのかと思っていたけれどアレがきっとハティなんだな」


「布の上からでもそういう風に他人の身体を見れてなんていうか…オイラはビックリしてるぜ…」


 驚いている二人を他所に、元気よく木箱から立ち上がった信は「宿屋の近くにある屋台にいたはずだ」と言って勢いよく部屋から出ていった。

 それを見てスコルとナビネは慌てて信を追いかける。

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