第14話 双子の烏
「月の巫女とやらを探したいんだが…これじゃあ探すのも一苦労だな。双子で銀色の目をした黒髪の女性ってのはソフィーからも聞いたけど…」
聳えるように立っている巨大な石の建造物と、賑やかな市街を仰ぎながら信は思わずそう呟くと、横でナビネが小さな頭を大きく上下に揺らす。
「月の女神が狂う前から生きてるってことは…500年も前の話だぞ?もしかしたらもう死んでるんじゃないのか?」
「ま、まぁとりあえずは宿を取ろう。ソフィーのお蔭で路銀に余裕もあることだしな」
入口近くに立ち、あたりを見回す2人の背中を押して、スコルはそう言った。
それもそうだと頷いたナビネと信を見て、ホッとしたような顔を浮かべた彼女は「知っている宿があるんだ」と先頭に立って足早に歩き始める。
なんとなくいつもと違う様子に気が付きながらも、ナビネと信は、ずんずんと進んでいくスコルの後を追いかけながら頭から足元まで布で覆われた人たちをかき分けて進んでいく。
「あれ…」
「どうした?」
「…いや。なんでもない。お腹も空いたし取り敢えず宿に向かおう」
信は声を上げると足を止めて何かを目で追っている。
声に気が付いたスコルに声をかけられると、彼女の顔を見て不思議そうな顔をして、再び人混みに目を向けた。
しかし、目的のものは見つけられなかったのかすぐにスコルに視線を戻すとナビネを抱き上げて、少し先に見えている宿へと歩を進める。
無事に部屋を確保できた三人は少し豪勢な夕食を取り部屋で寛ぎながら翌日の予定などを話し合い眠りについた。
しばらくして、信とナビネが規則正しい寝息を立てていることを確かめたスコルは音も立てずにそっと寝床から抜け出す。
昼間に被っていた衣を脱ぎ去った彼女は、窓に手をかけると、赤い月に照らされている静かな街へとそっと飛び出した。
「かつての夜の覇者がこんなところにくるなんて」
「今更どんな御用があるっていうのかしら」
屋根をいくつも飛び越えては立ち止まり、辺りを見回すことを繰り返していたスコルに対して、闇の中から急に現れた2つの影は声をかけた。
「…お前たちを探してたんだ。月の巫女…正確には月の女神の元監視役…フギン、それにムニン」
月明かりに照らされた2つの小さな影は、揃いの深い紫色の衣を身に纏っている。
名前を呼ばれたフギンとムニンは、美しい銀色の瞳でスコルを見つめると顔を隠すように深く被っているフードを脱いだ。
夜の闇のように真っ黒な長い髪がさあっと風に流され、露わになった少女たちの顔の薄く真っ赤な口の両端は持ち上っている。
「それは光栄だこと」
「光栄すぎて笑ってしまうわ」
「あたしの今の名はスコル…」
スコルの言葉を聞いて、フギンとムニンは大袈裟に身体をのけぞらせると、口元を抑えてみせた。
「あらあらそれはまた」
「おもしろい名乗りをしてるのね」
「あたしは今…月の神殿…いや、魔王城を目指して旅をしてるんだが」
「あはははは!貴女が?月の神殿に?」
「太陽の神殿じゃなくて、今更月の神殿へ?」
お腹を抱えて笑うフギンとムニンを見て、スコルは一瞬眉間にシワを寄せる。
しかし、今は争うべきではないと思ったのか、彼女は頭を左右に振ると、2人の少女を見て話を続けた。
「…月の神殿の主を倒す方法を…明日お前らを尋ねるニンゲンの男に教えてやってほしいんだ」
その言葉を聞いたフギンとムニンは真顔になると姿勢を正した。
銀色の瞳の中に浮かぶ真っ黒な瞳孔が針のように細くなった二人は、手をつないでスコルを正面に見据える。
「マーナグルムは最強の災厄」
「すべての死者の肉を腹に満たし、天と空に血を塗る存在」
「そんな最低最悪の災厄になんて」
「月と太陽を追いかける二匹の狼が例え手を取り合っても敵わない」
「そんな…。お前らなら何か知ってるはずだろ?思考と記憶を司るお前らなら…」
冷たい二人の言葉に狼狽えたスコルだったが、キラリと光った彼女の服が目に入ったフギンが元の穏やかな顔に戻る。
「…ちょっと待ってムニン」
「どうしたっていうのフギン」
袖を引っ張られたムニンは、キョトンとしながらフギンの顔を見る。
「見てみなさいよ彼女の服を」
「これは見事で立派な生地ね…」
フギンが指を指した先…スコルが身につけている仄かに輝く服を見てムニンはなにかに気づいたように頷いた。
「きっとどんな鋭い獣の牙も」
「どんなに熱い龍の
「「この聖なる布は破れない」」
「どういうことだ?」
声を合わせて歌うように言う2人に、スコルは思わず聞き返す。
「いいわよ…。今はスコルという名だったかしら」
「スコル…貴女達にとっておきの知恵を授けてあげる」
戸惑ったままのスコルに対して、フギンとムニンはそれぞれの顔を左右対称に傾けて微笑んだ。
「夜が明けたら烏の巣へいらっしゃい」
「遣いの者を送ってあげるわ」
「…わかった」
「それでは今夜はさようなら」
「久しぶりに会えて嬉しかったわ」
煙のように姿を消したフギンとムニンを追おうともせず、スコルはその場に立ち尽くして空に浮かぶ大きな月を見上げた。
月は不気味な赤い光で街を照らしている。遠くで魔物の鳴き声が聞こえた気がした。
「…月の神殿…確かに…今更といえば今更だな」
小さく独り言を呟いて頭を掻いたスコルは、来たときと同じように静かに屋根を飛び越えると、信とナビネが待つ宿へと戻っていった。
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